マネジメントやリーダーのポジションに就いている人は、普段はどちらかというと「組織」について考える機会が多いかもしれません。会社やメンバーのことに時間と労力を割くあまり、自分自身のことは二の次。そういう人がほとんどではないでしょうか。

 ですが、たとえリーダーであっても、自分自身の生き方やキャリアを探索することは、組織について考えることと同じくらい、おろそかにしてはいけないことだと思います。

 この人生を、自分と矛盾しないようにどう歩んでいくか。少しでも自分を見失うと会社に振り回されがちなポジションだからこそ、今回紹介する6冊を「リーダーとしての生き方」を考えるヒントにしていただけたら幸いです。

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人生に意味はあるか? その問いにこそ意味はない

1. 『夜と霧〔新版〕』ヴィクトール・E・フランクル著、みすず書房
池田香代子訳

『夜と霧〔新版〕』ヴィクトール・E・フランクル著、池田香代子訳、みすず書房
『夜と霧〔新版〕』ヴィクトール・E・フランクル著、池田香代子訳、みすず書房

 言わずもがなの名著として知られる 『夜と霧』 。先日、僕がアドバイザーを務めるスタートアップの読書会でも選書したのですが、内容が重すぎてみんな沈黙してしまいました。アウシュヴィッツでの凄絶な経験を記録した本ですから、「私もこの前のプロジェクトで追い込まれてめっちゃしんどかった! フランクルの気持ちマジ分かる!」なんて言っちゃだめだよね? じゃあ何を話せば…? という空気になってしまって。

 ただ、フランクルの経験に安易に共感できないとしても、この本には別の読み方もあると思っています。それは、生きるとは? 人生とは? という問いに対する、「コペルニクス的転回」に着目すること。

 精神科医のフランクルが『夜と霧』で伝えているのは、じつは僕らが常々抱えている「自分の人生は本当に意味があるのか?」「意味があるとしたらそれは何なのか?」というモヤモヤへの、ある種の答えだと思うのです。フランクルはずばり、「その問いに意味はない」と言っています。

 理不尽な目に遭ったり、仕事がうまくいかなかったりすると、「この会社で働く意味あんのかなぁ…」とつい考えてしまう。でも、その問いに意味はない。なぜなら僕らは、そんなことを考えている間にも、人生から「早く答えを出せ」と迫られていて、その瞬間ごとに答案用紙を提出しなければならないから。

 フランクルは、生きる意味を瞬時に答え続け、行動し続けた結果として、人生の意味が後付けでついてくるとしています。そう考えると、人生というのはすごく「動詞的」なのかもしれない、というのが僕の解釈です。「人生とは〇〇である」といった、名詞的な解はありません。

 倫理的な生き方とは何か。フランクルがアウシュヴィッツで見つけたのは、「どう行動するかだけが、人生の意味をつくってくれる」ということでした。もしも人生に迷ったときは、この「動詞的」な生き方を思い出すことで、次の行動に移しやすくなるかもしれません。

「リーダー」とは資質ではなく「生き方」である

2. 『リーダーシップの旅 見えないものを見る』野田智義、金井壽宏著、光文社新書

『リーダーシップの旅 見えないものを見る』野田智義、金井壽宏著、光文社新書
『リーダーシップの旅 見えないものを見る』野田智義、金井壽宏著、光文社新書

 「素晴らしいリーダー」という言葉から僕らがパッと想像するのは、例えば、坂本龍馬や西郷隆盛、リンカーン…そんな歴史上の偉人だったりします。しかし、教科書に載るような偉人を「リーダー」として定義してしまうと、自分なんてとてもじゃないけど「リーダーです」とは言えなくなってしまう。この本が投げかけるのも、「僕らはあまりに『素晴らしいリーダー像』の幻想にとらわれすぎていないか?」ということです。

 はじめから、リーダーになることが決められている人なんて一人もいません。大事なのは、あなたが今この瞬間に「リーダー的な生き方をする」こと。その瞬間の積み重ねによって、少しずつリーダーになっていくのだ、と本書は伝えます。

 キャリア形成にまつわるビジネス書や学術書には、「あなたは○○型リーダー」「この特性を持つ人にはリーダーとしてこんな資質がある」と明快に定義してくれるものもあります。それはそれで一つの意味はあるけれど、「フレームにとらわれる」ことにもなりかねない。それに、自分はどのフレームにも当てはまらないからリーダーの素質はない、と諦めてしまう可能性もある。

