2022年6月24日に『長いコトバは嫌われる』を出版した横田伊佐男氏に、「コミュニケーション」から一歩踏み込んだ「伝え方」について聞く連載の第2回。今回は、なぜ短いコトバのほうが人々を惹きつけられるのか、実例を基に解説します。

前回「たった1学年差、こうも違う大学生のコミュニケーション力」では、最近の大学生のコミュニケーション能力についてうかがいました。その上で、色褪(あ)せない伝え方の「鉄板の法則」についてお聞きします。どんな法則なのですか?

学校では教えてくれないコトバの「引き算」

横田伊佐男氏(以下、横田):伝え方「鉄板の法則」のその1は、意外かもしれませんが「いきなり伝えるな」です。言い換えれば、伝える前に「ざっくり決める」になります。

 「誰に」「何を」を伝えるのか、これをざっくり決める。それなしに、話し始めたり、書き始めたりするな、ということです。そのためには、「足し算」でなくコトバの「引き算」を使います。

「引き算」というのは?

横田:我々は、コトバを自由自在に使えるようになるためにコトバの「足し算」を身に付けてきました。つまり、文法や語彙を増やしていくということです。外国語の習得には、知らない単語をとにかく覚えていかなければなりませんよね。

 学校の言語教育は、基本は「足し算」です。

 ところが、「伝わるコトバ」が目的のコピーライティングの世界では、「引き算」が必要になるのです。「引き算」とは、コトバを絞り込むことです。これが「伝え方」に悩める方の課題です。

なぜ課題となるのですか?

横田:端的に言うと「あれもこれも」とメッセージがいくつも入ってしまい、コトバが長くなるからです。結果、うまく相手に伝わらない。

 これは私の経験ですが、子供の頃、校長先生のお話が長かった記憶があります。しかし、長い割にどれも覚えていません。

 同じような経験を2021年の東京オリンピック開会式でもしました。国際オリンピック委員会のトーマス・バッハ会長の演説は、13分に及びました。ただ、これも長いだけで、内容はさっぱり頭に入らない。言うことを絞り込んでないからですね。

絞り込むって、どこまでやればいいのでしょうか?

横田:まずもって、絞り込むことは思いの外難しい。だって、学校教育でコトバの「足し算」は習っても、「引き算」は習ったことがないですから。

 そんなときに覚えていただきたいキーワードは「一文一意」。1つの文に2つ以上のメッセージを込めてはいけないということです。でも実際は、「一文二意」「一文三意」と増えていってしまうので、コトバが長くなり、相手に伝わらなくなってしまいます。

『長いコトバは嫌われる メモ1枚! 人生を変える最強の伝え方』(横田伊佐男著、日経BP)
『長いコトバは嫌われる メモ1枚! 人生を変える最強の伝え方』(横田伊佐男著、日経BP)

日本中を熱狂させた元総理の5秒のコトバ

コトバが長くなり、“あれもこれも”となると相手が消化しきれないということですか?

横田:その通りですね。たとえば政治家、とりわけ国家元首などのリーダーは、様々な問題解決に奔走しています。その中で、「何を言うか」のコトバを絞り込まなければ、相手や聴衆に届きません。

 広く聴衆に届いた有名な短いコトバとして、米国で公民権運動を主導したマーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏(キング牧師)の“I Have a Dream(私には夢がある)”、近年では米第44代大統領のバラク・オバマ氏の“Yes We Can(そうだ、わたしたちはできる)”など、多くの人に届くのは長いコトバではなく、短いコトバなのです。

日本のリーダーのコトバはどうですか?

横田:ここ最近の総理大臣のコトバで、短くキレがあり、伝わったコトバってありますか? 正直、私は思いつかないですね(笑)。

 ただ、少し古い事例ですが、ある総理大臣の5秒のコトバが日本全国を駆け巡ったことがあります。

え? 5秒ですか? そんなコトバありましたっけ?

横田:今から約20年前の01年5月の大相撲夏場所、両国国技館。大けがをこらえた貴乃花が奇跡的に勝利しました。

 その賞杯授与式に登場したのが、第87代総理大臣の小泉純一郎氏です。貴乃花に大きな総理大臣杯を手渡しした後、自らのコトバを5秒で発しました。

 それが、このコトバです。

痛みに耐えてよく頑張った。感動した! おめでとう!

 YouTubeでも見られるので、計測してみてください。たった5秒です。この5秒のコトバは、貴乃花の奇跡的勝利と共に、日本全国で話題になりました。

(写真提供:共同通信社)
(写真提供:共同通信社)

確かに短いですが、字面だけ見ると、普通というか誰でも言えそうです……。

横田:まず事実として、大相撲の賞杯授与のコトバで彼より短いコトバで締めくくり、全国で話題となった例はないと思います。

 たった5秒、句点などを除いて21文字で発せられたコトバのメインディッシュは「感動した」の4文字です。その前後の文章は、メインディッシュをもり立てるための、いわば前菜とデザートにすぎません。

 小泉元首相のように絞り込んで短いコトバを発する、これは誰にでもできることでしょうか? 大事な場面で何かを伝える場合、どうしても「あれもこれも」と押し込み、長いコトバになってしまっていませんか?

確かに、簡潔かつ短く伝えるより、長くダラダラ伝えてしまいがちです。

横田:コトバを届け、伝えきって、相手に動いてもらうのがコピーライティングの世界です。そこでは、「どう言うかより、何を言うか」が重要になります。

 伝える前に、まず「何を言うか」を決める。

 伝える前に決める、ということは、「絞り捨てること」つまり「引き算」にほかならないのです。その意味で、小泉元首相は、「引き算」を熟知し「一文一意」を徹底した希代の名キャッチコピーライターでした。

 いわく、
「自民党をぶっ壊す」
「私に反対するのは、すべて抵抗勢力だ」
も覚えやすいコトバでした。

なるほど、コトバの「足し算」は習っているが、「引き算」は習ったことがない。では、具体的にどうやって「引き算」していけばいいのでしょうか?

横田:短いコトバで惹きつけるには、キャッチコピーの法則を使うことが有効です。これも科学的検証の末に、人を惹き付ける「4つの法則」というものがあります。その法則を書籍『長いコトバは嫌われる』の中から、実例つきで紹介しましょう。

ありがとうございます。では次回は「4つの法則」について具体的な事例をご紹介いただきます。

日経ビジネス電子版 2022年7月4日付の記事を転載]