20世紀を代表する哲学者、カール・ポパーが、第2次世界大戦の最中、亡命先のニュージーランドで執筆した『開かれた社会とその敵』は、左右の全体主義に対するスリリングな批判の書だ。1989年のベルリンの壁の崩壊、91年のソ連の崩壊で、「開かれた社会」と「閉じた社会」の対立には決着がついたかにみえた。しかし実際には、「開かれた社会」への挑戦はなくなるどころか、21世紀の今、募りつつある。

左右の全体主義と対峙したポパー

 「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」。店に入るとそう書いてある。山で道に迷った若者たちは、「山猫軒」というおいしそうな西洋料理店を見つけてわくわくする。店からの注文に従い、服を脱ぎ、肌にクリームや塩を塗っていくと、「さあさあおなかにおはいりください」。料理を食べるつもりが、反対に「山猫軒」が2人を食べる算段だったのだ。

 宮沢賢治の童話『 注文の多い料理店 』(角川文庫ほか)である。素晴らしい未来を約束する予言者に、胸を躍らせついていくと、そこには地獄の世界が待っている。政治の舞台ではなぜこんな悲劇が繰り返されるのか。20世紀を代表する哲学者のひとり、カール・ポパーの主著『 開かれた社会とその敵 』(全4冊/小河原誠訳/岩波文庫)はその問いへの真摯な回答だ。ナチズムの虎口を逃れたポパーは、亡命先のニュージーランドで左右の全体主義と対峙しつつ、本書をしたためた。

『開かれた社会とその敵 第1巻 プラトンの呪縛(上)(下)』『開かれた社会とその敵 第2巻 にせ予言者 ヘーゲル、マルクスそして追随者(上)(下)』(いずれも小河原誠訳)
『開かれた社会とその敵 第1巻 プラトンの呪縛(上)(下)』『開かれた社会とその敵 第2巻 にせ予言者 ヘーゲル、マルクスそして追随者(上)(下)』(いずれも小河原誠訳)
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 黒田東彦・前日本銀行総裁の「私の履歴書」(日本経済新聞)のなかにもポパーの名が出てくる。高校時代に、一世を風靡(ふうび)したマルクス主義に違和感を覚えた黒田少年は、マルクス主義や集団主義を徹底して批判するポパーの『 歴史主義の貧困 』(岩坂彰訳/日経BPクラシックス)に深く感動した。丸善に行って『開かれた社会とその敵』上下2巻の英語本を買い、英和辞典を引きながら懸命に読んだという。

 むろんポパーは単なる反マルクス主義者ではない。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)時代の教え子のひとり、伝説的投資家のジョージ・ソロス氏の活動にもポパーの思想が投影されている。ソ連支配下の東欧の民主化運動を支援し、今も「オープン・ソサエティー財団」を通じて世界の民主主義運動を援助している。

 2008年9月のリーマン・ショックの直後、ニューヨークにあるソロス氏のオフィスを訪ね、インタビューしたことがある。鮮明に覚えているのは、入り口に足を踏み入れると、床のカーペットに当時のジョージ・W・ブッシュ大統領(共和党)の顔が描かれていたこと。保守的な政治家を嫌う姿勢は、師のリベラルな面を受け継いだようにみえて、とても印象深かった。

 タブーに縛られた、集団主義的な「閉じた社会」。集団主義とは個々人ではなく集団にこそ世の中の実体があるという考え方だ。それに対し、個人が合理的に自らの決定を下す「開かれた社会」。ポパーが「開かれた社会」の敵とする巨人は、プラトンとマルクスである。ギリシャの哲学者たちと、道ばたで会話をするように議論を進める。マルクスに対してはその懐に飛び込み、主張の一つひとつに吟味を加える。

 マルクスが生きたのは、産業革命の蒸気が立ち上る資本主義の勃興期である。働く人たちの職場環境は劣悪で、小さな子どもの長時間労働さえ横行していた。その一方で、フランス革命を経て誕生した市民社会は、自由と平等を建前に掲げる。契約自由という美名の下で、多くの人々は過酷な労働を強いられていた。

 マルクスはそんなごまかしを許せず、鋭いメスを入れた。マルクスの憤怒に、ポパーは共感を隠さない。それもそのはず、ウィーン生まれのポパーは17歳の誕生日の前までマルクス主義者であり、共産主義者としての経験もした早熟な少年だったからだ。

