5~10年前の夏休みに何をしていたかは全然思い出せないのに、高校時代や大学時代の夏の記憶は鮮明に覚えている――ここにも記憶のメカニズムが働いています。心理学者・榎本博明氏による日経プレミアシリーズの新刊『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』から抜粋します。
「最近のことほどよく覚えており、昔のことになるほど思い出せない」というのは、私たちの生活実感でもある。
実際、自伝的記憶に関する調査を行うと、ある言葉を手がかりとして想起されるエピソードは新しいものが多く、昔のことほど想起されにくい。
たとえば、昨年の夏休みにどこへ行ったか、一昨年の夏休みにどこへ行ったかはすぐに思い出せても、10年くらい前の夏休みにどこへ行ったか、20年くらい前の夏休みにどこへ行ったかは、なかなか思い出すことができないだろう。
ところが、自伝的記憶には例外があることがわかったのだ。最近のことほどよく思い出されるという記憶の一般法則に沿った傾向のほかに、10~20代の頃の出来事がそれ以降の出来事よりもよく思い出される傾向がみられるのである。
40代も70代も、10代20代のことはよく覚えている
そのことを発見したのが、心理学者ルービンたちである。
ルービンたちは、一連の単語を示し、それぞれの単語を刺激として、まず最初に頭に浮かんだ過去のエピソードを報告させる、という実験を行った。
その結果、予想通り、最近の出来事ほど想起されやすいことが確認された。ただし、新しいエピソードほど多く思い出され、古いエピソードになるほど想起率が単純に低下していくというわけでもなかった。
40歳以上の人たちを対象とした調査結果をみると、全体としてみれば最近のことほどよく想起され、古い時期のことほど想起されることは少ないものの、10~30歳の頃のことは例外的に多く想起されていた。
たとえば、70代の人々は、最近の70代のエピソードを最も多く思い出し、60代、50代、40代、30代と古いエピソードになるほど思い出すことが少なくなる。ところが、20代のエピソードとなると想起量が増え、10代のエピソードも同じく想起量が多い。10歳以前のエピソードになると再び想起量が少なくなる。40代の人でも、50代の人でも、60代の人でも、同じような傾向がみられた。
ルービンたちの研究以来、一般に自伝的記憶は最近のことほどよく覚えているのだが、例外的に10~20代の頃の出来事はその前後の出来事よりもよく覚えているという傾向が一貫して確認されている。
つまり、想起量のグラフを描くと、最近になるほど上昇するのだが、10~20代のあたりが例外的に盛り上がる。これを「自伝的記憶のバンプ現象」、あるいは「レミニッセンス(回想)・ピーク」という。
以前、北海道大学にいたときに、ルービンの弟子のジャンセン氏が来日し、一緒にワークショップを行った。今でもそのグループでは、自伝的記憶の想起量の年齢分布についての精密な研究を進めているとのことだった。
私が行っている自己物語研究は、いわば自伝的記憶の想起量ではなく内容面についての検討である。ジャンセン氏によれば、「自伝的記憶の内容について研究するのはおもしろいと思う。だけど研究方法が非常に困難なので、思い出す量、つまりエピソードの数を年齢ごとに測定するという手法に絞って研究している」とのことだった。
「自分のアイデンティティーにかかわる出来事」は特別
では、なぜ私たちは10~20代の頃のことをよく思い出すのだろうか。
その理由については、いくつかの説が提唱されているが、私は自己のアイデンティティーに関連づけて解釈する立場を取っている。
10代や20代は、広義の青年期にあたり、自己を確立し、自分を社会に押し出していく時期である。いわば自己のアイデンティティーを確立する時期である。自分の生き方を模索し、進学や就職についての重大な決断をしなければならない。
ゆえに、その時期には、その後の人生を大きく方向づける出来事が立て続けに押し寄せる。そのため、10~20代の頃の自伝的記憶には、自分の人生に大きな影響を与えたエピソードがたくさん詰まっている。
友だち関係がどのようだったか、とくに親友ができたとか、孤立気味だったとかいうことが、その後の人生における対人関係のあり方に大きく影響する。
恋愛や失恋の経験は、その後の異性に対する姿勢に影響するだろうし、結婚するかどうかや結婚相手の選び方にも影響するだろう。
受験の成否は自信の程度を決定づけるし、どんな学校に通うかは友人関係も含めて価値観や生き方に大きな影響を及ぼすはずだ。
どんな仕事に就くかは、経済力や仕事生活のあり方を大きく左右し、その後の人生を長きにわたって方向づけることになる。
このように、10~20代には、親友との出会い、恋愛・失恋、受験・進学、就職、結婚など、その後の人生を大きく左右する出来事が集中している。
10~20代の時期の記憶には、自分らしさをあらわすエピソードやその後の人生を方向づける選択に伴うエピソード、いわば今の自分の成り立ちをうまく説明するエピソードがたくさん詰まっている。そのためによく思い出すのである。
最近では、結婚する年齢も上がってきているし、若い頃の転職も増えているので、10~20代だけでなく30代のエピソードもよく思い出すようになっているのではないだろうか。
『 なぜあの人は同じミスを何度もするのか 』
榎本博明著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


