ビッグテックはグローバル化+民主主義を前提とする環境のもと、国家主権が後退した空間で成長を遂げた。しかし、彼らがアプリストア、クラウド、ID、広告、AIモデルを通じて国家に似た機能的主権を獲得するにつれ、サイバー空間への主権を取り戻そうとする国家権力と必然的に衝突するようになった。本特集では、書籍『 デジタルインフラの地政学 インターネット データセンター AI 急所を握るのは誰か 』(日経BP)から抜粋し、中国型のサイバー主権、欧州型のデジタル主権、米国型の安全保障化したマルチステークホルダーモデル、そしてビッグテックの機能的主権が衝突する構図を明らかにする。第4回は「商業クラウドの軍事化」について。
ウクライナのデジタル防衛
ウクライナ侵攻は商業クラウドの役割を一変させた。侵攻直後を含む初期段階で、ウクライナ政府は国家の存亡をかけ、戸籍や納税記録をクラウドへ退避させるデジタル疎開を決断した。Amazon Web Services(AWS)はスノーボールと呼ばれる専用デバイスを現地に送り込み、Microsoftの脅威インテリジェンスチームはワイパーウェア「フォックスブレイド」などの脅威を検知してインフラへの被害拡大の抑止に貢献した。
GoogleのProject Shieldは独裁国家からのDDoS(分散型サービス妨害)攻撃にさらされるジャーナリストを無償で守り続けている。シリコンバレーの巨人は中立的なプラットフォーマーから、事実上の防衛インフラ提供者となった。だがこの転換は、商業施設が軍事目標として正当化されうる根拠をも生み出した。
軍事化の常態化
商業クラウドの軍事化は、例外から常態へと転じた。2026年3月、イラン革命防衛隊(IRGC)がアラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンのAmazonデータセンターおよび関連施設を攻撃した際、IRGCは標的選定の理由を「敵の軍事・諜報活動を支援するインフラであるため」と説明している。主張の真偽は第三者によって検証されていないが、現代のクラウドインフラが直面する解きがたい矛盾を照らし出している。
民間企業が運営する商業クラウドは今や、国家の軍事・諜報機能のデュアルユース基盤として深く組み込まれた。
経路1 軍専用クラウドの構築:JWCCとC2E
米国防総省は2022年12月、AWS・Microsoft・Google・Oracleの4社に対し、最大90億ドル規模のJWCC(Joint Warfighting Cloud Capability)契約を発注した。JWCCは非機密から最高機密(TS/SCI/SAP)まで全分類レベルをカバーし、CJADC2(統合全領域指揮統制)の中核インフラとして設計されている。2025年12月のDISA発表によれば、JWCCの累計タスクオーダー額は前会計年度時点で39億ドルを超えた。
情報機関向けには、CIAが主導するC2E(Commercial Cloud Enterprise)が並行する。17の情報機関すべてにクラウドサービスを提供するこの契約は、2020年に複数社で受注され、15年間で数百億ドル規模に達すると見込まれている。米国家安全保障局(NSA)は別途、WildandStormy契約をAWS単独で再授与し、最大100億ドル規模とされる。CIAとNSAの両CIOは2024年末、C2Eを通じた生成AI活用を公式に認めた。2026年2月末には、OpenAIのサム・アルトマンが国防総省との契約に基づき、機密ネットワーク上でGPTモデルを稼働させていると発表した。
経路2 同盟国軍へのクラウド提供:Project Nimbus
2021年にGoogleとAWSがイスラエル政府・軍に提供したProject Nimbusは、12億ドルのクラウドインフラ契約である。イスラエル国防軍(IDF)を含む政府諸機関のコンピュート基盤として機能し、軍や安全保障機関で使われる可能性をめぐって、社内外から批判を受けてきた。公開情報だけでは個別作戦における利用範囲や意思決定への関与を断定することは難しいが、商業クラウドが同盟国の安全保障基盤に深く組み込まれていることは明らかである。
