哲学には、ビジネスシーンでも役立つエッセンスが詰まっている。管理職も、中堅どころも、若手も、組織で働く人なら押さえておきたいビジネス教養が身に付く哲学書を、『 哲学を知ったら生きやすくなった 』(日経BP)の著者で人気哲学者の小川仁志さんに、選んでもらった。

 さまざまなテーマで哲学の本を紹介してきた本連載。今回のテーマは、ビジネスシーンで役立つ哲学書を紹介します。組織に欠かせないリーダーシップやコミュニケーション力、仕事をスムーズに進める力、時代の先を読む力、これからの時代に必須のビジネス倫理――。

 経営層や管理職の人はもちろん、中堅どころでチームを引っ張る存在の人も、組織のなかで現場経験を積んでいる若手の人も、組織で働く人ならどんな立場の人にも役立つ哲学書を厳選。いわゆる古典から行動経済学に基づいた話題の書まで、不確実な時代を乗り越えるためのヒントを与えてくれる、“周りと差が付く”6冊を紹介します。

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「時代遅れ」と思うな、これがリーダーシップ論の古典

『君主論』 マキアヴェッリ著、河島英昭訳、岩波文庫

『君主論』 マキアヴェッリ著、河島英昭訳、岩波文庫/画像クリックでAmazonページへ
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 リーダーシップ論の代表的な古典として知られるのが、イタリアの政治思想家・マキアヴェッリの『 君主論 』です。「君主は恐れられなければならない」という有名な言葉があるように、目的のためには手段を選ばない冷酷な権謀術数は「マキャベリズム」として広く知られています。

 一方で、共感や傾聴が重視される現代においては、こうして強引に引っ張るリーダーシップは“パワハラ”や“時代遅れ”として敬遠されがちです。そんな中で、「言いたいことが言えない」「空気は読めるが、いざというときに決断できない」「怒れない」といった悩みを抱える人が多いのも事実ではないでしょうか。

 そんな今、読みたいのがこの本。不測の事態への対応力、迅速な決断力など、“危機の時代”といわれる現代のリーダーに必要な言葉が詰まっています。

 例えば、「あなたの目の前まで近づいてくるのを待てば、薬は間に合わない」という言葉。皆の意見を聞くことも大事ですが、優柔不断な態度では誰からの支持も得られません。だからこそマキアヴェッリは、一貫性を持ち、最適なタイミングで迅速に決断することが大切だと言います。また、リーダーに求められる素質を喩えた「ライオンとキツネ」。君主はライオンのようにただ強く怖いだけではなく、時にはキツネのようにうまく相手をおだてるずる賢さも求められる。要するに、状況に合わせて柔軟に使い分けることが大事だということです。

 強いリーダーの定義もどんどん変化する時代。この本を「時代遅れ」と敬遠すると、見逃してしまう物事がたくさんあると思います。

縦か横か 組織の関係性を最大限に生かすには?

『荀子』 内山俊彦著、講談社学術文庫

『荀子』 内山俊彦著、講談社学術文庫/画像クリックでAmazonページへ
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 まだまだ縦割り文化が根強い日本の企業。組織やチームで働くなかで避けて通れないのが、組織のあり方や上下関係に関する悩みです。特に価値観が多様化する時代では、「Z世代は飲みにも誘えない」などと、世代間のコミュニケーションに悩む人も少なくありません。

 そんな時のヒントになるのが、中国戦国時代末の儒学者・荀子(じゅんし)の思想です(『 荀子 』)。「性悪説」の提唱者である荀子の根底には、「人間の性は悪であり、欲望を自分で律することができない。組織や秩序、ルール(=礼)によって正す必要がある」という考え方があります。

 私たちはすべての物事を一人ではできませんから、組織で分業をする必要があります。荀子は、こうした組織の秩序を保つためのポイントは「縦の分業」にあると論じました。つまり横に分けた仕事を縦に並べることで、初めて秩序がうまく保たれるのだと。

