ビッグテックはグローバル化+民主主義を前提とする環境のもと、国家主権が後退した空間で成長を遂げた。しかし、彼らがアプリストア、クラウド、ID、広告、AIモデルを通じて国家に似た機能的主権を獲得するにつれ、サイバー空間への主権を取り戻そうとする国家権力と必然的に衝突するようになった。本特集では、書籍『 デジタルインフラの地政学 インターネット データセンター AI 急所を握るのは誰か 』(日経BP)から抜粋し、中国型のサイバー主権、欧州型のデジタル主権、米国型の安全保障化したマルチステークホルダーモデル、そしてビッグテックの機能的主権が衝突する構図を明らかにする。第3回は「EU独自のデジタル主権」について。
日米欧などの先進民主主義国家は、データの自由な流通から大きな恩恵を受けてきた。しかし、主権と民主主義を守ろうとすれば、無制限のグローバル化は受け入れにくくなる。トリレンマでいえば、選択しているのは「主権+民主主義-グローバル化」であり、ブレトンウッズ型の管理されたグローバル化への回帰である。市民の権利と国家の安全を守ろうとすれば、無制限のグローバル化をそのまま受け入れることはできない。
民主主義国家も、一定程度管理されたサイバー空間を選ばざるを得なくなった。民主主義国家が向き合う相手は、権威主義国家だけではない。自国の経済圏の内部で、市場のルール、言論の流通、人々の認知に影響を及ぼす巨大プラットフォームにも向き合わなければならない。
EUは巨大プラットフォームの機能的主権に対し、DMA、DSA、DORAという三つの規制で対応した。DMAは市場を、DSAは情報空間を、DORAは業務継続を守るための規制である。いずれも、事後的な訴訟では市場変化に追いつけないという反省から、事前規制へ踏み込んだものだ。
事後規制から事前規制への転換:デジタル市場法(DMA)
2022年に成立し、2024年3月から指定ゲートキーパー義務が本格適用されたEUのデジタル市場法(DMA)は、巨大プラットフォームに対して国家がルールを取り戻そうとする試みである。ゲートキーパーとして指定されたApple、Alphabet、Meta、Amazon、Microsoft、中国ByteDance(字節跳動)の6社22サービスに対し、サードパーティ・アプリストアの許可、決済手段の選択肢の提供、自社サービスの優遇禁止などの義務が課される。違反に対する制裁金は全世界売上高の最大10%、再犯で20%に達する。
形式的順守の罠
DMA施行2年の教訓は、形式的な順守だけでは、法の趣旨が骨抜きにされる、というものだ。Appleはサードパーティ・アプリストアを形式的に許可したが、2024年初頭に開発者向けの「Core Technology Fee」を新設。年間100万件を超える初回インストールに対して1件0.50ユーロを課した。さらにストア外に対しても、初回獲得手数料(5%)等を課す複雑な体系を導入して実質的な負担を維持した。2025年4月23日には欧州委員会が初のDMA違反として5億ユーロの制裁金を科し、Appleは料金体系の見直しを迫られた。Epic Games訴訟と同型の抵抗であり、規制当局と企業の間で、順守の範囲をめぐる継続的なせめぎ合いが続いている。
GoogleはAndroidの選択画面で自社検索をデフォルトに設定し続け、Metaは、広告なしの有料版と広告付きの無料版という二択を提示し、欧州委員会から、利用者に十分な代替選択肢を提供していないと判断された。いずれもDMAの条文に形式的には抵触しない巧妙な設計であり、規制当局は「法の精神に反する」として調査を開始したものの、判例の蓄積には時間がかかる。
認知領域の防壁:デジタルサービス法(DSA)
EUは経済面のDMAに加え、言論空間・認知領域の主権を取り戻そうとした。2024年2月に全面適用されたデジタルサービス法(DSA)は、月間4500万人超のプラットフォームを超大規模オンラインプラットフォーム(VLOPs)と指定し、アルゴリズムが選挙介入や未成年の精神衛生に与えるシステミックリスクの評価と低減を義務付けた。
DSAの基本原則は「オフラインで違法なものはオンラインでも違法」という単純な論理だ。だが真の狙いは個別のコンテンツ規制よりも、それを流通させるシステムへのガバナンスにある。DSAは、VLOPsに対し、推薦システムの主要パラメーターを利用者に説明し、当局や認定研究者がシステミックリスクを検証できるよう一定のデータアクセス義務を課している。
欧州委員会は、DSAが紙の上の規制に終わらないことを示した。TikTok Liteの報酬プログラムに対しては、未成年のネット中毒を助長するとして機能の一時停止命令が示唆され、TikTokは即座にEU域内から当該機能を恒久的に削除した。DMA初の制裁金として、Appleに5億ユーロ、Metaに2億ユーロを科したのと合わせ、EUは、表面的な対応だけで済ませようとする企業に対し、実効性のある手段を着実に増やしている。
