「ゆとり世代」の大学講師として日々20代の大学生に接しており、『 Z世代化する社会 』の著者でもある舟津昌平さんに聞く「Z世代に贈る本」6回目は、『急に具合が悪くなる』(宮野真生子、磯野真穂著)。ガンを長年患う哲学者と臨床現場の調査を重ねている人類学者による往復書簡をまとめたものだ。「死」と「病」が中心テーマだが、立場の異なる人同士のコミュニケーションのあり方について考えさせられる本である。

「余命○年」の意味

 第4回 「友達、親、夢、コミュ力…Z世代の悩み事に対話で答える本」 で紹介した『 心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋 』(斎藤環、與那覇潤著/新潮選書)もそうですが、対談形式の本は難しい話を易しくかみ砕いて説明してくれる印象があります。

  『急に具合が悪くなる』(宮野真生子、磯野真穂著/晶文社) は、往復書簡による対話本です。著者の1人、哲学者の宮野真生子さんは、長くガンを患っていました。あるとき、病を抱えて生きることの不確実性やリスクの問題、生と死について、学問的に深く考えてみようと思い立ちます。往復書簡の相手は医療人類学者の磯野真穂さんです。ところが2人のやりとりが進む中で、宮野さんの体調はますます悪くなっていきます。

 本書が刊行される2カ月前、宮野さんは亡くなりました。その死の直前までの20通にわたる書簡が収録されています。

『急に具合が悪くなる』(宮野真生子、磯野真穂著)。宮野さんは本書刊行の2カ月前に亡くなった
『急に具合が悪くなる』(宮野真生子、磯野真穂著)。宮野さんは本書刊行の2カ月前に亡くなった
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 本書は、いろいろな読み方ができると思います。私は、まず意思決定について考えさせられました。象徴的なエピソードがあります。宮野さんが比較的お元気だったころ、担当医から「急に具合が悪くなる可能性がある」と告げられます。それによって、今までは考えもしなかった「死」が、急に現実的なものとして迫ってきたのです。

 そのとき、宮野さんが真っ先に考えたのは、数週間後の仕事の予定、直近の予定をどうするかでした。すぐに容体が悪化するわけでもないのに、とにかく人に迷惑を掛けてはいけないという意識にとらわれたわけです。しかし、たまたまそのタイミングで、磯野さんから「具合が悪くなる可能性というのは誰にでもある」とのメールを受け取り、考え方を変えます。死は誰にでも訪れるが、いつになるかは分からない。不確実な死を前提として今の生を考える必要はないのではないか、という意見でした。

 医師はエビデンスに基づき、患者に病気の進行可能性を伝えます。例えば「余命○年」というのはその典型です。しかし、そう伝えられたとしも、その通りになるかは分かりません。また、その○年をどう生きるかということに対して、医療側は何の情報も提供してくれません。むしろ、できないのです。客観的なデータというものが患者にとってどんな意味があるのかを、本書はストレートに訴えかけます。

データに振り回されない

 このことは医療に限りません。Z世代の若者たちは、日々膨大なデータを受け取っています。例えば「就職後3年以内に3割の人が辞める」というのもその1つです。それぞれに事情があって、結果としてトータルでこういう数字になるのでしょうが、その数字自体と、個々人の生き方やキャリアには、本来何の関係もありません。

 この数字を見て、「3割もいるなら自分も辞めようか」と思う人がいれば、「3割しかいないならとどまろう」と思う人もいるかもしれません。要は、データは自分次第でどうにでも解釈できます。まず主観的な意思決定があり、データはそれを後押しする理由の1つにすぎません。

 やりたいことが固まっていないZ世代こそ、根拠データを求めるよりも自分で意思決定する習慣を身に付けてほしいと思います。ちなみに経営学の分野では、意思決定論は古典的かつ中心的なテーマであり続けています。

 宮野さんは、意思決定のプロセスを1人で担う必要はない、とも述べています。医師は客観的なデータを伝えるだけで、患者に「こうしなさい」とはなかなか言いません。コンプライアンスやハラスメントが取り沙汰されやすい昨今、患者に対する発言には医師も慎重になっています。余計なことを言わないようにという、誠実さから慎重になるのです。

 宮野さんは、一歩踏み込んで主治医に「いまの<私>にどんな可能性があるんでしょう。先生なにかありませんか?」と問いかけます。客観的なデータだけではなく、自分の選択肢を尋ねたのです。主治医は、「大学の人間として推奨しにくいんだけどね」と言いつつも、自由診療を手掛ける医療機関を紹介してくれたそうです。

 しゃくし定規のコミュニケーションが多い昨今、ちょっと食い下がってみたら相手の人間性が見えるかもしれません。場合によっては、自分のために心を砕いてくれる瞬間があるかもしれない。人と対話するとはどういうことか、改めて教えてくれている気がします。

重い病を抱える人にどう寄り添うか

 本書は聞き手である磯野さんの視点から読むこともできます。深刻な病気に直面している人とどう向き合うか、「お大事に」「大丈夫?」が使えなくなったとき、どんな言葉を伝えればいいのか、示唆に富んでいます。

 『Z世代化する社会』でも触れたことですが、多くの人は当事者を過大に見る傾向があります。前提として、本人のことは本人にしか分からない、自分の置かれた状況は他人には理解されないという意識を持っているので、他人のアドバイスや批判を拒否しがちです。では、そうやって他者を拒否して閉じた世界の先に何があるかといえば、大して何もありません。

「コミュニケーションのお手本になる本です」と話す舟津さん
「コミュニケーションのお手本になる本です」と話す舟津さん
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 その点、宮野さんと磯野さんのコミュニケーションは閉じていません。とりわけ磯野さんの対応は見事です。両者の立場は大きく違うわけですが、立場を超えて寄り添っています。安易に慰めたり励ましたりするのではなく、かといって病気のことに触れないわけでもありません。世間話を盛り込みながら、どう接すればいいのか教えてほしいと率直に尋ねるなど、試行錯誤をしていきます。

 少し敷衍(ふえん)して読み解くなら、これは異文化や異世代の関係でも濃密なコミュニケーションが成り立つことを示しているように思います。おそらく磯野さんが人類学者であることも影響しているのでしょう。

 著名な人類学者レヴィ=ストロースの原点は、ブラジル奥地での果敢なフィールドワークでした。異文化社会に入り込み、よそ者の視点からその思考や文化を探求しようとしたのです。当事者のことは当事者にしか分からないとしてしまうと、成立しないアプローチです。

 同じく人類学者で経営学にも影響を及ぼしたマリノフスキーも、若い頃に南太平洋の島で長期にわたるフィールドワークを行っています。ただその日記を見ると、いつも驚きや発見に満ちているわけではありません。「今日は何も起きなかった」「彼らが何を考えているのか分からない」など、淡々とした記録も多いそうです。フィールドワークに必要なのは、平凡な日常の積み重ねの中から価値を見いだしていくことなのでしょう。

 それは人類学に限りません。年の離れた上司と少し話しただけで「気が合わない」「自分は嫌われている」などと決めつけるのは早計。手探りの中で対話を重ねながら、相手のことを理解する努力をすべきです。もちろん、上司を「部下」に置き換えても同じことです。磯野さんの返信は、そのお手本になると思います。

 一般にこの手の本は、いわゆる「感動ポルノ」になりがちですが、本書は違います。重病を抱えながらいかに生きるか、またその人にどう寄り添うか、コミュニケーションはどういう役割を果たせるか、深い洞察が得られる本です。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也