顕在化する地政学リスクにどう向き合い、備えるべきなのか――。地政学をテーマに新刊を上梓した著者2人の対談が実現した。まずは人気シリーズの第6弾『チップス ハゲタカ6』(日経BP)において、「台湾有事」と「半導体覇権」をテーマに小説化した真山仁氏。もう一人は、日本経済新聞の論説委員で、5万部を超えるヒット作『世界を解き明かす 地政学』(日経BP)の著者である田中孝幸氏。地政学から見た激動の世界情勢について、大いに語った。(取材・文/伊藤 理子、対談写真=吉成 大輔)

親日派が多い台湾、だが日本は住みたい国ではない

田中孝幸氏(以下、田中):ハゲタカシリーズ第6弾の『チップス』は2023年11月から2年近く日経ビジネスで連載されました。小説の舞台は台湾ですが、連載終了後に“高市発言”があり、台湾有事に関する議論が一気に盛り上がりましたね。

真山仁氏(以下、真山):連載を始める前に、台湾へ取材に行きました。現地で若い人に話を聞くと、「生まれたときから『いつか台湾は中国のものになる』と聞かされてきたけれど、いつまでたってもならない」なんて言っている。

 一方で、日本のメディアはいつまでも「台湾は中国とどう向き合うのか」という報道ばかりしている。こういう現地の温度感とのズレが、日本の「台湾への理解」をゆがめているのだと思いますね。

 台湾は親日派が多いと言われています。実際そういう一面はあります。ただ、彼らが好きなのは日本のアニメや音楽といったカルチャーが中心。政治や経済に関しては、途端にクールになる。現地の声を聞けば聞くほど、日本人の認識とのギャップを感じ、「小説で触れなければ」と思いました。

田中:『チップス』の中で、経済産業省の官僚が「台湾人は親日家なのに、日本への留学希望者が増えない」とこぼして、台湾官公庁の人にこてんぱんにやられる場面がありました。日本のステレオタイプがいかにずれているかが可視化できる場面が描かれていて、すごいなと思いました。

田中孝幸(たなか・たかゆき) 日本経済新聞社編集委員兼論説委員
田中孝幸(たなか・たかゆき) 日本経済新聞社編集委員兼論説委員
1998年日本経済新聞社入社。政治部、経済部、国際部を経てモスクワ支局員、ウィーン支局長など歴任。世界40カ国以上で現場取材し、政財界の要人や軍人、文化人などと広い人脈を築いた。大学時代にボスニア内戦を現地で研究。ロシアが侵略中のウクライナでは現地から戦争の実態を報道し、2025年11月にロシア政府から同国への入国禁止の制裁対象に指定された。大のネコ好き。40代で泳げるようになった。著書『13歳からの地政学 カイゾクとの地球儀航海』(東洋経済新報社)で八重洲本大賞、読者が選ぶビジネス書グランプリ2023・リベラルアーツ部門賞など受賞。

真山:田中さんはロシアやオーストリアでの駐在経験がありますね。外に出ると、日本がどう見られているかがよく分かるのではないでしょうか。

田中:そうですね。作中の官僚のように、日本にいると「日本はいい国、来たい国」というレトリックが国内では多いですが、残念ながら「観光先としてはいいが住む場所ではない」というのが世界の認識のように私は感じます。

 それを官僚とのやり取りで細かく描写していて「これだよ!」と感じました。現地でいろいろな人に、じっくり取材されたのかな、と。そして作品の中には、台湾グルメもいっぱい出てきますよね。ディテールがすごくリアルでした。

真山:台湾に詳しい人に案内してもらったんです。「主人公の鷲津は金持ちだから、高級な飲茶にでも連れて行ってほしい」とお願いしていたのですが、現地のソウルフードばかり連れていく。自転車で朝ご飯を3軒はしご、とか(笑)。こんな所で鷲津は食べないだろ!と。

 だから、相模誠(『チップス』の登場人物で元国連職員)を自転車に乗せて街を回らせ、牛肉麺を食べさせう場面をつくりました。

田中:真山さんも自転車での移動でしたか。

真山:移動はタクシーだと思っていたのに、「自転車の方が街が分かる」って言うから。モーター付きじゃないから、比較的平坦な台北はよかったけれど、坂が多い新竹は本当に大変でした。ただ、だからこそ見えたものもありますね。

海外取材では、その国の光ではなく「闇」を見る

田中:私は『チップス』を2回読んだのですが、戦後最良の地政学小説だと思いました。こんな小説は読んだことがない、と。読むだけで町を、地理をどう捉えるかという視座が得られます。

 鷲津が台湾のシンボルタワーに上って町を見渡すシーンがありますが、彼が見ているのはこの町の光ではなく「闇」だと。見えるものだけでなく、見えないものを把握する。そういう世界の見方の大切さを示唆されていて、とても感銘を受けました。

