経営学者のヘンリー・ミンツバーグはトヨタやホンダなど日本企業を高く評価しています。どのような点が優れているのでしょうか? 名著 『戦略サファリ』 (ヘンリー・ミンツバーグ、ブルース・アルストランド、ジョセフ・ランペル著/齋藤嘉則監訳/東洋経済新報社)を、入山章栄・早稲田大学ビジネススクール教授が読み解きます。 『ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕』 (日本経済新聞出版)から抜粋。

ミンツバーグが強く支持するスクール

 ポジショニング・スクールを批判したミンツバーグが強く支持するのは、例えば本書の第7章で紹介するラーニング(学習)・スクールです。「戦略はまず行動を起こしてその学習・試行錯誤を通じて形成されるもの」という立場を取るためです。第7章冒頭では、「学習派」の始祖となったリンドブロムやクインといった研究者の知見を取り上げています。

 さらにミンツバーグは、その後発展した多くの関連する理論もラーニング・スクールに分類しています。それらの理論は3グループに大別できます。第一にワイックなどの経営学者が発展させた「イナクトメント」です。

 企業が新規に事業戦略を立てるには「自社の強み・弱み」を把握する必要があります。しかし、「その事業をやってみないと、強みも弱みも分からない」というのがイナクトメントの考え方です。

 第二に、伊丹敬之氏の「見えざる資産」や野中郁次郎氏・竹内弘高氏の「知識創造企業」など、当時の日本を代表する学者の知見もラーニング・スクールに含めました。ミンツバーグは本書を通じて日本企業を高く評価しています。

 「日本企業に戦略がない」と主張するポーターに対し、ミンツバーグはトヨタなどを引き合いに「日本企業はポーターに戦略のイロハを教えるべきではないか」とまで言っているのです。

 第三はネルソンらが発展させた「ルーティン」、そこから派生した「ダイナミック・ケイパビリティー」です。ダイナミック・ケイパビリティーとは、「変化する事業環境の中で、多様な経営資源を取捨選択し、組み合わせる企業の力」のことです。これは他スクールも包括した概念で、「理論の細分化よりも、実践に重要なのは統合」という立場のミンツバーグは、その発展に期待をかけているようです。

 同理論が発展すれば、彼が整理した10スクール分類も意味がなくなるかもしれません。しかし「それを歓迎する」とまで言っているのです。

精緻な戦略はなかったホンダの米国進出

 ここからはラーニング・スクールについて、本書でも紹介されている事例を使って、深掘りしてみましょう。それは日本の自動車メーカー、本田技研工業(ホンダ)です。

 1960年代にホンダは米国のオートバイ市場に参入し、50㏄の小型バイクを中心に爆発的な売り上げを達成しました。それまで同市場を占有していた英国メーカーを駆逐して、1966年には米市場全体の63%のシェアを獲得するまでに至ったのです。

 ミンツバーグは、このホンダの米オートバイ市場での成功要因を分析したボストン コンサルティング グループ(BCG)の報告を批判しました。このホンダの成功に関する調査分析では、「同社は、日本国内で大量生産を行ってスケール・メリットを実現し、コスト・リーダーシップ戦略を追求し、米中産階級に低価格の小型オートバイという新しい市場セグメントを提供した」といった分析がされています。あたかもホンダの経営幹部が、事前にこの戦略を精緻に練って、着実に実行したかのような結論です。

ホンダは米国のオートバイ市場に参入し、爆発的な売り上げを達成した(写真:shutterstock)
ホンダは米国のオートバイ市場に参入し、爆発的な売り上げを達成した(写真:shutterstock)
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 しかし、実際のホンダの米市場への進出は、そのように事前に緻密に練られたものではありませんでした。『ジャパニーズ・マネジメント』を著したスタンフォード大学のリチャード・パスカルは、実際に同社幹部にこの点について多くのインタビューをしました。そして彼らから得た回答は、「実際には、米国で売れるかどうかやってみよう、という考え以外に特に戦略はありませんでした」というものだったのです。

「とりあえず売ってみる」で大成功

 実は、ホンダが米市場に進出した当初は、250㏄と305㏄という、当時の米市場ですでに普及していた大型バイクのセグメントを狙っていました。そもそも50㏄の小型バイクを売ろうという発想はなかったのです。しかし同社の大型バイクは、米国人が乗るとその長距離・高スピード走行に耐え切れず、壊れる事件が出てきました。

 ホンダは、このままでは米市場での同社の大型バイク販売は壊滅状態になると考え、やむなく米国でも小型バイクを発売しました。結果として、これが中産階級に受けて、大ヒットとなったのです。

 ホンダはその後も、試行錯誤の結果「とりあえず製品を開発・販売してみる」といった、ラーニング・スクールの説明に近い行動をとる事例が多く見受けられます。

 例えば、同社の大ヒット車である「オデッセイ」の開発事例がそれに当たるでしょう。1990年代当時、RV(レクリエーショナル・ビークル)車ブームの中で、ホンダは独自のRV車を持たずに業績が低迷していました。そこで、家族で乗れるようなミニバンを開発しようとしたのですが、業績の低迷で開発費がないため、乗用車のアコードのプラットフォームを用いて開発をせざるを得ませんでした。

 まさに苦肉の策として、オデッセイを開発したのです。しかし、当初の年間計画販売台数がわずか4000台だった同車は、1995年には1年で12万6000台を売る大ヒットとなりました。これでミニバン市場の重要性を「学習」した同社は、その優位性を生かし、「ステップワゴン」など後継のヒット車も生み出していくのです。

 このように、先のオートバイの例しかり、ミニバンしかり、ホンダを支えているのは「まずはやってみよう」という思想です。ミンツバーグの支持するラーニング・スクールを体現するような企業と言えるかもしれません。

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