人気経済小説シリーズの最新刊『チップス ハゲタカ6』を発売した小説家の真山仁氏。そして、真山氏と旧知の中であり『世界を解き明かす 地政学』の著者である田中孝幸氏。両氏による対談の第2弾では、『チップス』の登場人物や台湾、そして日本人の特性などに及んだ。(取材・文/伊藤 理子、対談写真=吉成 大輔)
台湾人ならではの苦悩を描いた
田中孝幸氏(以下、田中):『チップス』にはたくさんの新しいキャラクターが出てきますね。個人的に気になったのは、今回のメインキャラクターの一人でもあるチャールズです。
買収劇の舞台である台湾半導体メーカー「FSC」創業者の若手側近ですが、経済合理性の塊で、興味深い存在でした。
真山仁氏(以下、真山):実を言うと、日経ビジネスの連載中、チャールズはもっと中途半端な存在だったんですよ。魂がないようなキャラクターでした。ただ、連載の途中で、「これはチャールズをちゃんと書かないと失敗するな」と思い、単行本化の際には、プロローグにチャールズの少年時代のエピソードを加えました。
彼は台湾人ですが米ニューヨーク生まれで、父は米国で暮らしていることに誇りを持っていますが、チャールズ自身はそういう父親に違和感があり、祖母のいる台湾に戻ります。
彼の口癖は「何の意味があるんだ」です。少年時代に米国でも台湾でも差別やいじめを受け、足元が安定しているとは言えない。なので「意味付けがないと生きづらい」。一方、ハゲタカシリーズの主人公である鷲津は、「人生に意味なんてない」という考えを持つ。対照的な考えの二人に仕立てました。
田中:チャールズのその気持ち、分かります。私の友人に、ニューヨーク育ちでメディア企業の幹部になった台湾女性がいます。常にキレッキレで圧倒される存在。どこかチャールズに似ています。

真山:田中さんが圧倒されるなんて、よほどの人物ですね。
田中:ニューヨークの中で戦ってきたから、ものすごく分厚い鎧を身に付けているんです。でも仲良くなると徐々に、鎧のすき間からかすかに「怯え」や「疲れ」が見えてくる。
アジア人で、かつ非公認国家である台湾の人が、海外で実力のみでのし上がっていくのがいかに大変か。生き抜くだけでも厳しい情景が、チャールズの描写から脳裏に浮かびました。
真山:なにしろ、同朋から「お前は台湾人じゃない」と言われるぐらい頑張らないと、ニューヨークでは生き残れないものね。
田中:ウクライナの友人に「あなたにはホームがある。帰る場所がある。我々にもあるけれど、帰るのは厳しいかもしれない」と言われたことがあります。だから日本人に生まれたのはラッキーなんだ、と。
我々には想像しにくいですが、台湾やウクライナのような「将来の不確実性が高いとされる国」においては、生き延びるために様々な手立てを考えなければならないのだと実感しました。
このあたりの温度感を、日本の若い人にこそ知ってほしいから、ぜひ多くの人に『チップス』を読んでほしいと改めて思いました。いや、日本に限らず世界中の人に読んでほしい。これ、様々な言語に翻訳した方がいいですね。
真山:翻訳の壁が大きいですが、広く世界に発信したいですね。東アジアに多く見られる「思っていることを外に出さない人たち」のことを知ってもらいたい。田中さんが書いた『世界を解き明かす 地政学』もグローバルで読まれそうですね。

田中:何としても英語のマーケットで発信したくて、自力で英語に翻訳しました。欧米では、アジアへの関心が常に高いわけではないので、自分たちから発信を増やすべきだと思っています。
日本人は総じて「相対化」が苦手
真山:自ら発信する重要性について、日本人の多くが理解していないと感じます。東日本大震災から15年、能登半島地震から2年が経ちました。私は阪神淡路大震災の時に神戸で被災した経験があり、能登の被災地を舞台にした小説『ここにいるよ』(祥伝社)を執筆しましたが、現地で取材をして気付いたのは、なぜかみんなが意見や要望を上げない。それどころか「(復興に向けて)お金を使ってもらうのが申し訳ない」なんていう人もいました。しかし、声を上げないと伝わらないまま時間だけが過ぎ、結局また過疎地に戻ってしまう。
田中:なぜ発信するのが苦手だと真山さんは考えますか。
真山:これは日本という国が、そもそも「理解してもらうために発信しよう」という意識があまりない。「発信しても、どうせ変わらない」と思い込んでいる。
日本は、近くにロシアがいて、朝鮮半島があって、中国もいて、東には米国があって……という地政学的にはある意味で「最悪」とも言える場所にある。そんな場所にあっても、独特の文化を育み、戦後は焼け野原からここまで経済成長してきた。
その背景には、八方美人と言われようとも、どの国に対しても「友よ」と言い、ネガティブな意見は表に出さずに、可能な限りお金で解決するという「金持ち喧嘩せず」を地でいってきた日本という国のお家芸があった。こういうことも、本来はもっとアピールすべきなのに、しない。
田中:恐ろしい国に囲まれていますけれど、これまでGHQ(連合国軍総司令部)による「ソフトな占領」はあれど、近代以降は外国による本土侵攻は限定的だった。それって四方を海で囲まれていることが大きいんですよね。海を越えた軍事作戦は難易度が高い。台湾の問題も、簡単に進まないのは島国だからだと思います。
でも、他の民族とのコミュニケーションに慣れていない、対外的な発信がうまくない、など島国だからこそのマイナス面もある。これらの強み・弱みを理解したうえで、弱みを克服していく努力は必要だと思います。そして、これらを日本人がきちんと認識していないため、明るい未来が描きにくくなっているのではないかとも感じます。
真山:日本人は、自分たちを相対化するのが苦手なんですよね。外国人から見るとアメージングなことも多いのに、日本人は「こんなの当たり前」と思い込んでいる。
オリンピックやサッカーワールドカップでも、あれだけ成果を出しているのに、「日本人は根性があるから勝った」と思っている人がいかに多いか。実際は、「勝つべくして勝っている」のにね。
スポーツは相対化が上手で、例えば陸上の400メートルリレーではランナー個人の速さを比べるとライバルにかなわないけれど、バトンをうまく渡せば勝機があるという発想から、戦略や練習を変えて結果を出している。うまく自分たちを相対化できている証です。
日本人は根本的に、自分たちとよそを比べようとしないけれど、もっと「自分たちはすごい人、素敵な人たちなんだ」と自信を持ってほしい。どんどん海外に行って、海外の町や人、文化に触れれば、きっと自分自身を相対化でき、自信を持てるようになると思います。
(後編に続く)

[日経ビジネス電子版 2026年6月12日付の記事を転載]
真山仁(著)、日経BP、上下巻 各2090円(税込み)
田中孝幸(著)、日本経済新聞出版、1980円(税込み)

