どれほど力強いビジョンやコピーを掲げても、社員の行動が伴わなければ経営の推進力にならない。言葉は社員一人ひとりの認識をそろえることで、同じ方向に向かうチームを形成する。小さなベクトルである個人が束になることで、大きなベクトルとなり、ベクトルが大きくなるほど、現実を変える力も大きくなっていくのだ。『言葉を武器にする経営。』から抜粋・再構成してお届けする。

言葉はコミュニケーションコストも下げる

 企業のなかで掲げられる言葉には、ビジョン、ミッション、バリュー、コーポレートメッセージなど多くの種類がある。しかし、それらが本当に力を持つのは、掲げられた瞬間ではなく、社員がそれらの言葉を、自分の言葉として扱い始めたときである。

 企業のなかで流通する言葉の最低条件は、企業の「らしさ」が表現されていることである。そのため、現実とかけ離れた「こうありたい」という希望や、「こう見られたい」という外からの評価を起点とした言葉では、どんなに美しく、魅力的な言葉であっても、浸透は進まない。

 一方で、どれほど本質を突いていても、社員が使わなければ、組織を動かす力にはならない。そこが言葉の難しいところである。

 経営層が号令をかけ、決まり文句として暗唱している状態を超え、社員が愛し、繰り返し口にする。こうした光景は、自然に生まれることはない。一人ひとりがその言葉を自らの業務に結びつけて使ってみる。そこでの使い心地のよさや、しっくり感を実感した結果として、無意識のうちに使っていることになる。

 たとえば、営業担当者が顧客に自社を説明するとき、その言葉を用いることで自分の仕事の意味を語るようになる。採用担当者が候補者に会社の価値観を伝えるとき、その言葉を通じて会社の姿勢を具体的に示すようになる。あるいは、部門を越えた議論の場で、その言葉が共通の前提として機能し、認識のズレを小さくしてくれることもあるだろう。

 こうした効果は、言葉が単なる掛け声ではなく、経営というレベルで、意思疎通の速度と精度を高める資源であることを示している。社内で流通する言葉は、あらゆる場面でのコミュニケーションコストを下げるのだ。

言葉は意思疎通の速度と精度を高める経営資源である(写真:airdone/stock.adobe.com)
言葉は意思疎通の速度と精度を高める経営資源である(写真:airdone/stock.adobe.com)

美しさや響きだけを基準にしてはならない

 言葉だけで現実が動くことはない。どれほど力強いビジョンやコピーを掲げても、行動が伴わなければ絵に描いた餅に終わる。

 しかし、言葉は社員一人ひとりの認識をそろえることで、同じ方向に向かうチームを形成する。小さなベクトルである個人が束になることで、大きなベクトルとなるのだ。ベクトルが大きくなるほど、現実を変える力も大きくなっていく。その意味で、言葉はゴールではなく、スタートラインに過ぎないとも言える。

 社内で流通する言葉は、外に向けて使われたときも強力である。外に向けられる言葉をつくる業務に携わるなかで感じるのは、結果的に社内で流通することから発想した言葉のほうが、外部への波及力が高まることである。

 企業は社会のなかに存在している以上、広告や広報、採用、IRなど、外向きのコミュニケーションを避けて通ることはできない。しかし、体裁を取り繕うような実態とかけ離れたものであっては、見た目は整っていても、社員が自分の言葉として語ることはできない。やがて内と外の間にゆがみが生まれ、企業の信頼を損ねるおそれがある。

 一方で、社内で流通し、社員が実感を持って語ることができる言葉は、外に向けられたときにも透明性が高い。組織の内側にある価値観と外向きのメッセージが一致しているため、ぶれることなく届くようになる。

 企業における言葉を評価するときには、「どれだけ美しく整っているか」を基準にしてはならないと、日々考えている。むしろ、「社内でどのように使われるか」という視点に立ち、実際に使われている光景を想像できる言葉を思考したい。

 社員がその言葉を口にしているか。
 仕事の意味を説明するときのよりどころになるか。
 迷ったときに立ち返る判断軸になるか。

 こうした要素を満たす言葉だけが、企業を内側から支え、外側にも力強く響いていく。

外に向かう言葉を追い求める弊害

 多くの場合、企業が言葉を必要とする瞬間に意識するのは「外」である。

 顧客にどう伝えるか、社会からどう見られるか、採用市場でどのように魅力を示すか、投資家や取引先にどのような姿勢を伝えるか。理由はさまざまではあるが、「自社の存在感を高めるために、魅力的な言葉をつくりたい」という要望が根本にある。

 外に向かって語ることができない企業や経営者、リーダーは、自らの価値を十分に理解してもらうことはできない。その結果、未来の顧客や仲間、事業機会を逃してしまう可能性すらある。そのため、外向きの言葉自体は必要である。

 注意すべきは、優先順位や制作手順である。

 多くの企業では、外に向かう言葉を念頭に検討が始まる。わかりやすいか、競合と比べて魅力的に見えるか、採用広報として映えるか、といった観点が先行する。

 出発点が外向きの言葉の開発になると、最終的に選ばれる言葉も、聞こえのよいキーワードや、時代の空気に合った言い回しが採用されやすい。試しに資料やウェブサイトに入れてみて、その見栄えで決まることもある。

 事実、コピーライティングの依頼の大半は、外向きのメッセージ開発である。新商品の発売をする際の打ち出し方や、老舗企業における新たな未来を築くための10年ビジョンの策定、新会社を設立する際のコーポレートメッセージの制作といった内容である。

 しかし、私はあえて、外向きの言葉ではなく、社員が信じ、自らの士気を高めることができる言葉の制作を進言する。社内の実態や実感と接続できない言葉は、宙に浮き、活用されずに終わることを体験しているからである。

 社会に対しては魅力的に見える。しかし、社内からは良く見せようとする意図が透けて見えて興ざめ。このような状態が生まれるのが目に見えているからである。

 外に向かう言葉を検討し、選択する際には、説明としてのわかりやすさや印象の強さが優先される。そのため、組織内部の実感や矛盾、揺らぎのすべてを反映できるわけではないのも事実である。だからといって、内部を無視していい理由にはならない。

無形資産として経営を力強く支える言葉の生み出し方を実践的に解説。

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梅田悟司著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)