 この 『リーダーシップの旅』 が伝えたいのはそうではなく、あなたがどんなリーダータイプであろうとなかろうと、「あなたは今この瞬間にも、リーダーのテストを受けているのですよ」ということ。

 1冊目で紹介したフランクルの『夜と霧』は、人生は行動を続けることで意味がついてくる、と教えてくれる本でした。この『リーダーシップの旅』は、リーダーらしい生き方こそが、あなたをリーダーにしてくれる――そんな、「動詞的」なリーダーへのなり方なのです。

誰かの能力を引き出せるリーダーになりたいなら

3. 『いまを生きる』N・H・クラインバウム著、ポプラ社
佐々木早苗訳、丹地陽子絵、金原瑞人監修

『いまを生きる』N・H・クラインバウム著、佐々木早苗訳、丹地陽子絵、金原瑞人監修、ポプラ社
『いまを生きる』N・H・クラインバウム著、佐々木早苗訳、丹地陽子絵、金原瑞人監修、ポプラ社

 伝統ある名門の全寮制学校にやってきた型破りの教師・キーティング先生が、古臭い指導法をすべて捨てて、学生たちに「生きることの本質」を教えていくというストーリーの 『いまを生きる』 。1989年にロビン・ウィリアムズ主演の映画版が大ヒットしたので、その昔に映画で観たという方も多いかもしれません。

 物語の詳細はさておき、この作品で象徴的なのは、型破りな教師・キーティング先生が生徒たちに「詩をつくれ」という宿題を出すシーンです。キーティング先生は、教科書に書いてある「詩のつくり方」なんて参考にするな! むしろこんなもの捨てちまえ! と、生徒たちに教科書を破らせてしまう。

 詩を発表する場でも、引っ込み思案の生徒が「詩をつくれていません…」ともじもじしていると、叱るでもなく、「君の中には詩があるはずだ。感じたままに言ってごらん」とまっすぐに投げかける。最終的にその引っ込み思案の生徒は、即興でめちゃくちゃいい詩をつくり出します。

 原作でキーティング先生の言葉を追っていくと、生徒一人ひとりに好奇心を持ち、すべてを肯定しながら生徒の内面に肉薄していく様子が分かると思います。それだけでなく、引っ込み思案の生徒がうまく話せず、周りの生徒たちがバカにして笑っていたら、キーティング先生は「周りの声なんか聞かなくていい!」と、ノイズをシャットアウトしてくれる。

 この子の中には、必ずユニークな何かが潜んでいる。キーティング先生には、いつでも他者に対する圧倒的な確信があり、テンポのよい問いかけによってそのユニークさを引き出し、周囲のノイズを排除することで心理的安全性も確保していく。キーティング先生の「他者との関わり方」は、本当にたくさんの示唆に富んでいます。

 誰かの能力を引き出せるリーダーになりたいなら、キーティング先生の生き方に学ぶことはたくさんあると思っています。

「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」を知る

4. 『ニコマコス倫理学』アリストテレス著、岩波文庫
高田三郎訳

『ニコマコス倫理学』アリストテレス著、高田三郎訳、岩波文庫(書影とリンク先は上)
『ニコマコス倫理学』アリストテレス著、高田三郎訳、岩波文庫(書影とリンク先は上)

 「中庸」とは一般的に、偏りがなくバランスが取れた“まんなか”の状態のこと。現代では“どっちつかず”といったややネガティブな意味合いで捉えられることもあります。ですが、アリストテレスは 『ニコマコス倫理学』 で、中庸とは「超過でもなく不足でもない」状態だとしています。

 例えば、「勇気」も超過すれば「向こう見ず」になり、不足すれば「臆病」になってしまう。だから本当に大切なことは、超過でもなく不足でもないその中間にこそ隠れている。さらにアリストテレスは、「中庸がいかに難しいか」についても書いています。

 僕らの身近なところで考えてみると、最近では「言い切る」ことが美徳だとされる傾向にあります。曖昧さが忌避される空気感がある。ただ、「言い切る」というのはとても強い行為なので、勇気や意志が超過状態だといえる。もちろん、「発言しない」こともよしとされません。それはそれで、勇気や意志が不足状態だからです。

 僕が思うに、アリストテレスがいわんとする「中庸」というのは、「分からないなりにも想像しながら語る」ことではないかと思っています。部下への接し方も数字の上げ方も、答えらしきものがこの世の中には溢れている。けれど「中庸」の視点で目を凝らしてみると、超過か不足のどちらかに偏っていることに気づきます。

