戦略論の世界的権威、リチャード・P・ルメルトは、「リストを作成する」など戦略思考を高めるテクニックも紹介しています。ルメルトが執筆してロングセラーとなっている 『良い戦略、悪い戦略』 (村井章子訳/日本経済新聞出版)を、平井孝志・筑波大学大学院ビジネスサイエンス系教授が読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔戦略・マーケティング編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。

カーネギーが1万ドルをあげた言葉

 戦略をつくるという作業は、高性能の飛行機を設計する作業に通じるものがあります。戦略の選択肢は与えられるものではなく、自らデザインすべきものだからです。だからこそ、有能なストラテジストは優れたデザイナー(設計者)ともいえます。様々な要素の特徴を見極め、最適な組み合わせを見つけ、全体を美しくまとめ上げる役目を担います。

 ルメルトは『良い戦略、悪い戦略』の最後に戦略思考を高めるテクニックを紹介しています。真っ先に挙げるのが「リストを作成する」という方法です。

 この重要性を、若き日のフレデリック・テイラー(科学的管理法の父)と鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの間でのエピソードを用いて紹介しています。

 カーネギーはいいます。「お若いの、君が経営について聞くに値することをいったら、1万ドルの小切手を送ってやろう」

 テイラーは「あなたにできる重要なことを10個書き出して、それを1つずつ実行してください」と答えました。後日、1万ドルの小切手を受け取ったそうです。

 この話のミソは「重要であること」と「できること」の2つです。テイラーはまず、根本的に大切なことに優先度を置くべきだと主張したのです。さらに実行可能なものでなくてはならないとも助言したのです。

 これはできることを洗い出し、十分考えた上で、大切なことから全体を組み上げていくべきだと読み替えることができます。実現可能かつ重要なことをリストアップするということが、ストラテジストがデザイナーであるべきだという考え方に通じるものなのです。

 他にも、第一感は大事だが疑ってかかるべし、と警鐘を鳴らします。重要な判断をしたら記録に残す習慣を持つことも推奨します。事後評価をして自分の判断を反省材料として活用するためです。戦略のデザイナーになるには地味で具体的な努力が必要なのです。

赤字事業Aから撤退すべきか否か

 ここでは、皆さんが会社の企画部門に所属していて、「赤字事業Aから撤退すべきか否か」を検討している状況を想定しましょう。そして、その検討のプロセスをなぞりながら、ルメルトが推奨する思考のポイントを紹介していきます。

 赤字事業Aをやめるべきか否かというお題をもらったら、当然のことながらこれまでの経験や知識に基づいて、皆さんは直感的に何らかの判断をすると思います。

 A事業は10年以上赤字続きだからやはり厳しい……。競争相手のB社が圧倒的に強くてどうしようもない……。やはり撤退すべきかもしれない、といった具合です。

 これに対して、ルメルトは「第一感を疑うべし」と警鐘を鳴らします。さらに、第一感から出発した最初の答えを一度は破棄すべきだと言います。当然聞こえてくる反論は、結構、第一感は合っている場合が多いという声です。ルメルトはそれを踏まえてもなお、初期案を一度は破棄すべきだと主張するのです。

 例えば「米大統領が核弾頭発射のボタンを押すか否かを第一感で判断するだろうか?」と問いかけ、重要な意思決定を直感に任せることの危険性を力説します。

 最初に思いついた考えをそのまま答えにしてしまわないためには、「バーチャル賢人会議」という方法が有効です。頭の中で他人に助けてもらう。つまり、自分が尊敬する人を登場させて、自分のアイデアを批判してもらうということです。

 ルメルトの頭の中には、師匠であるブルース・スコット教授、デービット・ティース(著名な経営学者)、スティーブ・ジョブズがいるそうです。

思いついた考えを批判してもらうために「バーチャル賢人会議」を行うのが有効だ(写真:shutterstock)
思いついた考えを批判してもらうために「バーチャル賢人会議」を行うのが有効だ(写真:shutterstock)
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根本的に問い直し「診断」する