 もちろん、縦に分業すれば管理する人・される人といった上下関係が必ず生まれます。しかし荀子の注目すべき点は「縦の分業は、あくまでも役割分担にすぎない」と唱えたこと。私たちは、いわばそれぞれが分担された役割を演じている存在。だからこそ上の立場の人が過剰に偉ぶったり、逆に下の人がへりくだったりする必要もないというわけです。

 そうした視点で捉えれば、例えば中間管理職は上と下をつなぐ大事な“要”の役割だと見えてくる。そうすれば本人は部下により良いアドバイスができますし、部下の立場なら積極的に連携しようと思えるでしょう。さまざまな組織において、“縦の関係を生かす力”が生かせる一冊です。

いま重要視される「対話」とはいったいどういうことなのか

『我と汝・対話』 マルティン・ブーバー著、植田重雄訳、岩波文庫

『我と汝・対話』 マルティン・ブーバー著、植田重雄訳、岩波文庫/画像クリックでAmazonページへ
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 先ほど紹介した荀子とは別の視点から、組織の人間関係やコミュニケーションについてのヒントをくれるのが、オーストリア出身の宗教哲学者、マルティン・ブーバーの『 我と汝・対話 』です。

 ブーバーは、世界は人間のとる態度によって「我と汝(なんじ)」「我とそれ」の二つに分けられると言いました。“汝”はあなた、“それ”はモノのこと。そもそも私とあなたは対等の人間のはずなのに、私たちは相手をモノのように捉えてしまう。すると相手をコントロールできると勘違いして、相手を変えようとしたり論破しようとしたりする。けれど人間って、そんなに単純に動かせるものではないですよね。

 この本でブーバーは「我と汝」と捉えることによって、人は必ず交わるのだと唱えました。“私とあなた”という対等の人間として他者を捉えたら、お互いに分かり合おうとして前に進めるのだと。ブーバーはこの“交わり”という言葉を大事にしているんです。

 人と人がコミュニケーションを取るとき、一見対立しているように見えて、実は目的は一緒だったということはよくあります。私はそれをよく“井戸”に例えるのですが、異なる場所で井戸の穴を掘っても、全てはひとつの水源につながっている。そう考えれば、私たちは決して対立しているわけではなく、同じ目的に向かって協働しているのだということが見えてくる。こうして対話しながら物事を進めていく力が、今、とても求められていると思います。

面倒を回避して仕事を進める「仕掛け」 どうつくる?

『スラッジ -不合理をもたらすぬかるみ-』 キャス・R・サンスティーン著、土方奈美訳、早川書房

『スラッジ -不合理をもたらすぬかるみ-』 キャス・R・サンスティーン著、土方奈美訳、早川書房/画像クリックでAmazonページへ
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 仕事をうまく進めるためのコツとして知っておきたいのが、拙著『 哲学を知ったら生きやすくなった 』(日経BP)でも紹介した「ナッジ」と「スラッジ」。法学者のサンスティーンらが提唱した、行動経済学の分野で有名な、「他人の行動を変えるための考え方」です。著書では「ナッジ」をメインに紹介したのですが、結局はどちらも同じことです。

 「ナッジ」は、相手を肘で突いてそれとなく知らせるという意味。直接人を動かそうと説得したり強要したりするとぶつかってしまいますから、うまく仕掛けてより良い行動に誘導するという方法です。一方「スラッジ」は、ぬかるみを意味する言葉で、ナッジとは逆の”相手にやらせなくする方法”のこと。誰も進もうとしないぬかるみのように、行動を思いとどまらせるような仕掛けをするわけです。

 『 スラッジ 』の例でいうと、サブスクリプションの解約を防ぐための時間と労力がかかるプロセス、医療給付や奨学金申請の申し込みを減らすための膨大な書類の手続き、クレームや文句を防ぐための複雑なオートダイヤル…。振り返ると、日常には多くのスラッジが仕掛けられていることに気づきますよね。

 一方で、あからさまな誘導は「だまされた」と批判が出ることがあります。だからこそナッジやスラッジを取り入れる際に気を付けたいのが、相手をよく理解すること。相手への配慮を忘れずに上手に使うことで、仕事もよりスムーズに進められるでしょう。

