日経BOOKプラス創刊1周年記念セミナー「本に学ぶ、世界を読み解く」では、ジャーナリストの池上彰さんと増田ユリヤさんに、働く方におすすめの本を3冊ずつご紹介いただきました。2回目は、『死ぬまで、働く。』『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』『ドナウの旅人』を取り上げます。人生100年時代、何のために働くのか、どう働くのか、仕事と人生について考えるヒントにあふれた選書となりました。
自分ができることを日々精いっぱいやる
池上:さて、増田さんの2冊目は何ですか。
増田:『 死ぬまで、働く。 』(池田きぬ、すばる舎)です。この本はタイトルに引かれて読み始めました。作者の池田きぬさんは、戦前に17歳で看護学校に通い、定年まで看護師として働きました。さらに88歳の時、サービス付き高齢者施設の採用面接に行き、自分より年下の方たちを看護する仕事を始めて、97歳になっても現役で勤められています。自分ができることを精いっぱいやることが人生なんだ、最後までこの仕事を全うしたいと。
私がこの本に引かれたもう1つの理由は、私の祖母が看護師で、70歳近くまで働いていたこともあります。60代後半になったあたりから、祖母は「私は働いていないとイライラする」と家では機嫌が悪くて、勤め先の病院から帰ってくると、「今日も看取った。これで88人目だ」とか言っていました。そんな祖母を見ていて、人のために働くことや、年齢に関係なく働くことを自分の人生の中でどう捉えるかということを、すごく考えさせられたんです。
自分が健康で働きたいという気持ちがあり、自分がやりたいことがあって、それが世の中のためになれば自分にも返ってくるものがあります。
池上:結局、自分は何のために働いているのかというと、やっぱり誰かに喜んでもらいたいという思いがあるからなんでしょうね。私はいろんなことを「説明したがり屋」で、これはほとんど病気のようなものですが(笑)、「実はね」なんて話し出すと、聞いている人が「へー」と言って感心してくれることに生きがいを感じるんです。
今回のイベントは仕事帰りの方も多いようなので、次は、働き方について考えさせられる本をご紹介します。『 ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論 』(デヴィッド・グレーバー、酒井隆史他 訳、岩波書店)です。非常に下品なタイトルだよね。
どういう内容かというと、例えばアメリカで、企業に対して経営指南をするコンサルタントは、成果に対して高給取りである一方、コロナ禍で病院などで働くエッセンシャルワーカーは給料が安いことが問題になりました。コンサルの仕事をしている人の悪口を言うつもりはないけど、企業へのアドバイスが利益にどの程度影響しているかということははっきりとは分からない、クエスチョンマークがつくものもある。
この本は、コンサルをやっている人自身が、実は働きがいを感じていないどころか、自分がやっている仕事に対して「クソどうでもいい仕事」と言っているということなんです。本来であれば、エッセンシャルワーカーのような社会に必要な仕事をしている人にこそ、しっかりとした給料が払われなければいけないのに、そうなっていないのは結局、世の中の仕組みがおかしいんじゃないか。ひいては資本主義のあり方が問われることになるんですね。
働くってどういうことなんだろうか、世の中のためになるってどういうことだろうか、ということを非常に考えさせてくれる本なんです。
増田:池上さんはその本を読んで、どう思われましたか。
池上:やっぱり世の中の仕組みはおかしいな、と思いました。エッセンシャルワーカーにこそ、安定した給与を払えるような仕組みを作っていかなければいけないと思います。
ジャーナリストとして刺激された1冊
増田:私が次に紹介するのは、『
ドナウの旅人
』(宮本輝、新潮文庫)です。今でも購入した当時の文庫本を大事に持っているのでボロボロです。
小学生の時に学校でアコーディオンを演奏したことがあるのですが、非常に気に入り、自分でも一時期習っていたことがあるんです。その時に一番難しかったのが「ドナウ川のさざなみ」という曲でした。子どもだったので、ドナウ川はどんな川なんだろう、と興味津々でした。その時の記憶が『ドナウの旅人』を手に取らせました。
本書は、娘と外国人のパートナー、娘の母親と若い男性が、ドナウ川から黒海に出るところまで旅をするストーリーです。著者の宮本輝さんは、執筆当時たった数週間ほど編集者と現地を旅行して、これだけのものを書き上げたそうです。さまざまな街の描写が素晴らしく、主人公たちのような旅人も、現地の人々の息吹もしっかりと感じられるんです。どうしたらこういうふうに書けるんだろう、と感激しました。
それから、私がこの本で一番印象に残っているのが、セルビアのベオグラードという街なんです。すごく神秘的なんです。社会主義の荒涼とした雰囲気が秘密めいていて。数年前に取材で行ってみたら、第1次世界大戦のきっかけになった、サラエボ事件のセルビア人の少年の像があって驚きました。
池上:サラエボ事件といえば、1発の銃声が第1次世界大戦を招いたといって、世界史の授業で習いますね。オーストリアの皇位継承者夫妻が、セルビアの隣国のボスニアで、セルビア人の少年に襲われたんです。
増田:その銃声の張本人の像がベオグラードの公園にあったんです。第1次世界大戦を引き起こした人物が英雄だなんて、すごくびっくりしました。
池上:私たちは世界史で習って、悪人のイメージがあるけれど、セルビアの人たちにとっては英雄なんだよね。ふと考えると、伊藤博文を暗殺した安重根(アン・ジュングン)は、日本人にしてみるとテロリストだけど、韓国の人たちにとっては英雄でしょ。そういう構造が、ヨーロッパにもある。こうやって歴史を見ると、世界を見る視野が広がっていきますよね。
増田:あとベオグラードで驚いたのは、NATO軍に空爆された建物がそのままになっていたことです。
池上:被害を受けた建物をそのまま残しているわけですね。コソボ紛争の時、セルビアがコソボの独立を認めなくて、NATO軍がセルビアを攻撃した。その結果、セルビアの国防省の建物が破壊されたのですが、その跡をそのまま残しているんですね。
これは2022年のロシアのプーチン大統領のウクライナ侵攻につながってくるんです。つまりプーチン大統領は、ウクライナがNATOに加盟することに対して異常なまでの恐怖心がある。ロシアにとってセルビアはスラブ系住民や東方正教の信者が多い兄弟のような存在です。コソボ紛争でセルビアがNATO軍の空爆を受けたということは、プーチンにとって、NATOは我々のところも攻撃してくるかもしれないというトラウマを植え付けたんです。世界のいろんな所を見ていくと、新たな発見がありますね。
増田:そうですね。この本は旅に行く時によく持って歩いているんです。ですから、こんなにボロボロになってしまったんです。最近、東欧中欧地域の取材に行くようになり、ドナウ川がすごく身近なものになっているのですが、それによって、またこの本への思いが変化してきているんですよね。だから初めて読んだ時に思ったことと、今、東欧を取材しながら読んで思うことは、違ってきているんです。そんな楽しみ方もできるんだなと思っています。
取材・文/佐々木恵美、構成/木村やえ 写真/稲垣純也




