グーグルやマイクロソフトで活躍してきた著名エンジニアの及川卓也氏に、自身のキャリアを育んできた読書歴を聞く連載。「学生時代に読んだ本」「ITに関する本」について聞いた 「及川卓也 日本を代表するエンジニアの血肉の小説や技術書」 に続く後編は、「プロダクト開発に関する本」について話を伺った。(聞き手、構成・文:田島 篤=日経BP 第2編集部、以下敬称略)

「下手に読み飛ばしてはいけないときもあります」
「下手に読み飛ばしてはいけないときもあります」
画像のクリックで拡大表示

田島 篤(以下、田島) 前編ではプログラマーとして活躍するまでに読んだ本について教えてもらいました。マネジメントの仕事の比重が高まるにつれて、「プロダクト開発に関する本」を読まれたわけですね。

及川卓也(以下、及川) 私は今、プロダクト開発や事業開発を主に手掛けています。そこで役立っているのが以下の本です。

プロダクト開発に関する本

●ものづくり(プロダクト開発)に関係する本
『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』(クレイトン・クリステンセン著/翔泳社)
※クリステンセン氏の本は他にも『イノベーションのDNA』(翔泳社)もよく参照している
『Running Lean―実践リーンスタートアップ』(アッシュ・マウリャ著/オライリー・ジャパン)
『ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書』(アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール(著)/‎翔泳社)
『バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る』(アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール 著/翔泳社)
※仕事でよく活用する本
『マイクロソフト シークレット―勝ち続ける驚異の経営(上)(下)』(マイケル・A.クスマノ、リチャード・W.セルビー著/日本経済新聞出版)
『ストラテジー・ルールズ -ゲイツ、グローブ、ジョブズから学ぶ戦略的思考のガイドライン』(デイビッド・ヨッフィー、マイケル・A.クスマノ著/パブラボ)

●チームやマネジメントに関する本
『あなたのチームは、機能してますか?』(パトリック・レンシオーニ著/翔泳社)
『1分間マネジャー―何を示し、どう褒め、どう叱るか!』(K.ブランチャード、S.ジョンソン著/ダイヤモンド社)
『失敗の本質』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著/中公文庫)


 まずは、有名な『イノベーションのジレンマ』。優良企業が破壊的イノベーションにより衰退する仕組みが明かされた本です。私のいたDECが、破壊的イノベーションにより、いかに事業が立ち行かなくなったか ―― が事例の1つとして示されており、自分事として非常によく理解できました。著者のクレイトン・クリステンセン氏の本は他にもよく読んでいて『イノベーションのDNA』も非常に好きですね。

 私がプロダクトマネジメントに関して企業で研修や支援をしているときに使っている手法は、『Running Lean』にあるリーンスタートアップから派生した考え方に基づいています。また、『ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書』で提唱されているビジネスモデルキャンバス、同様に『バリュー・プロポジション・デザイン』で提唱されているバリュープロポジションキャンバスも役に立っています。こういうやり方もあるんだ、と目からうろこが落ちるようにマネジメントへの理解が深まりました。

 さらに、企業基盤としてのソフトウエアという観点から日本企業を支援するなかで、『マイクロソフト シークレット』『ストラテジー・ルールズ』というマイケル・A.クスマノ氏の本を読み、参考にしています。

 組織をどのように作り上げていくか、について書かれたピープルマネジメントの本も読みました。チームにおける5つの機能不全をストーリー仕立てで説いた『あなたのチームは、機能してますか?』は、マイクロソフト社内でマネジャーが集まった読書会で読み、とても面白かったです。私がグーグルにいたとき、部下のマネジャーに薦めたこともあります。

 『1分間マネジャー』は20代で読んで感銘を受けて以来、マネジャーになったばかりの人に薦めています。マイクロソフトのマネジャー教育にも使われていた「シチュエーショナル・リーダーシップ」という理論に基づいていて、とても分かりやすい内容ですね。このシチュエーショナル・リーダーシップは、メンバーの状況やタイプに応じてリーダーシップのスタイルを変えるというもので、『1分間マネジャー』はそのポイントを物語風に紹介しています。

田島 及川さんがマネジャーを務めるうえで一番役に立ったのはどの本ですか。

及川 『1分間マネジャー』ですね。部門として成果を出すことについて学びました。

 私が米マイクロソフトに出向したときは開発リーダーで、エンジニアとマネジャーの中間でした。結構とがったまま開発リーダーをやっていたので、米国から日本の上司に向かって「何々を用意してくれないと、開発ができない」といったように、強い要請ばかりしていたんですね。後からその上司に「与えられた条件で最高のパフォーマンスを発揮するのがリーダーの役割だ」ときつく言われたのですが、当時はマネジメントを理解しないまま、馬力だけで乗り切っていました。

 その後、DECからマイクロソフトに移籍して、マネジメントをきちんと学びました。アリストテレスの言うところの「全体は部分の総和に勝る」を理解したんですね。それまでは、例えばメンバーが3人いたとき、その成果は1+1+1で3になるという以前に、自分が2とか3の仕事をするから周りは邪魔しないでくれ、という感じでした。マネジメントを理解してからは、たとえ自分の成果がゼロになったとしても、他のメンバーが2とか3の成果を出して全体が増えればいい、ということを意識するようになりました。