革命の理想がついえた理由

 労働者の窮乏の度合いは時の経過とともに深まる。労働者階級は一握りの存在となった資本家階級を打倒する。収奪者は収奪される――。マルクスによる資本主義の未来に対する予言は正しかったのだろうか。ポパーの答えは、否。現実の社会では政治が事態を改善する方向に動いたのに、マルクスの経済分析はそうした資本主義の変化をつかみきれなかった。

 経済分析の誤りにもまして致命的な欠陥は、ポパーが「ヒストリシズム」と呼ぶ、プラトンからヘーゲルを経てマルクスに引き継がれた「歴史の必然論」にある。歴史の必然として社会革命を待つあまり、資本主義を延命させるような改革にはどうしても消極的となり、往々にして革命待ちの姿勢が身についてしまう。

 さらに致命的なのは、国家を資本家階級の操り人形とみる国家観である。国家を階級支配と結びつけるあまり、マルクス主義者はブルジョア国家を欺瞞(ぎまん)の塊とだけみる。だから、議会を通じた民主主義に対する不信は拭えず、暴力による体制打倒を否定しきれない。

 ならば労働者が資本家を追い出して権力の座に就けば、国家の矛盾は雲散霧消するだろうか。階級対立は解消し、資本家のものだった「国家の死」が実現するだろうか。否。実際の革命国家では、新たな「階級の敵」が次々と創り出され、その敵に備えると称して独裁権力が樹立されていったからだ。権力者だけが「歴史の必然」を見極められる。そんな理屈から独裁が強化され、意に染まぬ人々が粛清されていく。

 ジョージ・オーウェルの描く『 動物農場 』(山形浩生訳/ハヤカワepi文庫)( 「『動物農場』 オーウェルの警句 全体主義は私たちの中に」 参照)の世界である。ポパーは徹底的なテキストの読み込みを通じて、「山猫軒」の弁証法を白日の下にさらす。初の共産主義国家だったソ連、共産党政権の下の中国、凍土の共和国・北朝鮮をみれば、ポパーが何を批判したかは明らかだろう。

「閉じた社会」への先祖返り

 1989年のベルリンの壁の崩壊、91年のソ連の崩壊。冷戦に幕が引かれ、「開かれた社会」と「閉じた社会」の対立には決着がついたかにみえた。だが実際には、「開かれた社会」への挑戦はなくなるどころか、21世紀の今ではかえって募っている。

 確かに共産主義という対抗軸は失われた。その結果、振り子は小さな政府と自由競争へと大きく振れた。経済格差や社会問題の解決のために、政府が介入することは強く批判された。経済活動は可能な限り市場に任せるべきだとして、ポパーのいう介入主義を否定する考えが一世を風靡した。その副産物が所得や資産の格差拡大である。

 モノやサービスから情報や金融へ。経済の軸足が大きく移ったこともあり、勝者が成果を総取りする経済社会が登場した。ヒト、モノ、カネが国境をまたいで行き交うグローバル化は、そうした流れを加速させた。かくて競争に敗れ、割を食っていると感じる人たちが、数多く生まれた。時代の変化に敏感な若者の間で、マルクスが復活したのも偶然ではない。

 不満を抱く人々が向かうのはマルクスばかりではない。ポパーが批判する権威主義こそは、より多くの人々を引き付ける。それは部族社会を理想化したプラトン流の「閉じた社会」への先祖返りという色彩を帯びている。1994年に92歳で生涯を閉じたポパーは、そんな権威主義の復活を見ることはなかった。

 とはいえ本書の分析は、今起きている一連の問題に対峙する際に、有力な道具立てを用意してくれる。何よりも相互批判を通じて、真実に近づこうとするポパーの「批判的合理主義」こそは、SNS(交流サイト)上で横行する不毛なレッテル貼りの応酬への解毒剤になるように思える。

写真:スタジオキャスパー

日経BPクラシックス『 歴史主義の貧困
「歴史的運命への信仰は迷信であり、歴史の行く末は予測できない」

歴史は理念で動くと主張したドイツ観念論哲学のヘーゲル、資本主義から社会主義へと向かうのは必然としたカール・マルクスらの「歴史法則主義」、歴史主義(ヒストリシズム)を厳しく批判。黒田東彦・前日本銀行総裁が「解説」を執筆。

カール・ポパー 著/岩坂彰訳/日経BP/2640円(税込み)

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