「リーダー企業を脅かす破壊的イノベーションには『ローエンド型破壊』と『新市場型破壊』があり、新市場型破壊は察知しにくい」。クレイトン・クリステンセンの名著『 イノベーションのジレンマ 増補改訂版 』(玉田俊平太監修/伊豆原弓訳/翔泳社)と続編『 イノベーションへの解 』(マイケル・レイナーとの共著/玉田俊平太監修/櫻井祐子訳/翔泳社)を、早稲田大学ビジネススクール教授の根来龍之さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

2種類ある破壊的イノベーション

 クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』の続編『イノベーションへの解』で、リーダー企業を脅かす破壊的イノベーションには2種類あると述べています。「ローエンド型破壊」と「新市場型破壊」です。

 ローエンド型破壊とは、「過保護の顧客」に従来より性能などの低い製品・サービスを低価格で販売することで新規参入するイノベーションのこと。過保護の顧客とは、既存の製品・サービスの性能などが、彼らにとっての「満足レベル」を超え、過剰になっている人たちを指します。デパートをサービス過剰と感じる顧客に向けてセルフサービスのビジネスモデルを取り入れ、小売りの主役の座を奪ったスーパーがローエンド型破壊の一例です。カテゴリー別ディスカウンターもローエンド型破壊のイノベーターと位置付けられます。

 一方、新市場型破壊とは、従来の製品・サービスにない性能などを提供することで新たな需要を創り出すイノベーションのことです。デジタルカメラは「その場で見られる」「パソコンに保存できる」という新しい性能を提供することで、従来のカメラとは異なる需要を創造しました。

 どちらのイノベーションも、最初は既存の製品・サービスに比べ性能などが劣るものの、次第にレベルを高めて市場の主役の座を奪う可能性を持ちます。しかし、ローエンド型破壊が当初から既存市場を奪うライバルであるのに対して、新市場型破壊は同じ脅威があるとはなかなか意識されません。最初は「無消費」、すなわち既存の製品・サービスを消費していない人に訴求するものとして出発するからです。

 この種の新しい製品・サービスのすべてが既存市場を奪うものに成長するわけではありません。特殊なニーズに応えるニッチ製品として存在し続けるにすぎないものもあります。このため、既存企業は新市場型破壊の製品・サービスの脅威を小さく見積もりがちです。

新しい用途を取り込む

 新市場型破壊についてさらに考えてみましょう。図2の縦軸が製品の性能、横軸が時間を表しているのは、図1( 第1回「『イノベーションのジレンマ』リーダー企業はなぜ衰退するか」 参照)と同じです。

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 しかし、図2では、3番目の軸として、「無消費または無消費の機会」が加わっています。ここでは、最初の二つの軸による「平面」は、特定の用途市場を意味するものになります。これに対して、3番目の軸は、イノベーションがもたらす製品・サービスが、従来その製品・サービスを購入し利用するためのお金やスキルや環境を持たなかった新しい顧客=新しい用途を取り込むことを意味します。

 3番目の軸上に、当初の用途とは異なる性能を意味する縦軸が立つことになります。例えば、ソニーの最初の電池式小型トランジスタラジオは、小型で携帯可能で低価格ではありましたが、当時の主流製品である真空管ラジオに比べて、音質が悪く雑音が混じるものでした。処理できる電力が小さかったからです。

 しかし、この電池式小型トランジスタラジオは、それまでラジオを持っていなかった人に歓迎されたと言われています。例えば、「両親の耳の届かない場所で仲間とロックンロールを聴きたいティーンエイジャー」が新しい顧客でした。やがて、トランジスタ技術が向上して、卓上ラジオ、さらには大型テレビに必要な電力を処理できるようになると、ソニー製品に代表される新興家電企業は、当初用途(既存製品)の市場までも奪うようになっていきました。

新市場型破壊 四つの条件

 クリステンセンは、新市場型破壊が成立するためには、以下の四つの条件が必要だと述べています(『イノベーションへの解』より)。

(1)ターゲット顧客にはある用事(必要)を片づけたいというニーズがあるが、お金やスキルを持たないため、解決策を手に入れられずにいる。

(2)このような顧客は、破壊的製品をまったく何も持たない状態と比較する。そのため、本来のバリュー・ネットワークのなかで、高いスキルを持つ人々に高い価格で販売されている製品ほど性能が良くなくても、喜んで購入する。こうした新市場顧客を喜ばせるための性能ハードルは、かなり低い。

(3)破壊を実現する技術のなかには、非常に高度なものもある。だが、破壊者はその技術を利用して、誰でも購入し利用できる、シンプルで便利な製品をつくる。製品が新たな成長を生み出すのは、「誰でも使える」からこそである。お金やスキルをそれほど持たない人々でも消費を始められるのだ。

(4)破壊的イノベーションは、まったく新しいバリュー・ネットワークを生み出す。新しい顧客は新しいチャネル経由で製品を購入し、それまでと違った場で利用することが多い。

 バリュー・ネットワークとは、「上流のサプライヤ、潜在的なマーケットである下流のチャネル、そして周辺の供給者の集合体」を意味しています。バリュー・ネットワークが業界内部の共通のビジネスモデルを支えているので、破壊的イノベーションは、単に個別製品・サービスの革新をもたらすだけではなく、新しいバリュー・ネットワークの中に収まる必要があります。

 例えば、トランジスタラジオが発売された当時、真空管を利用した電気製品は家電販売店を通じて販売されており、販売店は販売した製品の切れた真空管を交換するサービスでかなりの利益を得ていました。この場合、家電販売店は、真空管が入っていないトランジスタ製品の販売では十分な利益をあげられません。したがって、ソニーをはじめとするトランジスタ製品メーカーは、新しいバリュー・ネットワーク内に、新しいチャネルをつくり出す必要がありました。

 新たなチャネルは、チェーンストアやディスカウントストアでした。そして、既存企業がトランジスタ製品を発売し始めた時には、これらのチャネルの棚スペースはすでにソニーなどの新興企業に占められていたのです。

『イノベーションのジレンマ』の名言
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