真山:その部分を読み取っていただけたのはうれしいですね。昔の日本人は、闇の意味を知っていて、光と闇を上手にアレンジしながら生きてきました。

 闇は「照らさないもの」であり、闇に住まわせておくべきものもある。それが自然への畏れであり、敬意でもありました。でも今は、東京の町から闇がなくなり、そのせいで日本の良さが失われたと感じます。

真山 仁(まやま・じん) 小説家
真山 仁(まやま・じん) 小説家
1962年大阪府生まれ。87年に同志社大学法学部政治学科を卒業後、新聞記者、フリーライターを経て2004年に『ハゲタカ』(講談社文庫)でデビュー。近著に『ここにいるよ』(祥伝社)、『タングル』(小学館文庫)、『ウイルス』(潮出版社)など。

 だから海外で取材する際は、どの都市に行っても、高い所から見渡すようにしています。台湾は、キラキラ光っている所とそうじゃない所がハッキリしていて、闇の部分に目を凝らすとバラックが見える。それが台湾の良さでもあるのに、その良さをかなぐり捨てて、キラキラした建物を作って「大都会になりました」と言っても、結局は米ニューヨークや東京のまねでしかないんですよね。せっかくアジアの中には、闇の価値を重視する文化があるのに。

 本の中では、米国人のアンソニーに「(台湾の夜景は)きれいではありますが、まだまだですね」と言わせましたが、裏には「読者である日本人に闇の大切さを伝えたい」という気持ちがありました。だからご指摘いただいたのはうれしいし、座布団5枚ぐらいあげたいですね。

日本は単一に近い文化と言語、価値観のあるまれな国

田中:台湾は、国として認められていない「非承認国家」であり、米中という大陸のはざまで生き延びないといけない。さらに、台湾にはいろいろな民族がいて、様々な歴史を経てきた。国としてまだアイデンティティーの形成途上にあると言えます。

 日本は台湾と同じ島国ではあるものの、侵略された経験がないという歴史的背景もあり、強固なアイデンティティーが構築されています。台湾を含め多くの国は、アイデンティティーの問題に直面しています。『チップス』は、それを浮き彫りにした地政学小説だなと感じます。

真山:おっしゃるように、日本はほぼ単一に近い文化と言語、価値観のあるまれな国ですが、他の国はたくさんの民族を抱えています。台湾にも元々は原住民がいて、戦争に負け、中国国民党に蹂躙(じゅうりん)され、政治に振り回されてきた歴史がある。

 そういう背景もあるのでしょうが、台湾取材のときに若い人が「子どもを持つなら台湾ではない。アメリカで産み、育てたい」と真剣に話していたのは驚きでした。「台湾がなくなるかもしれない」というリスクはそれほど深刻に捉えていないのに、自分の子どもは国として認められている所、その中でも、できるなら米国で育てたいと。そして「日本人もそうでしょ?」と、我々も同じ価値観だと思っているんです。確かに、そういう日本人もいるかもしれませんが、多くはないでしょう。日本と地政学的にはそう変わらないのに、この発想の差には驚きました。

田中:実際、そう思う人の方が、世界では多数派なんですよね。複数のパスポートを持っておきたいと。「アメリカは強いから、ここでならば生き延びられる」という感覚は世界に共通して存在するのですが、日本人は感じにくいですよね。

真山:台湾はカルチャーが近いし、もう少し親和性があると思っていたんだけれど……。これまでにいろいろな国を取材しましたが、どの国とも違うという感覚がありましたね。

(中編に続く)

日経ビジネス電子版 2026年6月10日付の記事を転載]

ハゲタカ・鷲津政彦が8年ぶりに帰ってきた! 人気シリーズ「ハゲタカ」待望の第6弾『チップス』の舞台は台湾、テーマはいま最もホットな「台湾有事」と「半導体覇権」。微細な半導体製造で世界一の技術を誇る台湾企業をめぐり、米国と中国が触手を伸ばす。そして、半導体産業の復活を狙う日本。ぶつかり合う大国の思惑に巻き込まれた鷲津政彦は、この難題をどう解くのか。

真山仁(著)、日経BP、上下巻 各2090円(税込み)
台湾問題やロシアのウクライナ侵攻、グリーンランド問題など、地政学の視点が必要となるニュースが年々増え続けています。戦後80年で世界は再び、大国が勢力圏拡大にしのぎを削る時代に入ったようです。これからさらに紛争が増える時代になるのでしょうか? すべてのニュースには、背景や理由があります。この本は国際情勢のポイントを網羅する1冊です。ぜひ手に取って知識を深めてください!

田中孝幸(著)、日本経済新聞出版、1980円(税込み)