トヨタ自動車に21年勤務後、トヨタ自動車の仕入れ先である部品メーカー・旭鉄工の社長に就任した木村哲也氏が、AI活用を前提とした経営を実践してきた経緯をまとめた書籍『 AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル 』(日経BP)。書籍から冒頭部を抜粋し、旭鉄工が実践している「AIファースト経営」事例を紹介する。その第5回。
思考の型の伝承
「思考の型」とは、ベテランの「勘」や「経験」といった個人の頭の中にしかない暗黙知を、誰もが再現できる「解き方の手順」へと構造化した資産のことである。
私は、これらを単なる「カイゼンの視点」ではなく、あえて「思考の型」と呼んでいる。そのほうが、AIファースト経営の本質をより正確に表せると考えているからだ。理由は、以下の3点に集約される。
1 単なる「視点」を超えた「強制的な思考プロセス」である
「視点」と言えば「そこを意識して見る」という程度のニュアンスにとどまるが、旭鉄工におけるこれらの方程式やキーワードは、「まずはこの枠組みに当てはめて考えよ」という「型」として機能する。
2 AIへの実装に最適である
AIに対し「この実例のような視点を持って考えてほしい」と曖昧な指示を出すよりも、「この型(フレームワーク)に従ってアウトプットせよ」と命じる方が、回答の質が安定する。これはAIに対して「アルゴリズム(解き方の手順)」を渡していることに他ならない。
3 誰でも同じ道筋で答えにたどり着ける
重要なのは答えそのものではない。どうやってその答えにたどり着くかという「考え方のルート」を共有すれば、組織の誰もが次の問題を自力で解けるようになる。
「思考の型」が果たす三つの役割
思考の型には三つの役割がある。
役割1 属人化した「勘」を「組織の資産」に変える
ベテランが現場で無意識に行っている「問題の捉え方」や「優先順位の付け方」を言語化し、テンプレート(型)にする。これにより、熟練者が退職してもその知恵は失われず、組織の永続的な資産として残る。
役割2 「具体と抽象」を往復させ、応用力を生む
例えば、「スイッチの位置を近くした」という事例を、「距離を短くする(移動のムダを省く)」という上位概念(型)に一度抽象化する。すると、設備や工程が変わっても「ここでは何を短くできるか?」と応用できるようになる。
役割3 AIを「自社専用のプロ」に育てる
汎用的なAIにこの「型」を与えることで、AIは世の中の平均的な回答ではなく、「旭鉄工ならこう考える」という独自の基準で問題を指摘し、対策を提案できるようになる。
「思考の型」とは、ベテランの「勘」や「経験」といった個人の頭の中にしかない暗黙知を、誰もが再現できる「解き方の手順」へと構造化したもののことである。単なる「過去の成功事例(答え)」の蓄積ではなく、その答えにたどり着くための「考え方のルート」を指している。
考え方のルートの一例として、トヨタ生産方式(TPS)には「七つのムダ」というTPSの基本となる考え方がある。
- 加工のムダ
不必要な加工を行っている(例:過剰品質) - 在庫のムダ
少ないほど良い。ラインの実力に応じ、仕方なく持つ(仕掛・完成品・原材料すべて) - 不良のムダ
作り直し・手直し - 手待ちのムダ
人や設備が待っている(段取り待ち・指示待ち) - 作りすぎのムダ
必要以上に作る(これが一番悪い)
在庫・運搬・保管、全部のムダを生む - 動作のムダ
価値を生まない動作。「動いている=働いている」ではない - 運搬のムダ
運搬には付加価値がない。できるだけ運ばないほうがいい(距離・回数が多い)
これらはムダを見つけるための視点である。TPSを勉強した人の多くは「カザフ鉄道」という語呂合わせなどで暗記しているはずだ。だが、暗記しただけでは現場は変わらない。「七つのムダ」も、気づくための言葉に過ぎない。「ムダを知っている人」と「ムダを消している人」は全く別ものだ。現場で、まず1個を潰せ。0.01秒の改善でもいい。それが利益に直結する。判断と責任は現場にある。だからこそ、まず動くことだ。本当に重要なのは、このサイクルを回すことにある。
- ムダを見つける
- すぐ直す
- 横展開する
これを実行して初めて、利益が生まれる。重要なのは、「ムダをどうなくすか」という具体的なアクションまで落とし込むことだ。
- 歩いている >>>> 「距離を短く」
- 待っている >>>> 「待ちをなくす」
- 別々にやっている >>>> 「同時に行う」
これを元に、製造現場のメンバーがよりアイデアを思いつきやすくなるように整理し直したのがイマドキフキソカチ(九つの視点)だ。
思考の型としての「イマドキフキソカチ」
「イマドキフキソカチ」の九つの視点は以下の通りである。
- イ(要るの?)