経営に携わる人こそ知らないとまずい、ビジネス倫理の考え方

『道徳形而上学の基礎づけ』 カント著、大橋容一郎訳、岩波文庫

『道徳形而上学の基礎づけ』 カント著、大橋容一郎訳、岩波文庫/画像クリックでAmazonページへ
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 企業の不祥事による事故が続く昨今、ビジネスの分野でも“倫理”がとても重要視されるようになってきました。これまでの企業活動の軸となってきたのは「功利主義」――つまり利潤を最大化し、幸福な人が多ければ多いほど良いという考え方でしたが、その一方で、少数者の意見がないがしろにされるという欠点もありました。

 そこで近年、改めて注目されているのが、ドイツの哲学者カントの倫理学です。『 道徳形而上学の基礎づけ 』は、カント哲学の導入書であり、近代倫理の基本書といえる本です。彼は「人間の尊厳」にまで遡って道徳を論じていて、「自分の行いは誰もが納得するような『普遍的な原理』に合っているか、常に吟味することが大事」だと言います。

 カントの倫理学は、「世の中の正解を見抜く力」とも言えます。私はかつて高等専門学校で技術者を目指す生徒たちに「技術者倫理」を教えていたのですが、その教科書には必ず「企業は功利主義だが、技術者はカント倫理学でなければならない」と書いてあるんです。

 有名なのがアメリカ・フォード社の自動車事故です。車の欠陥により事故で死者が出るのですが、設計変更にお金がかかるため、利益を優先して欠陥があるまま販売を続けた。しかし結局は訴訟になり、懲罰的損害賠償で大損しました。また、スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故も同じ。技術者は事故の可能性があることを知っていたのに、経営者は威信のために強行した結果、事故を起こした。とりわけ、モノづくりに携わる人間は、最後までこうした倫理観を失ってはならないのです。

 最近では、ドイツの気鋭の哲学者マルクス・ガブリエルが、「倫理資本主義」を唱えて話題になっています。資本主義に倫理の視点を入れることでむしろお金を稼ぐという発想です。ちなみにガブリエルが「倫理的に正しい行いをする企業こそが次のGAFAになる」と言ったことで、むしろ彼らがガブリエルに声をかけて倫理部門の創設を急いだといいます。

 今後もビジネスをはじめ多分野で必須といえる倫理学。特に経営に携わる人は、ぜひ身に付けておくべき考え方だと思います。

予測不可能な時代に必要なのは、これくらい大胆な発想だった

『有限性の後で 偶然性の必然性についての試論』 カンタン・メイヤスー著、千葉雅也・大橋完太郎・星野太訳、人文書院

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 常識が通用しないような出来事が次々と起こる、不確実な時代。そんな時代の乗り越え方を教えてくれるのが、現代フランスの哲学者メイヤスーです。彼は「思弁的実在論」と呼ばれる思想で、ここ10年ほどの間に新たな潮流を築いてきました。思弁的実在論を簡単に言うならば、従来の哲学の「ものの見方」を一新しようとする考え方です。

 この『 有限性の後で 偶然性の必然性についての試論 』で、メイヤスーはタイトル通り「偶然性の必然性」――あらゆる偶然は避けられない“必然”なのだと論じています。というのも、私たちは物事を「今までこうだったから、次もそうだろう」と因果律の中で考えてしまいがちなのですが、メイヤスーによると、それは過去の話であって、未来がどうなるかの根拠は何もない。それどころか、「次の瞬間に時間が逆回転する」といったような、私たちの常識や理解を超えた「ハイパーカオス」と呼ばれる事態も起こりうるのだと説くのです。

 予想外の偶然に振り回される時代において、ビジネスの先を読み、さらにイノベーションを生み出すには、これぐらいの大胆な発想が必要なのではないでしょうか。VUCA時代における「想定外を読む力、先を読む力」を伸ばすためにおすすめの一冊です。

取材・文/渡辺満樹子 編集協力/山崎綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)