「10代20代の頃流行していた歌はいくらでも覚えているのに、30代に入ったあたりからヒットしている曲を全然覚えられなくなった」という人は多いのではないでしょうか? この背景には記憶の心理メカニズムが働いているとか。心理学者・榎本博明氏による日経プレミアシリーズの新刊『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』から抜粋します。

 昔の歌はよく覚えているのに、最近の流行歌はいくら聴いてもなかなか頭に入らない。それは多くの人が感じていることなのではないだろうか。

 いろんな年代の人が一緒にカラオケをするような場面で、年配者が必ずと言っていいほど口にするのが、「最近の歌は全然頭に入らない。昔の歌しか歌えない」といったセリフである。

 私自身、子どもの頃、老人がはるか昔の歌を覚えているのに、なんで最近の歌を覚えられないのか不思議でしようがなかったのだが、自分が大人になり、30代や40代になると、そういうものなんだなと思うようになった。

 カラオケをする際、何十年も聴くことのなかった曲でも、その曲が流れ始めると、自然に記憶が蘇り、映し出される歌詞を見ながら何となく歌えることが多い。歌っているうちに、だんだんと記憶がよみがえってきて、歌詞を見なくても歌える曲もあったりする。

 ところが、最近の曲となると、毎週見ているはずのテレビドラマの主題歌であっても、なかなか歌えない。若い頃は、何回か聴けば歌えるようになったのに、どうにも頭に入っていかない。

思春期の頃のヒット曲は何十年たってもよく覚えているのだが……(写真:K.Douzin/stock.adobe.com)
思春期の頃のヒット曲は何十年たってもよく覚えているのだが……(写真:K.Douzin/stock.adobe.com)
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 このような話をすると、まさに自分もそうだとだれもが言い出し、同じようなことを思っている人が非常に多いことがわかる。

10代の頃のヒット曲は何十年も忘れないのに……

 「職場の連中とカラオケに行くと、いつも昔の歌しか歌えなくてからかわれたりするから、ちょっと頑張って最近はやってる歌を歌おうと思って、ユーチューブで聴いて練習したんだけど、なかなか頭に入らなくて参ったよ」

僕も同じだよ。昔はすぐに頭に入ったのになあ。

 「そうだよな。若い頃の流行歌は、今でも曲が流れてくるとすぐに思い出して歌えるけど、最近の曲はダメだな。5~6年前に見てたドラマの主題歌は、その頃練習して歌えるようになってたのに、この前歌おうとしたら、サビの部分しか思い出さないんだ」

そういうことってあるよね。サビしか覚えてないって。

 「やっぱり、この歳になると頭が相当に劣化してる、ってことなのかな」

いやあ、そこまで頭が劣化したっていうわけでもないんじゃないかな。だって、若い頃はやってた曲は、もう何十年もたつのに、今でも覚えてて歌えるわけだし。

 「そういえばそうだな。頭が劣化してたら昔の歌も記憶から消えてるか。そうすると、俺の頭もまだちゃんと機能してるってことかな」

まあ、最近の歌を覚えにくいという点での劣化は認めざるを得ないかもしれないけど、そこまでひどく劣化しているわけではないと思うよ。

基本的なプロセスは、記銘→保持→再生

 そこで、一応専門家として、記憶の心理メカニズムについて簡単に解説した。その概要は、以下の通りである。

 まずはじめに浮かぶ疑問は、最近の歌を聴いてもすぐに忘れてしまうような人が、なぜ昔の歌をずっと覚えていられるのか、というものだ。記憶力が減退しているのなら、古い記憶も消えてしまってよさそうなものなのに、なぜ昔の歌は覚えているのか。

 この疑問は、記憶の基本的なプロセスに深くかかわるものと言える。

 記憶のプロセスは、記銘→保持→再生という流れでとらえられている。

 記銘とは、何らかのことがらを心に刻む機能、つまり覚えることである。保持とは、記銘された内容を維持する機能、つまり忘れないようにすることである。再生とは、保持されている内容を引き出す機能、つまり思い出すことである。

 コンピューターの登場とともに、人間の心の機能を情報処理モデルで説明しようといった動きも台頭し、記憶研究の領域にも情報処理理論が導入された。情報処理モデルでは、記憶のプロセスは、符号化→貯蔵→検索という流れでとらえられている。

 符号化とは、入力された情報を内的処理が可能な形式に変換する機能であり、記銘の方法をさすといってよいだろう。貯蔵とは、符号化された記憶表象を蓄える機能であり、保持を言い換えたものと言える。検索とは、必要な記憶表象を貯蔵されている無数の記憶表象の中から探し出す機能であり、再生の方法をさすものと言える。

記憶のプロセスは、記銘→保持→再生という流れでとらえられる(写真:Atlas/stock.adobe.com)
記憶のプロセスは、記銘→保持→再生という流れでとらえられる(写真:Atlas/stock.adobe.com)
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 記銘→保持→再生という流れを想定するにしても、符号化→貯蔵→検索という流れを想定するにしても、記憶の基本的なプロセスのとらえ方に違いはみられない。

 すなわち、記憶というのは、あることがらを覚え、それを忘れないように維持し、それを必要に応じて思い出して、日常生活に生かす能力ということができる。

保持力よりも記銘力の方が衰えやすい

 冒頭のエピソードに戻ると、年をとるにつれて最近の歌が頭に入らなくなるというのは、「記銘力が弱くなる」ということを意味している。

 若い頃の流行歌は聴けばすぐに覚えられたというのは、記銘力が存分に発揮されていたために、すぐに記憶に刻むことができたのだ。

 そして、年を重ねた今、最近の流行歌は覚えられないが、昔の流行歌は何となく覚えていてカラオケで曲が流れれば歌えるというのは、保持力はそこそこ健在だということを意味する。頭が全体として劣化していたなら、昔の歌も歌えなくなっているはずだからだ。

 ここから言えるのは、保持力よりも記銘力の方が年齢とともに衰えていきがちだということである。このように、多くの年配者にみられる、「最近の歌は全然頭に入らない。昔の歌しか歌えない」といった傾向は、記銘力の衰えによるものと言える。

 一方、昔の歌なら覚えていて歌えるというのは、記銘力は衰えても、若い頃に何度も口ずさんですでに強く記銘されている歌は保持・再生がよいということを意味している。

 このエピソードひとつ取り上げても、記憶という心理機能を記銘(符号化)→保持(貯蔵)→再生(検索)といった流れでとらえる記憶の基本的なプロセスのモデルが有効であることがわかるだろう。

日経プレミアシリーズ
なぜあの人は同じミスを何度もするのか
何回言っても同じミスをする、昨日と今日で180度意見が変わる、思い込みが激しく意見を譲らない……あの人の困った癖も、「記憶」の深層を読み解くことで対処のヒントが見えるかもしれません。身近な話題から、記憶の心理メカニズムを解説します。

榎本博明著/日本経済新聞出版/990円(税込み)