本当にその工程、その作業、その設備は必要か。前提そのものを疑う。 - マ(待ちをなくす)
人や設備が仕事をせずに待っている瞬間に着目し原因を潰す。 - ド(同時に行う)
右手と左手を同時に動かす、設備のクランプと扉の開閉を同時に行うなど、複数の動作を並行して行う。 - キ(距離を短く)
人や製品、設備などが動く距離を徹底して短くする。 - フ(付帯作業をなくす)
段取り替え、箱変え、材料投入、記録など、必要だが付加価値のない作業を削減する。 - キ(気遣いをなくす)
調整や勘に頼る作業、見にくい、やりにくいなど、「人が気を遣っている作業」をなくす。 - ソ(速度を速く)
作業者、製品、設備の動くスピードを上げる。 - カ(管理をする)
基準または目標は明確か、現状を作業者が把握できているかを見る。 - チ(チョコ停=短時間の停止をなくす)
短時間停止に着目し、対症療法ではなく真因を対策する。
例えばTPSでは、人であれ製品であれ設備であれ、移動距離は短い方がよいとする。移動には付加価値がないとして「動作のムダ」と考えるからだ。この「距離を短く」という視点を持つだけで、現場の見え方は変わる。なぜここを往復しているのか、この動きは本当に必要かという疑問を持つことができる。
この「イマドキフキソカチ」を思考の型としてAIに与えることで、AIは前記の九つの視点で動画を観察するようになった。これにより、作業動画単体からでも、「手の動きが大きすぎる」「不自然にかがむ動作が多い」「余分な歩行が発生している」といった違和感やムダの候補を、熟練者と同じ視点で見つけ出すことができるのである。
AIによって「どこを見ればよいか(違和感があるか)」が「イマドキフキソカチ」の視点とともに先に示されることで、経験の浅い若手でも、迷わず熟練者と同じ入り口から改善を考え始めることができるようになった。意思決定サイクルのうち、負荷の高い「認知」と「分析」という判断の前工程をAIに委ね、人は改善の「判断」に集中する構造が、動画分析の現場でも実現した。
この役割分担によって、作業動画分析は個人の根気や特殊な観察スキルに頼る段階を卒業し、組織として誰でも回せる「知能化された仕組み」へと進化を遂げた。
「思考プロセス」から「思考の型」への昇華
個人の頭の中にある「思考プロセス」は、経験や勘に依存した再現性のない暗黙知である。これに対し「思考の型」は、そのプロセスから本質的な着眼点や考え方の順序を抽出し、誰でも同じ道筋をたどれるように構造化したテンプレートである。具体的な事象を一度抽象化し、再び現場の具体に落とし込む「具体と抽象の往復」こそが、ノウハウを形式知へと変える本質である。
上位概念としての「観察の型」
旭鉄工における「イマドキフキソカチ」は、この思考の型を体現したものである。これは単なるチェックリストではなく、現場のムダを発見するための視点であり、「観察の型」である。例えば「スイッチの位置を近くした」という個別事例を、「距離を短く(キ)」という上位概念(型)で捉え直すことで、設備や工程、さらには業種が変わっても応用可能な汎用的な知恵へと昇華されるのである。
AIに「解き方」を継承させる
生成AIに前提条件や「思考の型」を与えなければ、AIは世間一般の最大公約数的で平均的な回答しか出力できない。AIに自社独自の「解き方の型」を渡すことで、AIは自社の熟練者と同じ着眼点で問題を捉え、組織の哲学に基づいた一貫性のあるアクションを提示するようになるのである。
組織能力としての「型」の定着
思考の型が明文化されることで、個人のスキルは組織の能力になる。若手であってもAIと共に「型」を用いて思考する練習を繰り返すことができ、人材育成のスピードが飛躍的に向上するのである。ノウハウをためるだけでは意味がない。必要なタイミングで、生きた「考え方」として使えるようにしてこそ価値がある。属人的な判断を「思考の型」として切り出し、AIが扱える形式知へと再設計することは、AIファースト経営において競争優位性を生み出すために不可欠である。
(書籍『AIファースト経営 利益を10億円増やした旭鉄工の成功モデル』を基に再構成)
[日経クロステック 2026年7月27日付の記事を転載・改題]
木村哲也(著)/日経BP/1980円(税込み)

