パーパス、ビジョン、ミッション……。企業はさまざまな言葉をつくり、社内外に発信している。しかし、それらがどんなに美しく、正しくても、日常で口にされることは少ない。社員の行動を支える力にもならない。それはなぜか? 個と組織を強くする言葉とはどのようなものか? リーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説した『言葉を武器にする経営。』から抜粋・再構成してお届けする。
誰も口にしないパーパスやビジョン
企業のなかに言葉がそろっていることと、その言葉が企業で機能していることは、似て非なるものである。パーパス、ビジョン、ミッションがある。コーポレートメッセージも定められている。こうした状態も重要である。
言葉がなければ、自分たちが何を信じ、どこへ向かおうとしているかを確認することは難しい。しかし、言葉が存在しているだけで満足してはならない。
大切な言葉として認識されてはいるが、日常的に手に取って使われていない。自分や社員にとって、手の届かない場所にあり、見上げることはあっても、意識することはない。そんな「神棚に置かれる言葉」では意味がないのだ。
新しい理念やメッセージが策定されたときには大々的に発表され、社内報にも掲載される。オフィスの壁にも貼られ、会社を説明する資料にも収まっている。ところが、一定期間がたったあと、その言葉を口にする人は次第に減っていく。
判断に迷ったときのよりどころにもならず、営業が相手に自社を説明する際にも出てこない。採用の場で面接担当が自分の言葉として語ることもなければ、うまくいかない日に自分を支えることもない。
その言葉は、間違っているわけではないが、生きているとは言いがたい。
厄介なのは、神棚に置かれる言葉ほど、体裁が整っていることである。
美しく、正しい。そして、反対しにくい。誰の目から見ても、もっともらしい。商品や企業の特徴がある程度言い当てられている。だからこそ、つくる側も、受け取る側も安心しやすいのである。よくまとまっているがゆえに、言葉が生み出された瞬間に仕事が終わってしまうのだ。

その言葉を社員は日常的に口にするか?
しかし、言葉は、言い当てるだけでは足りない。本当に問われるべきは、その言葉が使われるかどうかである。
人は、自分の体験や感情とかけ離れた言葉を口にすることはない。意味も正しさも理解できたとしても、自分の実感と結びつかなければ、口にする気にはならない。そうした言葉は、次第に使われなくなる運命にある。
一方で、口にされる言葉は、誰からも異論が出ないほど美しく、磨き抜かれているとはかぎらない。けれど、その会社の実態や現実を、嘘偽りなく表現している。そこで働く人の心身とつながっている。だからこそ、会話のなかに入り込んでいく。
「うちの会社は、こういうところだけは譲らないよね」
「この一言があるから、踏ん張れるんだよね」
「結局、私たちがここにいる理由って、これなんです」
そんなふうに、自分の言葉として語りたくなる言葉である。言葉が機能するとは、会社のなかで使われ、流通することにほかならない。何度も口にされることで、その言葉は少しずつ自分のものになり、自分たちのものとなり、強度を増していく。掲げられたから浸透するのではなく、使われながら浸透するのである。
弱ったときに効く言葉だけが組織に根づく
ここで大切なのは、口にされることは、暗唱されることではないという点である。社長が言ったから繰り返す。会社が決めたからそのまま読む。こうした状態は、本当の意味で口にされているとは言えないだろう。
本当に口にされる言葉とは、社員がその言葉に自分の経験を重ねることで納得感が高まり、日々の行動や感情と結びつけながら使うことができる言葉である。言い方を変えてもいい。文脈のなかで言い換えてもいい。それぞれのなかで咀嚼(そしゃく)され、解釈とともに語られてこそ、言葉に秘められた力は発揮される。
神棚に置かれる言葉と、口にされる言葉の差が最もはっきり表れるのは、平時ではなく、むしろ困難に向き合うときである。
受注を逃した日。
思うように成果が出ない日。
会社の進む先に迷いが生まれた日。
ここで力を発揮するのは、きれいに整えられた言葉ではない。自分の仕事と結びつき、「なぜこの会社が存在するのか」「なぜこの会社で働くのか」を思い出させてくれる言葉である。弱ったときに効く言葉だけが、本当に根づく言葉になり得るとも言える。
信じられる言葉とは、遠くから敬われる神棚に置かれる言葉ではない。日々の現場で、何度でも口にされる社内で流通する言葉にほかならない。
なぜ社内で流通する言葉は強いのか。
その理由は単純である。社内で流通している事実そのものが、「組織の実感」と結びついていることを示しているからである。
「あの言葉があったから、ぶれずに進むことができた」――社員たちがこう言えるようになったとき、「言葉」は無形資産として経営を力強く支える武器になる。個と組織を強くするためにリーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説する。
梅田悟司著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)
