『勉強できる子は○○がすごい』 (日経プレミアシリーズ)の著者で心理学博士の榎本博明さんと、大手進学塾「SAPIX(サピックス)」で中学受験の指導をする広野雅明さんが対談。褒める子育てに疑問を呈する2人。広野さんは、現場で怒ることの難しさを明かし、中学生になったら親が手を放すようにと説きます。榎本さんは、子どもを鍛えられるのは親だけと指摘します。

「褒めると伸びる」は本当か

──日経BOOKプラス編集部(以下、──) 前回 「榎本博明×SAPIX・広野雅明 子の学力向上のため親がすべきこと」 で、「子どもの自由にやらせる」「なんでも褒める」ことの問題点を指摘されていました。今は「褒める子育て」が主流ですが、褒めないと自己肯定感が育たないのではないでしょうか。

SAPIX・広野雅明さん(以下、広野) そうですね。今は「褒めて子どもたちの自己肯定感を高める」ことが、教育の秘訣だと言われています。例えば、授業の冒頭に漢字テストをしたとします。そこで100点だった子どもに「すごいね」、90点だった子どもに「惜しいね」と言うのは今も昔も変わりません。

 ただ、昔だったら0点だった子どもに「なんだ、この点数は。居残りだ!」と言えましたが、今はできない。昔は「怒る」ということが1つの方法論として認められていましたが、今は「怒る」「厳しく接する」ということが難しくなってきていますね。

「今は『怒る』『厳しく接する』ということが難しくなってきています」と言う広野さん
「今は『怒る』『厳しく接する』ということが難しくなってきています」と言う広野さん
画像のクリックで拡大表示

榎本博明さん(以下、榎本) 子どもだけではなく、「若手も褒めろ」という風潮ですね。大学での論文指導とかでも、「とにかく褒めるところから始めてください」と言われます。論文の結論がまずかったら「解釈は素晴らしい」、方法論がまずかったら「問題意識は素晴らしい」と褒める。修正も「ここがダメだから直して」はきつく感じられるので、「ここをこうすると、もっと良くなりますよ」とアドバイスするように、と。そうしないと落ち込んだり、反発してやる気をなくしたりしてしまう恐れがあるからと。

──それでは「褒める」というよりも「手加減する」に近いのでは……そんな褒め方で本当に自己肯定感が育つのでしょうか。

榎本 私は褒めても自己肯定感は育たないと考えています。むやみに褒めても気が緩んだり、「この程度で褒められるなんて、期待されていないのか」と落ち込んだりすることもあるのでは。もし褒めるのであれば、安易に褒めるのではなく、努力の過程を評価すべきです。

 そもそも、自己肯定感の持つ意味が欧米と日本とでは違うのです。内閣府の「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(平成30年度)」によると、「私は、自分自身に満足している」という若者の比率は米国86.9%、英国80.0%、ドイツ81.8%、フランス85.8%と8割を超えているのに、日本は45.1%でした。

 しかし、同じ項目を使って私の研究仲間が日本の学生に調査したところ、自分に満足していない人にその理由を尋ねると、「満足したら向上しなくなる」「これ以上の成長が見込めなくなる」という回答が目立ったのです。

 欧米は激しい競争社会ですし、自信を持ち、強烈な自己主張をして自分を押し出していかないと生き残っていけません。一方、日本では謙虚が美徳とされ、内省癖が強く、出るくいは打たれる社会。オリンピックの金メダリストも「みなさんの応援のおかげで頑張れました」「課題も見つかったのでまだまだ頑張らないといけません」と言う国民性なんです。だから、欧米よりも「今の自分に満足」という比率が低くても問題はありません。現状に満足し切れない向上心が日本的な自己肯定感につながっているのだと思います。

 それに、褒められ続けていると、次も褒められるポジションを失いたくないので失敗を恐れ、思い切ったチャレンジをしにくくなるという心理学の実験結果も出ています。

広野 「勉強とはチャレンジし続けること」でもあるので、それは問題ですね。確かに昔は子どものマイナス面ばかりに目が行く親御さんがいたのですが、今は「うちの子、ダメなんです」という人は減りましたね。

もはや子どもを鍛えられるのは親だけ

榎本 親がとにかく褒める、なんでも与えていると、「思い通りにならない状態を持ちこたえる力」が鍛えられません。人生は頑張ってもうまくいかないことだらけですよね。成績が思うように上がらない、どれだけ練習してもレギュラーになれない、こんなに相手を好きなのに好きになってもらえない……とかね。小さな頃から、そこを乗り越える力を付けさせるのが本当の優しさです。

 だいたい、いくら学力を付けても、社会の荒波を乗り越えられず、世に出て行けなければ本末転倒でしょう。

「親がとにかく褒めていると『思い通りにならない状態を持ちこたえる力』が鍛えられません」と話す榎本さん
「親がとにかく褒めていると『思い通りにならない状態を持ちこたえる力』が鍛えられません」と話す榎本さん
画像のクリックで拡大表示

広野 昔は汗水たらしてみんなで頑張る──というスポ根が好まれましたけど、今ははやりませんね。ただし、努力する、苦労することを軽視してはいけません。

 最近は大学入試でも推薦のような選抜方法が増えてきたために、「従来型の知識の詰め込みはムダだ」と言う人もいるんですね。「大事なのは思考力、記述力を伸ばすことだ」と、まるで知識と思考力を対立概念のように考える人もいるのですが、それは違うと思います。

榎本 やはり知識があるからこそ、それを組み合わせて活用する発想が出てきます。今、大学ではアクティブラーニング(主体的・対話的に授業に参加する方法)が推奨されて、討論型の授業が増えています。しかし、特別レベルの勉強熱心な学生が集まった集団を別にすると、勉強に積極的な学生ほど、そういう授業に不満を持っています。

 というのは、そうした学生は一生懸命調べてきて、しっかり準備して授業に臨むのに、何も調べてこず、知識がないまま授業に参加する学生がいるためです。そんな学生たちが思いつきの発言ばかりしているので、授業時間がほとんど意味のない時間になり、学びにならないのです。

──褒める子育てやアクティブラーニング……。今の世の中でよしとされているものもうのみにしてはいけないと。子どもも大変ですが、親にとっても難しい時代になりましたね。この先、どうしたらよいのでしょうか。

広野 私たちがよく言うのは、小学生は非常に繊細でまだ幼さが残る時期なので、「中学受験までは親子で一緒に頑張っていいですよ」と。でも、中学生以降は自分でできるサイクルに入っていかないと、その先が続かない。だから、お母さん方にも「中学生になったら、そろそろ手を放してくださいね」と言います。

榎本 今や「怒る」「叱る」に過剰な反応を示す世の中です。先生たちもわが身がかわいいですから、「パワハラだ」と言われることを恐れて、厳しいことを言ってくれる人は少ないでしょう。もはや子どもを鍛えられるのは「親だけ」と心しておいてください。

教育に関する熱い語りは長時間続いた
教育に関する熱い語りは長時間続いた
画像のクリックで拡大表示

取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子

自分で学んでいく力がある子、それが乏しい子

「間違った問題の見直しが苦手」「何でも丸暗記する」「いつも感情的だ」――。勉強してもなかなか結果が出ない子どもには、それなりの理由があった。教育界でひそかに浸透しつつある「メタ認知」をテーマに、その真相に迫る。

榎本博明(著)/日本経済新聞出版/990円(税込み)