 『1分間マネジャー』では、接し方を変えることでメンバーが力を発揮できるようにする方法が分かりやすく書かれています。メンバーの力を引き出すために、とても参考になりました。

田島 これまで「学生時代に読んだ本」「ITに関する本」「プロダクト開発に関する本」について教えてもらったのですが、とても多くの本を読まれていますね。こんなに読んでいたら時間が足りなくなりそうです。

及川 実は昔、本をもっとたくさん読みたいと思って、高いお金を払って速読の集中講座に行ったことがあります。あまり参考にならなかったのですが、印象に残っているのは、本を読むときにすべての文字を拾わなくていい、ということ。本をペラペラめくって、ここは読みたい、ここがポイントだという箇所を見つけて読めばいい。なので、特に仕事の本に関しては、最初から最後まで読まなくてもいいと考えています。アウトプットを意識すると、読むべきところは決まっている、見つけられる、と思うんです。

 また、「積ん読」も気にしません。積ん読状態で読む機会がなかったり、読み進められなかったりしたら、自分に合わなかったと思って手放してもいいと思います。もちろん、最初から最後までしっかり読むべき本もありますが、すべての本にそういった気負いを持たないようにしています。

知識ゼロのときには読み飛ばさない

田島 仕事関係の本、特に技術の本はアウトプットを意識して読まれているのですね。効率よく読む方法はありますか。

及川 技術書の読み方ということでは、自分のレベルにもよると思います。知識がゼロのところから始めるときには、そもそも本のどこを理解すべきかが分かりません。なので、下手に読み飛ばしてはいけない。何冊か読んで、ある程度全体像をつかんだ段階で新たな本を読むときは、この部分は知っている、この部分は未知であるというように、自分の読むべき箇所を適切に判断できるでしょう。

 例えば、私は一時期IPv6を担当していたので、関連書を山ほど持っています。それらの本ではIPv6そのものについて書かれていることは重複する箇所が多いのですが、企業ネットワークに関して詳しく書いてあるものは少ないんです。そうなると、IPv6とは何か、みたいな箇所は読み飛ばすけれども、企業ネットワークについて書かれた箇所はしっかり読むわけです。読むときの自分のレベルとテーマに応じて、読み方は変わると思います。

 そもそも私は活字中毒なんです。昔はインターネットがなかったこともあり、暇なときに何するかというと、本を読んだり、そうじゃなかったら新聞や雑誌、無料で配っているタウン誌でも何でもいいから、活字を追っている、というのが癖になっていたんですね。

 同時に私は、長距離通学あるいは長距離通勤の場合が多かったんです。近いときでも1時間半、遠いときだと3時間もかけて学校や職場へ通っていました。そうなると、もうひたすら暇なので本をたくさん読んでいました。それで多読の習慣が身に付いたのかもしれません。

 本を読むときには、テーマを持って読むことが多いです。仕事の内容に合わせて必要な分野、情報を読む。コンピューター関連だったら、ネットワークの本を何冊も読む。今の仕事でいうと、支援先企業に合わせて、その業界の本を読むという形です。

田島 読書に関して若い人へのアドバイスはありますか。

アウトプットの意識がインプットの質を上げる

及川 以前は“雑食”で、何でも読んで、いろんな分野をつまみ食いするようなこともしていました。今から十数年前、グーグルに勤めていた頃は1年に100冊読むと決めていて、本当に100冊読んだこともあります。でも、これはあまりよくなかった。冊数を求めると、ついつい読みやすい本ばかり読んでしまったりするんです。ただ、いろんな分野の本を読むことで世界は広がりますし、最近私が若い人に言っているメタ思考にもつながると思います。つまり、自分とは異なる業界や職業、領域の本を読んで、その知識を得て、メタ化する。言い換えれば、抽象度を上げることにより、自分が今取り組んでいることに応用が利きます。

 そうして得た知識は、新規事業開発をしたりプロダクト開発をしたりするときのアイデアになることもあれば、そこまでではなかったとしても、グループで話すときのアイスブレーキングに使えたりします。私は、「待てよ、この内容はもしかしたら、こういうところにも使えるかもしれないぞ」って、頭の中で想像するのがすごく好きなんですよ。これが多彩な分野の本を読むメリットだと考えています。

 アウトプットを意識することは、インプットの質の向上にもつながると考えています。本を読んだときに、「これは今度の講演で使えるかも」とか、「これは今手伝ってる会社のあの事業に関係するぞ」というように意識しながら読んでいくと、そこから知識が広がったり、理解が進んだりすることがあります。「このネタは面白い。では、この内容が書かれた他の本をさらに読んでみよう」と深堀りできるのです。その意味では、アウトプットを意識しながら、雑食的にいろんなテーマの本を読むのも、仕事をしていくうえで大いに役立つと考えています。

写真(人物)/及川さん提供