イスラエルのニュースサイトYnet Newsは、2026年の対イラン軍事作戦「ロアリング・ライオン作戦」を「史上初の本格的AI戦争」と形容し、開戦前比で軍事機械学習の利用やAI機能の呼び出し回数が大幅に拡大したと報じた*1。IDFは2025年末のC4I総局再編で新設されたAI師団「Bina」を、2026年2月28日開始の同作戦で初めて実戦投入した。言語モデルと画像認識モデルが戦場管理ツールに組み込まれ、意思決定プロセスの一部となった。米Washington Post等の報道によれば、米中央軍(CENTCOM)はAnthropicのClaudeを米Palantir(パランティア)のMaven Smart System経由で運用し、作戦開始の最初の24時間で約1000の目標を識別したとされる*2。
ただし、Anthropicは大量監視や自律兵器への利用に対して明確に反対の姿勢を採り、2025年9月以降は国防総省との運用条件をめぐる協議が行き詰まった。2026年2月27日にはヘグセス戦争長官のX投稿とトランプ大統領のTruth Socialで「サプライチェーン・リスク」指定の方針が公表され、3月初旬に国防総省から同社へ正式通知が届いた*3。AIの軍事利用をめぐり、企業の倫理的線引きと国家の調達権限が正面から衝突する局面に入った。
Project Nimbusが特異なのは、イスラエル財政省が契約に「不可逆条項(point-of-no-return clauses)」を組み込んでいる点である。2025年10月のGuardianと+972 Magazineの共同調査が明らかにしたところによれば、この条項群には、政府の方針が会社のポリシーと衝突してもGoogle・Amazonがイスラエル政府のアクセスを制限・取消できない契約上の制約、および外国の法的要請に応じた際にイスラエル側へ秘密裏に通知する「ウィンク・メカニズム」が含まれる。国家安全保障用途に組み込まれた商業クラウドにおいて、プロバイダーが後から倫理的・政治的理由でサービス停止を選ぶ余地が、設計段階から狭められた事例である。
経路3 クラウド事業者による自主的な線引きの試み
一方でMicrosoftは2025年9月、イスラエル精鋭情報部隊のUnit 8200がAzureを民間人の大規模な監視に利用している可能性を示す証拠を受け、特定サービスを停止した。報道では、監視データがオランダなどのAzure拠点に最大1万1500TB(テラバイト)保管されていたとされる。Microsoftの判断は、社内からの圧力を受けたものだった。ビッグテックが軍事利用に対して境界線を引こうとした、珍しい事例である。しかしIDFは当該ワークロードを他のクラウド事業者や自前サーバー運用へ移行したと報じられている。一社の判断は容易に迂回される。
中立なインフラは軍事利用と両立するのか
そして2026年3月のバーレーン攻撃は、敵対する国家や武装勢力がこの軍民両用の構造を認識すれば、商業施設であっても軍事標的とみなされうる段階に入ったことを示した。
深刻なのは、パブリッククラウドのマルチテナント構造が、戦時国際法上の「区別原則」の適用を著しく困難にしている点だ。一つのデータセンターに軍のシステムと多数の民間インフラが同居している以上、施設全体が軍民両用(デュアルユース)とみなされ、民間施設としての法的保護を失い、合法的な「軍事目標」へと変質するリスクをはらむ。さらに、その攻撃の適法性を評価する「比例原則」の適用においても、軍事目標の無力化に伴う民間への巻き添え被害の算定は難しく、法的な歯止めが実質的に機能しなくなる。
商業クラウドの物理的施設は、戦時国際法上の軍事目標とみなされうるのか。不可逆条項を含むイスラエルのProject Nimbusのような軍事クラウド契約の先例は、他国に波及するのか。これらの問いに対して現時点で国際的なコンセンサスは存在しない。
ただし、商業クラウド施設が軍事・諜報用途に利用されているとしても、それだけで無制限に攻撃が許されるわけではない。戦時国際法は、攻撃対象となりうる軍事目標を、その性質・位置・用途・使用によって軍事行動に実効的に貢献し、かつその破壊・無力化が明確な軍事的利益をもたらすものに限る。さらに、民用物との区別、巻き添え被害と軍事的利益の比例、攻撃時の予防措置といった制約が課される。
問題は、商業クラウドが軍民両用化するほど、ある施設がこの要件を満たすか否かの判断が、技術的にも法的にも困難になる点にある。この問いを先送りにする危うさは、2026年3月のイランによるUAEとバーレーンへの攻撃で一気に現実のものとなった。
(書籍『デジタルインフラの地政学 インターネット データセンター AI 急所を握るのは誰か』を基に再編集)
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白畑真(著)/日経BP/3190円(税込み)