 時代は、超過あるいは不足、どちらかをもてはやす傾向にある。リーダーは特に、超過の状態こそが正しいと思い込まされている部分も大きいでしょう。でも僕は、マネジメントやリーダーとしての生き方は、決して簡単ではない「分からないなりにも想像しながら語る」という「中庸」にこそ、本質があるのではないかと思っています。

歩むべきは「自分と仲たがいしない」生き方

5. 『責任と判断』ハンナ・アレント著、ジェローム・コーン編集、ちくま学芸文庫
中山元訳

『責任と判断』ハンナ・アレント著、ジェローム・コーン編集、中山元訳、ちくま学芸文庫
『責任と判断』ハンナ・アレント著、ジェローム・コーン編集、中山元訳、ちくま学芸文庫

 世界の正しさは一夜にして変わる――。そう教えてくれるのが、ハンナ・アレントの 『責任と判断』 です。ナチスは政権を掌握するとユダヤ人を迫害しはじめたわけですが、そのとき大衆はなぜナチス政権を批判しなかったのか。アレントは哲学を通して探索しています。

 その理由についてアレントは、人々にとっての価値規範が「外側」にあるからだ、と伝えます。世の中で定義されている「正しさ」は、政権交代などの大きな変化によって価値規範も180度変わってしまう。そうした外側の正しさをよりどころとするのは危険なことだ、とアレントは警鐘を鳴らします。

 だからこそ、正しさの価値規範は必ず自分の「内側」に置いておかなければならない。そして「本当に自分は正しいか?」を問い続けなければならない、とアレントは言います。このことについてアレントは、「自分と仲たがいしない」という表現をしています。もっと簡単にいえば、「常に自分と対話して、自分と折り合いをつけた生き方をしよう」ということです。

 リーダーの場合、上から下りてきたミッションに対して、「本当にこれやるの? これって正しいの?」と確信が持てないときがあると思います。そこで価値規範を外側に求めてしまうと、組織に翻弄されることになってしまう。だから、会社にとっての規範やルールは尊重しつつも、「これをすることで自分が自分を嫌ってしまわないか?」を見つめることも必要なのです。

「自分は正しいのか?」の問答を続けることは、決してラクではありません。正しさの判断がつかないこともあるでしょう。ですが、「大切なものはいつも自分の中にある」と考えることは、会社の経営に振り回されがちなリーダーというポジションにとって、非常に大事なことだと思います。

 僕としては、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』で「中庸」を学んだ延長で、この本を読むことをおすすめしたいです。

上下に挟まれ、疲弊しそうな自分を勇気づける

6. 『きみの人生に作戦名を。』梅田悟司著、日本経済新聞出版

『きみの人生に作戦名を。』梅田悟司著、日本経済新聞出版
『きみの人生に作戦名を。』梅田悟司著、日本経済新聞出版

 梅田悟司さんは言葉に対してとても強いこだわりがある人で、「言葉が人を救う」という信念を持っています。そんな梅田さんが 『きみの人生に作戦名を。』 で伝えるのは、「言葉が与える力を生かせば、あなたの人生はもっと揺るぎないものになるよ!」 ということ。

 リーダーというポジションの足場は、常にぐらついて不安定です。上にいい顔をすれば下からは反発され、下の意見をくめば上からは厄介がられる…。「あちら立てればこちらが立たぬ」の連続でしょう。そうこうしている間に疲弊して、自己嫌悪に陥ってしまうこともある。リーダーであっても、ちゃんと「自分を認めてあげる」ことができなければ、前に進むことはできません。

 梅田さんの本は、そうしたフラジャイルで危うい自分に対して、「言葉によって力を与えよ」と提案しています。今、自分が遂行していることに「作戦名」をつけてみよう。そうして作戦名を掲げた瞬間に、あなたの物語は前に進むはずだから、と教えてくれるのです。

 作戦名というと、あたかも「自分の人生に没入する」ことだと思いがちですが、梅田さんが言っているのはむしろ逆。作戦名を立てるには「人生を俯瞰(ふかん)する」視点こそが重要だとしています。なぜなら俯瞰の視点がないと、自分がどんな作戦を遂行中なのかすら把握ができないからです。

 人生を俯瞰して作戦名をつけることで、自分に勇気を与えてくれる『きみの人生に作戦名を。』。今、リーダーというポジションに不安を抱えている人こそ、アリストテレスやアレントと併せて、ぜひ読んでみてください。

取材・文/金澤英恵 編集協力/山崎綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)