「コミュニケーション」は、ビジネスパーソンの永遠の課題の一つとして挙げられる。しかも現在はリモートワークから出社勤務に戻る企業が現れるなど、オンラインとオフラインの混在がコミュニケーションの問題をより一層複雑にしている。こうした問題を解決すべく2022年6月24日に『長いコトバは嫌われる』(日経BP)を出版した横田伊佐男氏に、「コミュニケーション」から一歩踏み込んで「伝え方」についての話を聞いた。
コミュニケーション能力の格差が広がる
新著『長いコトバは嫌われる』が出版されました。ドキッとする衝撃的なタイトルですが、どんな意味が込められているのでしょう?
横田伊佐男氏(以下、横田):結論として、「まだ知られていない伝え方」を紹介すべく、ビジネスパーソンを惹きつける意味で、このタイトルにしました。
ビジネスパーソン、いや国際社会においても「コミュニケーション」は永続的な課題です。わずかなコミュニケーションのズレが、職場の人間関係に亀裂を生んだり、極端な話では戦争に発展したりします。
昨年(2021年)と今年(2022年)上半期に日本で1番売れた書籍は『人は話し方が9割』(永松茂久著、すばる舎)で、既に100万部を突破しています。それだけ話し方、書き方などの「伝え方」に悩んでいる人が多いという証左です。
とりわけ最近では、2年間のリモートワークから出社に切り替える企業が増えるなど、オンラインとオフラインを往復するコミュニケーション環境の中で、「器用に順応する人」と「そうでない人」との格差が広がっているように感じます。
「器用に順応する人」と「そうでない人」との格差が広がりつつあるのですか?
横田:はい。たとえば昨年、大学の講義で2年生と3年生(現3年生、4年生)に教えたときのことです。私の授業は一方通行のオンデマンド方式(いつでも見られる録画授業)なのですが、工夫を凝らして双方向型の授業にしています。
当時の2年生は2020年の入学なので、コロナ禍以降、オンライン授業となり1日も登校していない、いわば「リモート世代」です。彼らは、教室で教授に質問したり、隣の学生からノートを借りるためにしゃべったりという経験がありません。
一方で、3年生は2年間のリモート経験と1年間のリアル経験がある「ハイブリッド世代」です。両者には大きな「差」がありました。
「リモート世代」と「ハイブリッド世代」ってわずか1年ですよね。どんな差があったのですか?
横田:2年生の「リモート世代」をひと言で言うと、「オンラインに慣れた寂しがり屋」です。電車の中からスマホで受講する器用さがある一方で、教授や同級生との触れ合いに飢えている印象です。
私は、授業で前週の質問に答えたり、録画方式でも学生の名前を呼びながら宿題を取り上げたりという手法を取っていますが、あるときメールが届きました。要約すると、コロナ禍でオンライン授業には一方通行しかなく「冷たさ」しか感じなかった。けれども双方向授業から「温かさ」を感じることができたので、ようやく大学生になったんだと実感がわき、感謝しています、と。
「ああ、この世代の子供たちには、寂しい思いをさせちゃったな」と感じ入ったものです。
「リモート世代」は人間的コミュニケーションを渇望しただけに、オンライン越しに人々の「温度」などの「感覚」を感じる鋭敏なセンサーが磨かれたように思います。
一方、3年生の「ハイブリッド世代」は、「距離感を知っている寝業師」です。リアルでの距離感を知っているので、距離の詰め方が上手ですね。
たとえば、レポートの遅延提出とかは、何とか私に取り入って、許してもらえるように交渉してくるなどのずうずうしさがあります。彼らが社会に出ると、どうコミュニケーションが進化していくのか興味深いですね。
秋元康はなぜヒットを出し続けられるのか?
冒頭で「まだ知られていない伝え方」と言われましたが、これも進化していくのですか?
