
横田伊佐男氏(以下、横田):「プレバト!!」を拝見させていただいて、夏井先生が俳句を添削される技術にいつも感心させられています。お聞きしたかったのは、梅沢富美男さんのような名人クラスと初心者では、添削アドバイスの「質」が違うように感じます。あれは、意識的に変えられているのですか?
夏井いつき氏(以下、夏井):はい、もちろんです。現在、平場(一般レベル)が4人、名人・特待生レベルが3人の構成が多いです。平場の方々に対しては一人ひとりに難しいことを言うのではなく、4人全体の添削を通じて1つの学びが得られるように工夫しています。
横田:名人クラスになると、辛口度も増して、個別アドバイス色が強いですね。
夏井:俳句の場合、答えが1つではなく、多様な答えがある世界です。例えば、名人クラスになると、梅沢のおっちゃん(梅沢富美男氏)と志らくさん(立川志らく氏)では目指すものはまったく違います。
東さん(東国原英夫氏)は、理論的に自分の句を分析することにたけていますし、村上さん(お笑いコンビ「フルーツポンチ」の村上健志氏)は、自分の想いを表現することを大切にされている。それぞれが何を目指しているのか、を把握して添削をしています。
横田:一人ひとりの目指すものを把握しての添削だと、大変ではないですか?
夏井:共通して一番大事なのは、作者の言いたいことは何か? その想いと作品の間に溝がないのかを気付かせてあげることです。このコトバをあてがうことで、言いたいことと違っちゃったよね、と教えてあげることなんです。
その意味で、横田さんのご著書タイトルにある「長いコトバ」は、まさに言いたいことが分からなくなってしまう要因ですよね。コトバが長ければ、枝葉が増えて言いたいことが分からなくなっちゃいますから。自分が何を表現したいのか、という「短いコトバ」が核にあることが重要だと思います。
横田:私も受講生のコピーを添削するとき、「言いたいことの“幹”は何で、言わなくてもいい“枝葉”がどれか」を気付かせることが多いのですが、同じことですか?
夏井:まったくその通りですね。俳句とコピーで違いがあるとすれば、俳句の場合は17音という「器」があるか、ないかだけではないでしょうか。

俳句もコピーも、まず大事なのは「型」
横田:初心者が大切にすべき要素についてお伺いします。私がよく教えている「コピーライティング」という技術は、その語感から専門的かつハードルが高い技術と思われ、「センス」がすべてと勘違いされています。
私がコピーを学ぶうえでの要素を優先順で挙げると、まず「型」を学び、「努力」で場数を踏みなさい、そうしたら「センス」が磨かれる。こういう優先順位を意識していますが、夏井先生が俳句を指導する場合はいかがですか?

夏井:あっ、俳句もまずは「型」ですね。
俳句をうまくできない理由をあれこれ並べ立てる皆さんは、「語彙」「教養」「感性」がありませんと。私はこれらを「3つの呪い」と呼んでいますが、勝手に自分に呪いをかけてしまっているんです。
でも、俳句には「型」があるので、「型」を使って100句作っていくのが「努力」になります。「センス」については、自分の体験だと、俳句のプロになるときにちょこっと必要かなと感じた程度です。だから、まさにこの順番ですね。
「センス」を理由に、俳句ができないと言っている方は、みすみすチャンスを逃しているようなものです。
横田:「型」と言えば、夏井先生の教えと、私が教えていることで、ある共通点がありました。先生のご著書『夏井いつきの世界一わかりやすい俳句の授業』(PHP研究所)で、「尻から俳句」を教えられています。私もコピーを書くときに「ケツから書け」と教えているんです。
夏井:あら? そうなの!
横田:はい、そうなんです! 少し長めのコピーを書くとき、文章を「共感」「納得」「行動」の3つのブロックに分け、ケツの「行動」から書くと、軸がブレないと教えています。
夏井:俳句の場合は、五・七・五をそれぞれ「上五(かみご)」「中七(なかしち)」「下五(しもご)」と呼び、「下五」から先に考えていく「型」を「尻から俳句」として紹介しました。この型は特に、初心者が失敗しないやり方なんです。
最初に「下五となる五音のコトバを見つけましょう」と教えます。例えば「うでどけい」が見つかると、「これで俳句の3分の1が完成しましたね」と励まし、「じゃあ、どんな腕時計かを中七で描写してみて」って伝え、最後に「上五に季語を添えてみて」と教えると「俳句って難しそう」と尻込みしていた方のハードルを随分下げられるんです。
横田:実は、夏井先生との対談を機に、私も俳号を「黒太郎」として、初めて俳句を作ってみました。「尻から俳句」を守って、「下五」から書くと、あっという間に一句できました。やはり、初心者にとって「型」は重要ですね。
ご著書で興味深かったのは、季語などを使って描写するときの「心情チャート」です。縦軸を心情の「動と静」、横軸を「明と暗」として4象限に分けています。

