「昔のラブソングは良かった。それに比べて、最近の曲は」。そんなことをうそぶく中高年は少なくないものですが、はたして……? 心理学者・榎本博明氏による日経プレミアシリーズの新刊『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』から抜粋します。
前回の記事 では、30代になるとだんだん記銘力が衰え始め、ヒットしている曲が覚えにくくなるという傾向を取り上げた。
ただ、そこには単に記銘力の衰えという問題だけでなく、注意・関心、言い換えれば思い入れの問題も関係している。年配者は、若者と比べて最近の流行歌に対する思い入れが乏しく、最近の流行歌に注意・関心が向いていないため、記銘が悪いということがある。
心が強く動かされると記憶に刻まれやすい。たとえば、感動した出来事やショックを受けた出来事のように、心が強く動かされた出来事はよく覚えているものである。
情動的な体験をすると、副腎からストレスホルモンが放出され、それが側頭葉の中央部に位置する扁桃(へんとう)体に作用し、記憶が定着しやすくなる。とくに気持ちを揺さぶった事件や事故のニュースが「フラッシュバルブ記憶」となるのも、そうしたメカニズムによるものと考えられる。
フラッシュバルブ記憶というのは、その時の光景がそのまま写真に焼き付けられたかのように鮮明に思い出される記憶である。ビデオ映像を再生するかのように、鮮やかによみがえる記憶のことである。
そのような記憶のメカニズムが解明されるよりもずっと昔から、強い情動が記憶の定着を促進することは、経験的に知られていた。文字で記録が残されるようになる前には、重要な出来事を記録するために、子どもを川に投げ込むという荒業が用いられていたようだ。
とても乱暴な話だが、7歳くらいの子どもを選び、よく見ておくようにといって重要な出来事を目の当たりにさせてから、川に投げ込む、というようなことが行われていたというのだ。川に投げ込まれることによる恐怖の情動体験によって、その出来事の記憶は強く刻まれ、大人になってもずっと覚えている。若い子どもの方が、この先長く生きる可能性があるため、記録代わりの記憶を担わせるには都合がいいということなのだろう。
とんでもない話だが、記憶のメカニズムに関する直観的な洞察に基づいたものとして驚嘆に値する。
淡々と覚えたことはすぐに忘れてしまう
こうした心理メカニズムを検証した実験もある。
その実験では、「キス」「嘔吐(おうと)」「強姦」といった強い情動を喚起するものと、「試験」「ダンス」「お金」「愛」「水泳」といったそれほど強い情動を喚起しないものを合わせて、8つの単語を1桁の数字と対応づけて記憶させた。
実際、「キス」などの3つの単語で強い情動が喚起されていることが生理検査によって確認された。
それらを記憶させてから1週間後に記憶テストをすると、情動を強く喚起させられる単語と数字の組み合わせの方をよく覚えていた。これにより、強い情動が記憶を強化するということが、科学的に実証されたのである。
この記憶の心理メカニズムを利用して、忘れてはならないことを覚える際に、自分の中に強い情動を喚起するという手がある。
淡々と覚えたことはすぐに忘れてしまう。では、どうしたらよいか。これをしっかり覚えたら大好きな彼女をデートに誘おうと思いながら覚えると、わくわくした気持ちによって記憶の定着が良くなることが期待できる。これをちゃんと覚えたら資格試験に受かるかもしれないと考えつつ、その資格がとれたらどんなに素晴らしいかを夢見ながら覚えれば、興奮気味の気持ちによって記憶が定着しやすくなるだろう。
何かを覚えようという際には、淡々とせずに、心を動かしながら覚えるように心がけるのが効果的というわけだ。
本当の理由は記銘力の衰えではなく……
さて、ここで昔の流行歌はよく覚えているのに最近の流行歌はなかなか頭に入らないというテーマに話を戻そう。
若い頃は流行歌を聴いて心が動いたのに、最近の流行歌を聴いてもあの頃のようには心が動かない、ということはないだろうか。もしそうであれば、昔の曲は覚えているのに最近の曲は頭に入らないというのも、単に記銘力が衰えたというわけではなく、若い頃のように流行歌に心が動かされなくなったということかもしれない。
たとえば、恋愛の切ない思いを歌う曲や失恋の辛い気持ちを歌う曲は、自分自身が恋愛したり失恋したりしている若い頃には心に響いたが、恋愛や失恋というものから長らく遠ざかっている心には響かないということがあるだろう。
あるいは、就職して社会に出ていくときの不安や青春時代が終わりを告げるさみしさを歌う曲は、これから卒業し就職していく時期の心には響くが、社会人生活にどっぷり浸かり、目の前の仕事に追われている心にはとくに響くものがなかったりする。
実際、今の若い人たちに人気の曲は、若い人たちの心に響くからはやっているのであり、その曲を聴いても頭に入ってこないのは、人生経験を重ね、目の前の仕事に没頭している心に強く訴えるものがないからとも言える。
こうしてみると、昔の歌は覚えているのに最近の歌は覚えられないという心理現象には、記憶力そのものよりも、思い入れが乏しいということが関係していると考えられる。
『 なぜあの人は同じミスを何度もするのか 』
榎本博明著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


