既存の製品・サービスにとって脅威となる破壊的技術にどう対応すればよいのか。クレイトン・クリステンセンは、別々の組織で、別々の顧客を追求するべきだと説きます。クリステンセンの名著『 イノベーションのジレンマ 増補改訂版 』(玉田俊平太監修/伊豆原弓訳/翔泳社)を、早稲田大学ビジネススクール教授の根来龍之さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋してお届け。
新技術は既存と別の組織で追求すべき
クリステンセンは「主流市場の競争力を保ちながら(既存の製品・サービスにとって脅威となる)破壊的技術を的確に追求することは不可能である」と主張します。多くの企業は、既存の製品などを改善しながら、同時に破壊的技術も追求しようとします。これが失敗の原因だというのです。
その理由をクリステンセンは「不均等な意欲」に求めます。既存の製品・サービスの利益率が高く顧客の大半がそれを求めているうちは、破壊的技術は組織内の資金と人材を十分集めることができません。組織内で、既存の製品などに対する意欲と、破壊的技術に対する意欲が「不均等」であるがゆえに、企業は対応が遅れるというのです。
これは経営者だけではなく、現場のマネジャーの問題でもあるとクリステンセンは指摘します。どのプロジェクトを優先するかは、マネジャーがどのようなタイプの顧客や製品が企業にとって最も利益になると理解しているかに左右されます。
顧客が求めるものに応え、収益性の高いプロジェクトに参加すると、組織内で成功しやすくなります。こうした成功追求のメカニズムが資源配分プロセスに重要な影響を与え、破壊的技術への注力を妨げるのです。
これを防ぐ方法は、別々の組織で、別々の顧客を追求することだというのが、クリステンセンが示す処方箋です。
米IBMはパソコン業界に参入し、当初は大きな成功を収めました。これはニューヨーク州の本社から遠く離れたフロリダ州に、独自の部品調達網や販売チャネルをもとに競争上のニーズに適したコスト構造を自由に形成できる自律的な組織を新設したためだとの指摘があります。
IBMがその後、パソコン市場の収益性と市場シェアを維持できなかった大きな要因は、同社がパソコン部門と主流組織を緊密に連携させると決めたことにあるとされているのです。
破壊的技術にどう対応したか
クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』は、ディスク・ドライブ業界の歴史のなかで、破壊的技術への対応で成功した企業として、クアンタム・コーポレーシヨン(Quantum Corporation)を挙げています。
クアンタム・コーポレーシヨンは、1980年代前半にミニコン市場に8インチ・ドライブを提供する大手メーカーでした。しかし、次世代製品の5.25インチ・ドライブに完全に乗り遅れてしまいます。クアンタムが最初の5.25インチ製品を発売したのは、市場に同製品が出回り始めてから約4年も後のことでした。先行した5.25インチの後発企業がミニコン市場を侵食し始めたため、クアンタムの売り上げは急速に減少を始めます。
1984年に、クアンタムの社員数人が、デスクトップ・パソコンの拡張スロットに挿入する薄型3.5インチ・ドライブの潜在市場に気づき、クアンタムを辞し、新会社を設立しようとしました。このドライブは、クアンタムの収入源であるミニコン向けではなく、パソコン向けの製品でした。
クアンタムの経営陣は、社員の独立の動きを支援し、プラス・デベロップメント・コーポレーシヨンというこのスピンオフ事業に出資して80%の株式を保持し、新会社をクアンタムとは別の場所に設立させました。完全に独立した組織と独立した経営陣によって、プラス・デベロップメントは新市場に参入したのです。
1980年代半ばにクアンタムの8インチ・ドライブの売り上げは落ち込み始めますが、プ ラスの3.5インチ製品の売り上げ増によって補完することができました。
87年には、カンタムの8インチ製品と5.25インチ製品の売り上げはほとんどなくなります。そこで、カンタムはプラスの残りの20%の株式も取得し、実質的に旧クアンタムを閉鎖して、プラスの経営陣をクアンタムの上級管理職に据えることにしました。そして、アップルなどのデスクトップ・パソコン・メーカー向けの3.5インチ製品の改善を図りました。
こうして、クアンタムは3.5インチ・ドライブ・メーカーとして再生し、持続的イノベーションによって上位のエンジニアリング・ワークステーション市場へも進出し、さらに2.5インチ・ドライブへの持続的なアーキテクチャーのイノベーションにも成功しました。新生クアンタムは、8インチ・ドライブの売り上げを完全に失いながらも、ディスク・ドライブ生産台数で再び世界最大手となることに成功したのです。
なお、クアンタムは、ハードディスク部門を2001年に売却しますが、テープドライブ分野において、現在も世界のトップクラスのシェアを維持しています。
経営者への四つのサジェスチョン
クリステンセンは、破壊的技術に直面した経営者に対して、次のような対応を勧めます。
(1)破壊的技術の開発を、そのような技術を必要とする顧客がいる組織にまかせることで、プロジェクトに資源が流れるようにする。
(2)独立組織は、小さな勝利にも前向きになれるように小規模にする。
(3)失敗に備える。最初からうまくいくと考えてはならない。破壊的技術を商品化するための初期の努力は、学習の機会と考える。データを収集しながら修正すればよい。
(4)躍進を期待してはならない。早い段階から行動し、現在の技術の特性に合った市場を見つける。それは現在の主流市場とは別の場所になるだろう。主流市場にとって魅力の薄い破壊的技術の特性が、新しい市場をつくり出す要因になる。
上記のサジェスチョンと電気自動車への自動車メーカー各社の対応を比較してみましょう。
電気自動車は、最低走行可能距離でも、最高スピードでも、ガソリンエンジン車に対して現在は劣っています。また、製品の種類も多くありません。既存の製品の競争要因から見ると「性能が下がっている」のです。しかし、燃費と環境対応イメージという新競争軸で一定の市場を得つつあるという意味で、破壊的技術に相当すると思われます。
電気自動車の開発は極めて大きな資金を必要とするため、その開発は、既存自動車会社の「中」で進んでいるのが現状です。しかし、シリコンバレーを拠点とするテスラモーターズのようなベンチャーも存在します。また、中国の新興自動車メーカーも電気自動車に熱心に取り組んでいます。
イノベーションへの対応は、どんどん変化していきます。既存自動車会社の中で当初から熱心に電気自動車の開発に取り組んできたのは、日本では日産自動車や三菱自動車でした。しかし、当初は熱心でなかったトヨタ自動車とホンダも、今では電気自動車の開発に本格的に注力しています(2022年6月時点)。
クリステンセン理論の通りであれば、対応が遅れたトヨタとホンダよりも、ベンチャー企業や中国企業に長期的勝機があるはず、ということになりますが、今後の展開を注視すべきでしょう。
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