ロッスム・ユニバーサル・ロボット(RUR)社が開発した「生きた機械」によって、仕事も貧困もなくなり、人は苦役から解放され、好きなことだけをしていればよくなった。しかし、そこには大きな落とし穴があった。「ロボット」という言葉の起源になったカレル・チャペックの戯曲『ロボット』には、シンギュラリティ(技術的特異点)の到来を前に、私たちが考えなければならない論点が見事に描かれている。

「ロボット」という言葉の起源

 会話型AI(人工知能)の「ChatGPT(チャットGPT)」の衝撃波が世界を駆け巡っている。昨年11月にAIを研究している「OpenAI(オープンAI)」が公開して以来、チャットGPTとの間で数知れぬ会話が繰り広げられている。

 「週末の仕事帰りにお薦めのお店はどこ?」「とくにお薦めなのは…」。すでに会話を経験された読者もいるだろうが、こんな他愛もないものから政治、経済、文化、宗教に至るまで、答えが返ってくる。最初はぎこちなかった回答も、AI自身が情報を蓄積することで、次第に本物の人間のようになっていく。

 シンギュラリティ(Singularity)、つまり、AIが人類の知能を超える転換点が迫っているのだろうか。それとも、映画『オズの魔法使』に出てくるブリキの木こりの中に人間が入っていたように、チャットGPTも中身をのぞけば、しょせんは既存の情報の塊にすぎないのだろうか。

 議論はかまびすしい。でも、100年余り前の1920年に発表されたチェコの戯曲に、AIを巡る論点のエッセンスは尽きている。カレル・チャペック『 ロボット RUR 』(阿部賢一訳/中公文庫)である。チャペックの戯曲からロボットという言葉が世に広まった。自動車の生産から寿司の握り、介護現場の負担軽減まで、今日の社会はロボット抜きでは成立しない。

『ロボット RUR』(カレル・チャペック著)(写真/スタジオキャスパー)
『ロボット RUR』(カレル・チャペック著)(写真/スタジオキャスパー)
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 「もっと安価な労働力――ロッスムのロボット」「熱帯用のロボット、新開発。一体150ドル」「一家に一体ロボットを!」「製品コストを下げたい? ならば、ロッスムのロボットのご注文を」。舞台となるロッスム・ユニバーサル・ロボット(RUR)社のそんなポスターは、21世紀の今の光景を写し取っている。

 様々な用途に応じたロボットの役割は人間の労働負担の軽減、そして生産性の向上である。まず大量生産で15年前には1体1万ドルだったロボットの価格が、今や1体120ドルに低下した。ロボット導入による作業効率の向上で、1ポンドのパンが2セントに低下し、さらには「ありとあらゆるものの値段が10分の1に」なるといった具合である。

理想郷か、暗黒世界か

 「生きた機械がすべてを担うようになる。人間は自分が愛することだけをする」。RUR社が夢想するそんなユートピア(理想郷)は、ロボットによる反乱や人間殺りくというディストピア(暗黒世界)と表裏の関係にある。

 人間の労働者がロボットに反旗を翻す。ロボットの使い手たちがロボットに武器を渡し、大勢の人を殺す。そして「政府がロボットを兵士にして、戦争が至るところで起きる」。ドローンが無人の殺人兵器となるウクライナの戦場から、ロボットを戦士とした戦争はあと一歩の距離にすぎない。

 各地の工場で、異なる肌の色をし、異なる毛を持ち、異なる言語を話すロボットを作る。「黒人ロボット、スウェーデン人ロボット、イタリア人ロボット、中国人ロボット」。彼らは死ぬまでお互いを憎み合う。社名がうたうユニバーサル(普遍的)だったはずのロボットは、分断世界の道具になっていく。眼前に浮かぶような荒涼たる世界だ。

 話はここで終わらない。人間にいいように使われるだけだったはずのロボットが、人間に反旗を翻すようになるのだ。「全世界のロボットに告ぐ! ロッスム・ユニバーサル・ロボットの種族同盟は、人間こそが敵であり、全世界から追放すべきであると宣言する」。人間をはるかにしのぐロボットを前に、RUR社の人々、つまり我々はなすすべを知らない。

 「ロボットに戦争を教えたのは、古いヨーロッパの罪だ!」などといっても始まらない。ビジネスと技術の無限連鎖をチャペックは見逃さない。大量のロボットを作り続けたRUR社とその株主たちにもこんな皮肉が投げかけられる。「株主の夢は配当金だけ。その配当金のせいで、人類は滅亡するのだ」

「ロボットを欲したのは全世界」

 だが、ロボット製造の主は投資家や経営者なのだろうか。否。「この製造の主(ぬし)は需要に他ならない。自分のロボットを欲したのは全世界だ」。RUR社の経営者や技術者はその要求の波に乗り、技術やら社会問題やら進歩やらのおしゃべりに興じていた。それに拡大を志向するビジネスの論理が拍車をかけていった――というのである。

技術の進歩ほどには、人間性は進歩していない(写真/Shutterstock)
技術の進歩ほどには、人間性は進歩していない(写真/Shutterstock)
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 ここまで来ると、チャペックの戯曲が描く世界は、IT、メタバース(インターネット上の仮想空間)、AIと加速する21世紀のテクノロジービジネスの生体画像そのものである。マイクロソフトは1万人規模のリストラをしつつ、チャットGPTを開発したオープンAIに数千億円の資金を投じた。その原動力は、技術や社会問題や進歩が一体になった将来の需要への見立てに他なるまい。

 チャペックの戯曲のヤマ場は、ロボットが反旗を翻す成り行きである。そのきっかけはロボットが自らの魂を持ったことだった。それを機に彼らは一斉に蜂起するのだが、ロボットに魂を吹き込んだのは誰か。種明かしは本書を読んでいただくことにしよう。

 それにしてもAIが自らの意志や感情、魂を持つシンギュラリティが到来する前に、チャペックが提起した問題の数々には自分なりの回答を用意しておく必要があるだろう。なぜなら、人間が抱える問題はこの100年で何も変わっていないのに、技術の進歩はいよいよそのときに向かって加速しているのだから。