夏井:私は、季語だけでなく、コトバには「動きがあるコトバ」「静かなコトバ」「明るいコトバ」「暗いコトバ」という「質量」があると考えています。だから、このチャートはまず「季語」からコトバの「質量」を感じていただくため、初めて俳句を作る初心者に向けて、作ったチャートです。
横田:このチャートは、コピーライティングでも生かせそうです。何より、初心者にとっては、コトバを紡ぐうえでかなり整理になります。
夏井:そう言ってもらえると、とてもうれしいわ。私は、子どもたちや初心者に向けて、どうすればもっと分かりやすく伝えられるか、という戦いを30年ほど続けているので、励みになります。
コトバの化学変化を起こすには?
横田:コピーを書くうえで、まず「誰に何を」伝えるかというテーマを決め、次に「足し算」でコトバを膨らまし、最後に「引き算」でコトバを削り込むという作業をしています。コトバの「足し算」は、語彙力アップのため、学校でも教わりますが、コトバを削り短くする「引き算」は教わったことがないため、難しいとの声を聞きます。
俳句も17音という制約の中で、コトバを削る「引き算」を使っていますか?
夏井:いえ、そこは全然違いますね。「引き算」をして、削るということはしないです。例えば、小説家のような情景や心情をしっかりと描写するためにある程度長いコトバを駆使しているような人が、言いたいことを削って俳句の器の中に押し込めようとすると、ほとんど失敗しちゃうのよね。
だから、どちらかと言うと俳句はコトバの「掛け算」かな。
最初に表現するテーマを考えるのは同じかもしれないけど、17音という器に入れるためのコトバを外から摘んでくる、という感じ。
私は「コトバの化学変化」というのを大事にしているんだけど、ピンポイントで自分が表現したいコトバを摘んできて、それと掛け合わせたら面白いコトバを見つける、このコトバの「掛け算」が俳句の世界。コピーライティングが、コトバを絞り出す「引き算」を使っているのなら、それは俳句とは全然違いますね。
横田:なるほど。俳句とコピーの興味深い違いですね。最後に、恥ずかしながら、私が生まれて初めて作った俳句を見てもらえますか?

苦心の句は「蝉しぐれ届かぬようにインタビュー」です。
実は、このインタビューは、私がワーケーションをしている山梨県の湖畔のキャンプ場と夏井先生がいらっしゃる愛媛県をオンラインでつないでやっております。野外で鳴り響く「蝉しぐれ」が、マイクを通じて夏井先生に届かないようドギマギしている心情を表現したものです。
夏井:これは、「蝉しぐれが、届かないようにインタビューしました」という意味で俳句として成立しています。
横田:お恥ずかしい限りで恐縮です。テレビのように添削する箇所はありませんか?
夏井:そうね、この句には先程言った「コトバの化学変化」がないのね。
今は「蝉しぐれ」と「インタビュー」が「届かぬように」を介してつながっているけど、これを分断して、どんなインタビューなのかを表現し、かつ「蝉しぐれ」と意味がつながらない「遠い」コトバを「中七」に持ってくると化学変化が起きます。この化学変化を呼び込む作業が俳句の面白いところなの。

例えば「たった5分の」と入れて、「蝉しぐれたった5分のインタビュー」とすると、「蝉しぐれ」と「たった5分のインタビュー」が切り離され、化学変化を起こすことで、夏の季語(「蝉しぐれ」)が立ってきます。
横田:わぁ、全然違いますね。ぜいたくな個別添削ありがとうございます。今日の対談を通じ、俳句とコピーライティングの意外な共通点や差異点を見つけることができ、貴重なお話を伺えました。ありがとうございます。
夏井:俳句がうまくなる人の職業で多いのは、コピーライターです。横田さんの俳号は「黒太郎」でしたね。黒太郎さん、是非これからも俳句作りを頑張ってください。
~インタビュー後談~
夏井先生との対談で印象的だったのは、「型」を大事にしているからこそ、的確かつ迅速な助言ができること。そして、俳句のハードルを下げ、もっと楽しんでもらうために、どうやったら分かりやすく伝えられるか、という戦いをいまだ続けていることです。
「俳句」と「コピーライティング」では、その目的や流儀、作法は違うけれど、コトバを使って表現していく、またそれを教えていくための「幹」には同じことが多くうならされました。
私の拙い俳句デビュー作について、ご助言をいただけたことも貴重な体験でした。(横田伊佐男)

[日経ビジネス電子版 2022年8月30日付の記事を転載]