クラウドを「準公的インフラ」に:DORA(デジタル業務レジリエンス法)
DMAが市場構造を、DSAがコンテンツや認知領域を対象にするのに対し、DORAはデジタルインフラの業務継続性を規制対象にした。2025年1月17日に全加盟国で施行されたデジタル・オペレーショナル・レジリエンス法(DORA)は、広範な金融機関とそのICTサービス提供企業に統一的なデジタルレジリエンス基準を課す。
DORAの重要性は、クラウド事業者を単なる外部委託先として扱わない点にある。金融機関のシステムがクラウドに依存している以上、クラウド事業者も金融システムの安定に責任を負う。EUはこの考え方に基づき、重要なICTサービス提供者を直接監督の対象にした。つまりDORAは、クラウドを、金融システムを支える準公的インフラとして扱う制度である。
2025年11月、欧州監督当局(ESAs)はDORAに基づく初のクリティカルICTサードパーティ・プロバイダー(CTPP)リストとして、AWS、Google Cloud、Microsoftを含む19社を公表した。指定は4つの基準に基づく。当該プロバイダーの障害時のシステム的影響、依存する金融機関のシステム的重要性、依存の集中度、そして代替性(substitutability)だ。
CTPPに指定されたプロバイダーは、ESAsが任命する主任監督者による直接的な監督と包括的評価に服し、EU域内に十分なリソースを備えた法人の設置と年次監督手数料の支払いを義務付けられる。主任監督者はCTPPに対し、情報要求、調査、検査、勧告を行い、これらの監督手続きに従わせるための日次制裁金を科すことができる。
さらに、CTPPが勧告に従わずリスクが是正されない場合、各国の所管当局は最終手段として、金融機関に当該ICTサービスの一時停止または契約終了を求めうる。つまりEUは、「規制に従わなければEU金融市場から実質的に排除する」という構図を作り上げたのだ。同法の第28条は、現行のICTサービスから代替サービスに移行する出口戦略の法的義務化を定める。データのポータビリティ確保、代替プロバイダーの特定、移行期間中のサービス継続義務をプロバイダーに課す契約条項、出口計画の定期的検証を義務化した。
出口戦略要件の技術的具体性は従来の規制を超えている。金融機関はクリティカルICTサービスごとに文書化された出口計画を策定し、重要機能を継続しながらどのデータをどの順序でどの代替先へ移すのかをあらかじめ設計し、その実行可能性を継続的に検証することが求められる。さらに同法は、クリティカルICTプロバイダーに対し、顧客が代替プロバイダーへの移行を完了するまでの十分な移行期間とサービス継続を契約に組み込ませる義務を課す。
VMwareやOracleの事例が示すのは、出口がない契約が企業をベンダーの一方的な条件変更に従わせる構造だ。DORAは「出口がない契約は監禁であり、監禁された者に交渉力はない」という認識を、法制度の形に落とし込んだともいえる。
さらに、2024年発効のEUデータ法は、クラウド等のデータ処理サービスについて、顧客が別のプロバイダーまたはオンプレミス環境へ切り替える権利を制度化した。切替期間は原則30日とされるが、技術的に不可能な場合には延長が認められる。また、2027年1月12日以降、プロバイダーは切替に伴う手数料を原則として課すことができなくなる。
DORAは金融機関に出口戦略の保有を義務付け、データ法はプロバイダーに出口の封鎖を禁じる。DORAとデータ法は立法目的こそ異なるが、いずれもベンダーロックインを法的に解体する方向を向いている。この点に、EUがハイパースケーラーの市場支配力を切り崩そうとする姿勢が表れている。
DORAが従来の規制と一線を画すのは、クラウドの法的地位の変化だ。施行以前、クラウドはICT外部委託先であり金融機関の管理責任の範囲内にあった。ベンダー自身は規制対象外にとどまっていた。施行以後、クラウドはクリティカル・サードパーティとしてEUレベルの直接監督対象となり、金融安定性に対する公的責任を負う。
DORAが施行された2025年は、6月のGCP障害、10月のAWS・Azure連続障害により、三大メガクラウドが相次いで世界規模の障害を起こした年でもあった。法の価値は障害を防いだことではなく、障害後の責任配分と出口確保の重要性を可視化したことにある。日本でも金融庁がオペレーショナル・レジリエンスの枠組みを整備しつつあり、DORAの成否は日本の制度設計に直接的な影響を及ぼす。

(書籍『デジタルインフラの地政学 インターネット データセンター AI 急所を握るのは誰か』を基に再編集)
[日経クロステック 2026年6月30日付の記事を転載・改題]
白畑真(著)/日経BP/3190円(税込み)
