リモート会議が浸透した現在、ビジネスパーソンの永続的な課題の1つとして「コミュニケーション」がクローズアップされている。2022年6月24日に『長いコトバは嫌われる』(日経BP)を出版した横田伊佐男氏と、15万部超のベストセラー『世界最高の話し方』に続き『世界最高の雑談力』(いずれも東洋経済新報社)を出版した“伝説の家庭教師”岡本純子氏がコミュニケーションの課題と対策について語り合った。「話すことより『訊く』ことが大切」と語る岡本氏のコミュニケーション術の核心に迫る。

横田伊佐男氏(以下、横田):岡本純子さんはリーダーのエグゼクティブ・スピーチコーチをされています。大ベストセラー『世界最高の話し方』も体系的かつ面白かったのですが、続編となる新著『世界最高の雑談力』も大変興味深く拝読させていただきました。偶然ですが、拙著『長いコトバは嫌われる』と同じ6月24日発売というご縁もあり、本日はとても楽しみにしていました。よろしくお願いします。
岡本純子氏(以下、岡本):まあ、うれしい! こちらこそ、よろしくお願いします。
横田:新著『世界最高の雑談力』を読んで、いい意味で裏切られました。というのも「雑談力」とあるので、小話テクニックが満載かと思っていたのですが、本を通じてのメッセージは「話す」より「聞く」でしたね? これはどういうことですか?
岡本:多くの人は「自分がしたい話をしよう」とするから、コミュニケーションがうまくいかないんです。だって、興味のない話なんか誰も聞きたくないですよね。だから、上手に「訊いて」、相手が話したい話、興味のある話を探り当てるほうが圧倒的に効率的です。
「きく」には3種類あります。なんとなく「聞く」、積極的に「聴く」、そして、問いを立てて「訊く」。多くの人は「聞くことは得意」とおっしゃるのですが、実は、「聴く」と「訊く」はあまりできていない。
人間は基本的に「自分の話を聞いてほしくて仕方がない動物」ですから、上手に質問し、相手の話を聴いてあげれば、コミュニケーションは「摩擦ゼロ」で進むんです。特に新型コロナウイルス禍でなかなか人に会えないという状態から「話をしたい、聞いてほしい」という渇望感は、これまでにないほど高まっています。
しかし、実際にお会いするエグゼクティブの多くが、コミュニケーションがうまくいくかどうかは「自分が何を話すのかで決まる」と信じ、「自分がしたい話」ばかりしてしまう。相手は「話をしたい、聞いてほしい」状態であることを肝に銘じ「自分がしたい話は腹八分目」が雑談の鉄則なのです。

交渉で重要なのは論破ではなく聴くこと
横田:確かに、「訊く」って大事ですよね。拙著『長いコトバは嫌われる』でも、オープンクエスチョン、クローズドクエスチョンなど基本的なテクニックを紹介しながら、「訊く」ことの重要さを紹介しましたが、岡本さんの新著ではより具体的な手法が紹介されています。とりわけ、「どう?」「どこ?」など英語の5W1Hをすべて「ど」から始まる質問に置き換えた、「ど×6」の無限質問のやり方は大変勉強になりました。ただ、ビジネスの現場でいざ使うとなると難しく感じる人が多いのでは?
岡本:日本人ビジネスパーソンはとにかく質問するのが苦手です。アメリカ人のあいさつはまず“How are you?(調子はどう?)”と質問から入りますが、日本人はそもそも、最近はあいさつもしないし、人に話しかけることに抵抗がある人が多いですね。
でもね、先程言ったようにみんな「話をしたい」ので「訊いてほしい」のです。
横田:でも、その「訊いてほしい」のきっかけになる質問をすることが日本人にとって難しい。何を訊いていいか分からない、なんて声が聞こえてきそうです。
岡本:とてもカンタンなんです。たった2つの質問をするだけです。
1つ目は「とっかかり質問」。例えば「最近どうですか?」、これだけです。相手からは「最近、いいことがあってね」とか「いやー、つらいっすわ」とか何かしら返事が返ってきます。いい反応がなければ、「最近あった一番楽しかったことは?」「最近食べて一番おいしかったものは?」なんて質問でもいいですね。
2つ目が「追い質問」です。1つ目の質問に返ってきた答えに対して、「どんなことがあったの?」とか、「どうしたの?」といったように、関連する質問を追っかけて訊いてあげるだけで、話が深まっていきます。次々と違う種類の質問をぶつける一問一答スタイルだと圧迫面接みたいになってしまうので、この「追い質問」は大事です。
あとはうなずいたり、相づちを打ったりするだけ。それだけで見事な「雑談」になります。ところが、相手が聞きたくもないかもしれない話をダラダラすることを「雑談」と勘違いする傾向が多いですね。だから「まず訊きましょう」(=質問しましょう)と申し上げています。
横田:「話し方」本のベストセラーを出した岡本さんが、ここまで「訊く」ことの重要性を力説するのは、何か理由があるんですか?
岡本:私自身の過去のエピソードなんですが、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で研究員をしているとき、近所のハーバード大学ロースクールの「交渉術プログラムコース」に大枚をはたいて参加したんです。
「世界最強の交渉術講座」で私もタフネゴシエーターになる! そう意気込んでいました。横田さんなら、そこで、どんなことが学べると期待されますか?
横田:「タフネゴシエーター」になるためのディベート技術、論破できるテクニックなどを期待しちゃいます。
岡本:そうでしょ。ところが最初に教授から教えてもらったのは「交渉で大切なのは、雄弁に語ったり、相手を論破したりすることではない」ということ。
次に教えてもらったのは「相手の心を動かすコツは、とことん聴くこと」だったんです。拍子抜けして、思わず「カネ返せー」と叫んじゃいました。(笑)
ところが、これがとても勉強になりましたね。駆け引きのテクニックと同時に「アクティブリスニング」と言われる「相手の話をじっくり聴くスキル」を徹底的に教え込まれました。

