日経BOOKプラス創刊1周年記念セミナー「本に学ぶ、世界を読み解く」では、池上彰さんと増田ユリヤさんに、働く方にお薦めの本を3冊ずつ紹介していただきました。今回取り上げるのは、『君たちはどう生きるか』『眠れぬ夜はケーキを焼いて』『消されかけた男』の3冊。今でも読み返す本もあるそうです。

今でも読み返したくなる1冊

池上:皆さん、平日の夜にご参加いただき、ありがとうございます。これから、増田さんと私がおすすめの本を3冊ずつ紹介します。本をどのように選び、読んでいるのか、読書を仕事にどう生かすのかというようなことを中心にお話しします。

 まずは、私から。私は子どもの頃から本が好きなのですが、最初に紹介する1冊は、小学生の頃から読んでいて、今でもとても大事にしています。吉野源三郎さんの『 君たちはどう生きるか 』(吉野源三郎、岩波文庫)。これは戦前の旧制中学校に通う少年が主人公で、エリートである旧制中学で、お金持ちの子がいれば非常に貧しい子もいて、格差とは何かと考えたり、友人がいじめられているときに助けられずに落ち込んでしまったりする様子が描かれています。私も本書を読みながら、友達って何だろう、人生ってどう生きればいいんだろう、と大変考えさせられました。自分の生き方を決めた本として、皆さんにおすすめしたいと思います。増田さんはどうですか。

『君たちはどう生きるか』は、小学生の頃から読んでいて今でも読み返す1冊
『君たちはどう生きるか』は、小学生の頃から読んでいて今でも読み返す1冊
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増田:私が1冊目に紹介する本は、『 眠れぬ夜はケーキを焼いて 』(午後、KADOKAWA)です。今は3巻まで出ています。1、2巻を読んだ時に、「わ、なんて私の気持ちと波長が合うんだろう」と思ったことを覚えています。眠れない夜に、小腹を満たす手軽なレシピを紹介していて、著者の午後さんの心情も交えながら、イラストと文章でつづるコミックエッセーです。

 実は私、社会人になった時、高校で歴史を教える非常勤講師をしていたのですが、3年目から、NHKのリポーターの仕事も始めたんです。仕事も私生活もてんやわんやで体を壊し、1年ぐらい仕事を減らした時期があったんです。その時、この本に出てくるようにお菓子の本を買って、いろんなものを作っていたんです。お菓子を作っている間は何も考えずそのことだけに集中することができました。そういう時間を積み重ねていくうちに、体調と心がだんだんと戻ってきました。この本は、まさにそういうことを体現した内容になっています。疲れた時の癒やしにおすすめします。

扱っているレシピはまねしたいものばかり。読むとおなかも心も満たされる
扱っているレシピはまねしたいものばかり。読むとおなかも心も満たされる
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池上:人生における本の役割って、いろいろあると思うんですよね。ストレスがたまったり体を壊してしまったりした時、こういう本で実際にいろんな料理を作ってみることが回復につながることってあるんですね。

増田:食べることって、生きるうえですごく大切ですよね。高校で教えていた時、摂食障害に苦しんでいる女子生徒がいて、卒業してからその悩みを手紙に書いて送ってきたんです。過食に苦しんでいると。彼女には、「自分で食べるものは、自分で材料を買ってきて作ってみたらどうかな」と話しました。その後、何も連絡はありませんでしたが、きっと落ち着いたんだと思います。

 今の時代、コンビニに行けば何でも手軽に食べるものが手に入ります。だから、過食にも陥りやすい。食べることをおざなりにせず、丁寧に暮らすことが心にも体にもいいではないかと思っています。

会社で生き抜くすべはスパイに学べ!

池上:増田さんの話を聞いて思い出したのですが、作家の林真理子さんが、人生においてつらい時、厳しい時をどうやり過ごすかということを、エッセーで書いていました。職場でつらい目に遭ったら、現場で闘うやり方もあるんだけど、本に逃げたらどうですか、というのが林さんのアドバイスだったんです。本の中に逃げ込めば、自分がヒーローやヒロインになれると聞いて、すごくラクになってね。私だって時々ストレスはたまるわけで。

増田:大ベテランの池上さんでも、ストレスがたまるんですね。

池上:もちろん! そういうときにはミステリーやスパイ小説に逃げることによって、心の落ち着きというか平衡感覚を取り戻して、再び現実に立ち向かうことができるんです。

増田:なるほど。それで、池上さんおすすめの2冊目は何ですか?

池上:私は最近『 世界史を変えたスパイたち 』という本を日経BPから出しました。実は、中学生の頃に小説と映画の「007」シリーズにすっかりハマってしまい、以来スパイものが大好きなんです。ここで紹介するのはフリーマントルの『 消されかけた男 』(ブライアン・フリーマントル、稲葉明雄 訳、新潮文庫)、チャーリー・マフィンシリーズです。

 東西冷戦時代、東ドイツの中にあるベルリンが壁で東と西に分かれていましたが、特別な理由があれば行き来ができたんです。このチャーリー・マフィンというイギリス情報部のスパイはドイツで活動していたのですが、あまりに仕事ができるので、新しい上司に疎まれて亡き者にされそうになるんです。ところが彼は本当に腕利きだから、上司が自分を亡き者にしようとしているのではないかと気づくのです。組織に裏切られたときにどうやって自分の身を守るのか、その攻防を見事に描いています。さらには、その上司に一泡吹かせてやろうと、さまざまな陰謀を巡らせ、最後にあっと驚く展開が。いやあ、ドキドキワクワクです。敵と見れば自国のスパイも見捨てる冷酷さや、ベルリンの壁をどのように行き来するのかが極めてリアルに描かれています。

スパイの冷酷さとサラリーマンの悲哀を感じさせる『消されかけた男』
スパイの冷酷さとサラリーマンの悲哀を感じさせる『消されかけた男』
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 さらにこの本がすごいのは、彼はスパイとしての能力は超一流だけど、普段は本当にさえない中年サラリーマンなんです。スパイ活動をするためにイギリスの情報部から必要経費は出るのですが、領収書を精算するのに苦労したり、靴が足に合わなくて困ったりという話がいっぱい出てくるわけ。スパイの話なんだけど、サラリーマンの悲哀や、自分を疎ましく思っている上司の裏をどうかくかということが同時並行で進むわけですよ。スパイ組織って本当に二重三重に裏をかきながら生き抜いていくんだな、生きていく術をこうやって得るのかな、と思うわけです。会社組織の中で生き抜いていくためにも参考になりますよ(会場笑)。

池上さんと増田さんの話を熱心に聞く参加者。時おり笑いがこぼれ、とてもいい雰囲気
池上さんと増田さんの話を熱心に聞く参加者。時おり笑いがこぼれ、とてもいい雰囲気
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取材・文/佐々木恵美、構成/木村やえ 写真/稲垣純也