 次に「何をすべきかの前に、なぜそうするのか」を問い直してみることです。

 今回の場合は少々ひねくれて聞こえますが、事業Aから撤退すべきかどうかについて考えるのではなく、なぜ今、事業Aの撤退問題を考えているのかを考えてみるということになるでしょう。

 そのような観点に立つと、そもそもA事業から撤退しなければならない理由が継続的な赤字だったとしても、それだけで判断していいのだろうか、A事業を行うことが他の事業の技術的な優位性を生み出しているかもしれない、といったふうに違った観点も思い出すことができます。

 あるいは、A事業は会社における唯一のBtoCの事業なので、この事業を持っていることが会社の知名度を上げ、優秀な人材を獲得するのに大きく貢献しているかもしれない、といった発想にもつながります。

 何のために撤退するのか、何のために継続するのかという理由を考えることによって、より多面的な思考ができ、より正しい判断に近づける確率が増すことになるのです。

 少し戦略という観点の話に立ち戻ると、「悪い戦略」がはびこるのは分析や論理を十分に行わず、いわば地に足の着いていない状態で戦略をつくろうとすることが原因の一つです。

 その背景には、面倒な作業はやらずにすませたい、調査や分析などしなくても立てられるという安易な願望があるからかもしれません。しかし、事業から撤退すべきか否かといった大きな戦略的判断においては、しっかりとした「診断」(カーネル<核>の最初のステップ)をどうしても避けては通れないということなのでしょう。

客観的な診断を下す際の落とし穴

 ただ、適切で客観的な診断を下す際にも、留意すべき落とし穴があります。ルメルトが挙げるのは「群れる心理」と「内部者の視点」です。

 「群れる心理」は難しい問題に直面したときに起こりやすいものです。A事業から撤退すべきか、この問題に対して深く考えれば考えるほど、わからなくなってしまうこともあるでしょう。そうなると、周りの空気に流されがちになります。なんとなくみんなが撤退すべきだよね、とつぶやき始めると、だんだん意見の趨勢(すうせい)はそちらに流れていきます。

 それぞれの人は確固たる根拠もなく、「ほんとうのこと」が見えていないにもかかわらず、誰かが「ほんとうのこと」を知っているだろうという楽観的希望が先に立ち、根拠のない答えに意見が集約されていくのです。「みんなが大丈夫だといっているので大丈夫」ということは決してないのです。

 次に「内部者の視点」です。これにとらわれると、自分自身や所属する集団、プロジェクト、会社、あるいは国だけが特別で別格の存在になってしまいます。

 そして周りが見えなくなるのです。まず外部の客観的な統計データを無視しがちになってしまいます。最終的には、自分たちは特別なので、自分たちは大丈夫という妄想にとらわれてしまいます。しかし、物事は客観的な確率によって動いていきます。

 内部者の視点にとらわれると、都合よくA事業も数年後にはV字回復すると信じ込んでしまう危険性も生まれてきます。

健全に疑う

 ストラテジストとしてできるだけ正しい判断を行うためには、客観的な分析によって現実を見つめ、「第一感」「問題そのもの」「群れる心理」「内部者の視点」を健全に疑っていくことを心がけることが一番のようです。

 最後に本書『良い戦略、悪い戦略』の最後の一段落を紹介して、本連載を終えることにしましょう。

 群れの圧力は、「みんなが大丈夫だと言っているのだから絶対大丈夫なのだ」と考えることを強要する。内部者の視点は、自分たち(自分の会社、自分の国、自分の時代)は特別なのだから、他の時代や他の国の教訓は当てはまらないと考えることを強要する。こうした圧力は、断固はねのけなければいけない。現実を直視し、群れの大合唱を否定するデータに目を向ければ、また歴史や他国の教訓から学べば、それは十分に可能である。


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リチャード・P・ルメルト著/村井章子訳/日本経済新聞出版/2200円(税込み)