リモート会議で日本企業はカオス状態?
横田:ワールドワイドな経験をされた岡本さんから見て、世界のリーダーはどんなコミュニケーションスキルを有しているのですか?
岡本:ドナルド・トランプ前大統領やスティーブ・ジョブズ氏のような「強権的リーダー」もかつてはいましたが、パワハラなどが問題視されている現在、傾聴し対話する「共創的(共感型)リーダー」が傾向としては増えています。例えば、マイクロソフトを立て直したサティア・ナデラ氏などが典型的ですよね。
横田:日本のリーダーはどうですか?
岡本:日本で私がインタビューする機会があった菅義偉前首相、孫正義氏などは、相手の話によく耳を傾けますね。
でも、日本の管理職男性は往々にして「聞くより話す」傾向にあります。オジサマは、悦に入って長い話をする。本人はその気はなくても、相手にとっては聞きたくない話は全部「説教」に聞こえるんです。若い方は、そんな話を聞かされて白ける。逆に、そんな風に思われることを恐れ、気を使いすぎて、何も言えない状況に陥っている管理職も少なくない。そして、結果的に「コミュレス」化している。
こんな状況が、それぞれが離れたリモート会議で展開されているので、今、日本の企業はカオス状態にあります。オンライン越しには、相手のささいな状況が把握できませんから。日本企業の中で深刻なコミュニケーションの分断が起きているのでは?と強く懸念しています。
横田:そんなコミュニケーションに悩んでいる日本企業の管理職には具体的にどんなアドバイスを送りますか?
岡本:まず、自分が言いたいことを飲み込み、先程申し上げた2つの質問をすることです。まずは、訊いて、聴く。
話を聴いたうえで、次に相手に関係ある話を次の5つのどれかに絞り、ここでようやく自分から話し始める。その5つとは、
①カネ:相手にとって損、得になること
②身近:相手の身の回りにあり、親しみやすいこと
③便利:相手にとって役に立つこと
④インパクト:相手にとって個人的、社会的にインパクトがあること
⑤悩み:相手の気になっている問題
です。「カネ(損得)チカ(近い)やく(役立つ)いん(インパクト)の悩み」の語呂から、「兼近役員の悩み」とすれば、覚えやすくありませんか?
横田:とても覚えやすいですね! コミュニケーションを極めている岡本さんにとっての今後の展望は?
岡本:「もっと話をしたい、聞いてほしい」というニーズが大きいから、スナックでもやろうかと真剣に考えています(笑)。「マウント禁止!」がナンバーワンルールです。誰もがフラッと立ち寄って、フラットなおしゃべりを楽しめる場があったらいいですよね。
横田:開店したら通わせていただきます(笑)。拙著の中でも大きなメッセージとして「相手を想え」を掲げています。対談を通じてですが、伝え方の手法は色々違えど、軸として大きな共通点を感じました。本日はありがとうございました。

~インタビュー後談~
1000人を超えるトップエグゼクティブなどへ助言を送り続ける岡本さんは、「伝説の家庭教師」の称号を得た今もってなお、分かりやすく伝える工夫を続けています。少しでも読者の頭に残るように語呂合わせしたり、世界の中の日本の立ち位置を示したり、論文やデータを基にした論拠を分かりやすく書籍に落とし込んでいます。
対談を通じ、相手に伝えることの重要さ、難しさ、終わりがない奥深さを痛感しました。(横田伊佐男)
[日経ビジネス電子版 2022年8月26日付の記事を転載]