子どもの学力を伸ばすには、客観的に自分を見る「メタ認知」が重要で、そしてそれを身に付けるにはまず読解力が必要です。 『勉強できる子は○○がすごい』 (日経プレミアシリーズ)の著者で心理学博士の榎本博明さんと、大手進学塾「SAPIX(サピックス)」で中学受験の指導をする広野雅明さんが対談。読解力がないと、問題文の意味を理解するのも困難だと榎本さんは説きます。一方、広野さんは、まずは保護者が「知的好奇心」を持って行動してほしいと話します。
読解力は武器になる
──日経BOOKプラス編集部(以下、──) 前回 「榎本博明×SAPIX・広野雅明 中学受験に必要なメタ認知とは」 では、子どもの学力を伸ばすには「メタ認知」が必要、そしてメタ認知を身に付けるには「言葉の力」が重要だと伺いました。では、どうすれば読解力を養えますか。
榎本博明さん(以下、榎本) やっぱり本を読むことですね。読んでいるうちに語彙(ごい)が増えますし、ちょっと分からない言葉があっても英文解釈のように意味を推測しながら読む力が身に付きます。そうやって幼い頃から絵本や児童書に触れてきた子と、まったく読んでいない子とでは差がつきます。
「そんなの当たり前じゃないか」と思うかもしれませんが、大学生は本当に本を読まなくなってきています。2021年の第57回「学生生活実態調査」では「1日の読書時間(電子書籍も含む)」が「0分」だった学生は50.5%で、前年から3.3ポイント増えています。「1日の読書時間」は「平均28.4分」で前年比マイナス3.7分となりました。
私は35年以上前から、大学で学生たちに授業内容に関連する本を読んでもらい感想文を書かせてきましたが、「本が読めない」という学生が増えてきたので、6~7年前に廃止せざるを得ませんでした。私の専門は心理学ですが、授業の冒頭10分ぐらいは「知的好奇心」を刺激する話題を提供し、授業後にアドバイスを求めてくる学生たちに読書指導もしてきました。「電車でスマホを見るのをやめたら、10分でも20分でも本が読めるだろう」「図書館に行って30分だけでも読んでみよう」などと言っているんですけれどね。
──心理学の授業で、読書指導ですか。
榎本 まさか大学で読書指導をすることになるとは思いませんでした。そのような指導をしてもやはり読解力がないので、授業でも見当違いの受け止め方をするんです。提出課題に怒って変なことを書いてくるから、どうしたのかと思ったら、私が言ったことを曲解している。
授業の最後にその日の授業をきっかけに気づいたことをメモとして提出させていますが、そこでも身近な具体例に落とし込んで書いてくる学生と、見当違いなことを書いてくる学生との差が激しい。読解力がないと、授業に出ていても、予習・復習をしていても、意味がないんじゃないかと心配しています。
昔は親が小さな子どもに読み聞かせすることが多かったけれど、今は親も忙しいからやらないのかもしれませんね。スマホ、動画、テレビばかり見ていては読解力が身に付かないし、想像力も鍛えられませんよ。
研究結果も出ています。例えば、物語の前半を「アニメで見せる」場合と「音声だけで聞かせる」場合とでは、音声だけで想像力を働かせながら聞かせたほうが、より豊かな後半の物語が作れたと。
SAPIX・広野雅明さん(以下、広野) どんどん便利な道具が出てきている反面、幼児期の遊びの大切さが忘れられているように思いますね。最近は小学生が公園などで車座になって携帯型ゲーム機でゲームをやっている、という光景も目にします。せっかく友達同士が集まっているのに、対面でないとできない遊びをしない子もいます。
──そんな遊び方ばかりしているとなると、困りますね。親としては読み聞かせや読書習慣を付けさせる以外に、何かできることはありますか。
知的に鍛えるだけでは成功しない
榎本 これまで読解力について話してきましたが、「非認知能力」も見逃せません。親御さんはどうしてもIQに代表されるような認知能力に目が行きがちですが、日本よりも頭の良さに重きを置き、これまでIQばかりを重視してきたアメリカでも「知的に鍛えるだけでは社会的に成功しない」と言われ、教科の点数では測れない「非認知能力」が重視されています。
例えば幼児期に「目の前のお菓子を我慢できる」「おもちゃ屋さんの前を通りかかっても素通りできる」といったことができる忍耐強い子は、「大きくなってから勉強でも仕事でも成功する確率が高い」という研究結果があります。勉強や仕事など、ここぞというときに頑張れるからです。
本来、日本の教育やしつけでは「非認知能力」が重視されてきたのですが、今は「自由にやらせる」「なんでも褒める」が主流ですよね。だから、小学校でも我慢できず、思い通りにならないと騒いだり暴れたりする子どもが増えています。今や学校内の暴力事件は中学校ではなく、小学校が年間約4万件と一番多いんですよ(文部科学省「令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」より)。
──今や「荒れる中学生」ではないんですね。
榎本 そうです。それから「非認知能力」と併せて、「知的好奇心」を刺激することも大事です。図書館や美術館、博物館やプラネタリウムなどに行くのもいいですね。将来、子どもが何に興味を持つかは分からないけれど、親がいろんなところに好奇心の種をまいてあげるのは大事ですよ。
広野 例えば、植物園に行くと、温室に入った瞬間にモワッと熱気が感じられますよね。植物も実際に見るのと教科書で読むのとでは全然違いますから。「サボテンはこういう環境じゃないと育たないのか」と身をもって体験したことが勉強にも生きてきます。遊園地も楽しいけれど、勉強には結び付きにくいかもしれません。
それから、まず保護者も「知的好奇心」を持ってほしいですね。今は家のリビングで学習をする家庭が多いのですが、子どもが勉強しているそばで、保護者はテレビやスマホを見ていることが結構あるようです。そこは保護者も「メタ認知」を発揮して、「子どもが勉強している隣でテレビやスマホを見ていたら、学習の妨げにならないか」と考えてほしいですね。
SAPIXでは毎年卒業生にアンケートを実施していますが、一般の調査に比べて、家庭での新聞の購読率が高いんです。やはり新聞や本を保護者が読む家庭の方が、子どもの読解力が高いように感じます。保護者としても、子どもに何を聞かれてもできるだけ答えられる存在でありたいですよね。
榎本 親が忍耐強く頑張っているか、「知的好奇心」を持っているか。「モデリング」といって、子どもは身近な存在をまねしますから、親もわが身を振り返らないといけませんね。
広野 忍耐といえば、SAPIXでは小学1年生から6年生まで、「基礎力トレーニング」というシステムがあり、毎朝、計算問題や基本問題を解かせるんです。子どもにとっては面倒だと思うんですが、1年生から続けていると「当たり前」になるんですね。だから、夏休みにおじいちゃん、おばあちゃんの家へ遊びに行っても、自分で問題集を取り出してやる。忍耐が必要なことでも、習慣付けをするとできるようになるのです。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
「間違った問題の見直しが苦手」「何でも丸暗記する」「いつも感情的だ」――。勉強してもなかなか結果が出ない子どもには、それなりの理由があった。教育界でひそかに浸透しつつある「メタ認知」をテーマに、その真相に迫る。
榎本博明(著)/日本経済新聞出版/990円(税込み)