横田:いや、私が言う「まだ知られていない伝え方」とは、時代と共に変わらない手法です。私の専門はマーケティングコミュニケーション。もっと具体的に絞り込むとコピーライティングになります。
これはほとんど知られていない事実ですが、コピーライティングは科学的検証が繰り返され、売れるコピーというのは「法則と型」が存在します。科学的検証というと大げさに聞こえるかもしれませんが、どんな小さなECショップでもA/Bテストという検証方法で、売れるコピーを見つけ続けています。その結果が「法則と型」なのです。それを「鉄板の法則」と言っています。
「鉄板の法則」というのは、A/Bテストを集約した、ということですか?
横田:その通りです。ただ、A/Bテストのノウハウは各社に蓄積されていて、表に出ることはありません。企業秘密ですからね。ただ、一部公開されているものがあります。コピーライティングで先行している米国の専門書です。それらを包括した「法則と型」を拙著に取りまとめました。こんな感じで、紙ナプキンにも書けるほどカンタンです。

1は、「誰に」「何を」伝えるかをざっくり決める。
2は、共感・納得・行動で伝える。
3は、惹きつける要点を26文字でまとめる。
になります。
これら「鉄板の法則」のベースになった3部作の専門書は、古いものだと1932年発刊。90年前の本が、今も世界的ロングセラーになっています。
「鉄板の法則」が90年前のものでは、これだけオンラインでの手法が発達した中、いくら何でも古過ぎませんか?
横田:松尾芭蕉が残した「不易流行(ふえきりゅうこう)」というコトバがあります。
“いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中に、新しく変化を重ねているものを取り入れていくこと”
の意味です。
私は、ロングセラーで見つけられた「法則と型」は、本質そのものでまったく古くなっていないと思います。
同じことを放送作家、作詞家、音楽プロデューサーの秋元康さんも語っています。秋元さんはご存じのように昭和歌謡の名曲、美空ひばりさんの「川の流れのように」から、現代アイドルの坂道シリーズまで、80年代から実に40年以上にわたりヒットを飛ばし続けています。
あるときのインタビューで秋元氏にこんな質問が投げ掛けられました(※)。
「ご自身は世代の離れた曲をたくさん作っていますが、若者が何を考えているのか、どのようにつかんでいますか?」
この質問って失礼極まりないですよね(笑)。
だって、「オジさんのクセに、若者の気持ちをどうしてつかんでいるんですか?」って聞いてるようなものですから。
一般的に加齢と共に若者の流行はつかみにくくなるので、秋元氏がなんて言うか注目しました。
興味深いですね。秋元さんは、なんて答えましたか?
横田:秋元さんは、「僕が今62歳で、なぜ10代の若人の詞を書けるか、ということだと思うんですけども」と前置きした後にこう言いました。
「何も変わっていない」
その発言主旨はこうでした。
「大昔、“好きだ”を伝える手段は“ラブレター”だった。90年代は、“ポケベル”だし、今なら“LINE”だったりする。
私が詞を書いた『ポケベルが鳴らなくて』は、今だったら『LINEが来なくて』かもしれない。でも、それはツールが変わるけれども、“好きだ”と言って、返事を待つ気持ちっていうのは、(今も過去も)変わらず全部同じなんですよ」
秋元さんのこのコトバって、「本質は色褪(あ)せない」ってことじゃないですか。つまりヒット作を飛ばし続ける秘訣は、変わらぬ本質を見据えて、現代の枝葉に入れ替えること。これこそ、「不易流行」ですよね。
「鉄板の法則」も色褪せぬ本質だと思います。
イメージを明確にするために「鉄板の法則」を使うと、どんな伝え方になるのですか?
横田:そうですね、書籍『長いコトバは嫌われる』の中に出典先に許可を取った豊富な事例があります。
たとえば、ロングセラー映画の寅さん、ホンダF1、総理大臣のフレーズなどですが、いくつかご紹介しましょうか?
ありがとうございます。では、次回は「鉄板の法則」を具体的な事例でご紹介ください。
[日経ビジネス電子版 2022年6月24日付の記事を転載]