こだわりのスーパー「福島屋」創業社長の福島徹さんが参考にしている本。1回目は『ノーマ 北欧料理の時間と場所』(レネ・レゼピ著)。世界一予約が取りにくいデンマークの人気レストラン「ノーマ(NOMA)」のレシピ集は、地産地消、季節ごとの旬、組み合わせの独創性など、さまざまな刺激に満ちており、まるでアートの写真集のような本である。

なぜ「NOMA」は世界最高峰と呼ばれるのか

 デンマークのコペンハーゲンに、「世界最高峰」と呼ばれるレストラン「ノーマ(NOMA)」があります。今年の3月から5月まで、期間限定のポップアップイベントとして「ノーマ京都」を営業していました。1回のディナーの料金は約13万円。それでも世界中から申し込みが殺到、予約開始から9分で全席が完売したそうです。ちなみに僕も申し込んでみましたが、予約が取れる気配すらありませんでした。

 それもそのはずで、「ノーマ」は「世界のベストレストラン50」という世界中の料理人が選ぶコンテストで、2010年から1位を5回獲得。「ミシュラン」では当然ながら3つ星評価。予約待ちの客が世界中に2万人もいるそうで、「世界一予約が取りにくい店」とも呼ばれています。

スーパー福島屋を一代で築き上げた福島徹社長
スーパー福島屋を一代で築き上げた福島徹社長
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 なぜ、そこまで高く評価されているのか。そもそも「ノーマ」は老舗ではなく、2003年に開店した新興レストランです。シェフは当時まだ25歳のレネ・レゼピ。彼がすごいのは、新たに「北欧料理」を開拓したことです。

 北欧は寒冷地なので、農産物はそれほど多くありません。だから「北欧料理」と呼ばれるものもほとんど存在していませんでした。しかし、レネ・レゼピは北欧の限られた食材を丹念に調べ、旬のものを組み合わせて斬新な料理として提供。それによってにわかに注目されるようになったのです。

 その姿勢は「ノーマ京都」でも変わらなかったようです。周知の通り、日本は自然が豊か、水も豊かな上に、南北に長く、季節もはっきりしているため、食材に恵まれています。

 そこで彼らは2年ほど前から京都に入り、下準備や食材の調査などを行い、1年ほど前からはさらに増員して開店の準備を進めてきました。料理の基本はやはり地産地消であり、そして季節と向き合って旬なものをそろえることであるとの考えからでしょう。

 それだけではありません。そこに風土や歴史への敬意を織り交ぜ、さらにノーマらしさも加えて、独創的なコース料理に仕上げていく。もちろんその過程では、食材の組み合わせ方や見せ方をめぐり、スタッフ同士で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を繰り返すそうです。中にはケンカして辞めてしまう人もいるとのこと。

 こうして時間と労力を惜しまずに作り上げたものは、お客さまにも伝わります。だからこそ、どれほど高価でも味わいたい、感じたいと思えるのでしょう。

地産地消、季節の旬、自由な視点

 コペンハーゲンの「ノーマ」は2024年末に閉店し、その後は食材や料理の実験・研究を行う「フードラボ」に生まれ変わるそうです。そうすると、僕らがその料理に触れる機会はますます減るかもしれません。

 しかし、これまでの作品の記録は残っています。それが『ノーマ 北欧料理の時間と場所』(レネ・レゼピ著/ファイドン)。まるで百科事典のような大きさと厚さのある一冊ですが、ちょうど「世界のベストレストラン50」で初めて1位になったころ(刊行は2011年6月)の料理を眺めることができます。

『ノーマ 北欧料理の時間と場所』(レネ・レゼピ著/ファイドン)
『ノーマ 北欧料理の時間と場所』(レネ・レゼピ著/ファイドン)
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 それもお皿の上に美しく盛られた完成品だけではなく、素朴な食材の写真やそれを採取する様子の写真なども収録されています。巻末にはそれぞれのレシピも詳しく載っていますが、とても単なる料理本とは呼べません。それよりアートの写真集のイメージに近いと思います。

 ただ正直なところ、僕はここに掲載された作品の芸術的な価値までは、よく理解できていません。まして福島屋で同じ食材をそろえようとか、運営しているレストランでレシピを参考にしようなどと思っているわけではありません。僕がときどきこの本を開くのは、その視点の自由さ、組み合わせの魅力に刺激を受けるためです。

 最終的な一皿に至るまでには、さまざまな旬の食材をどう調理してどう組み合わせるかという、途方もない試行錯誤があったはずです。そこには前例もルールもなく、自らの知識とアイデアとインスピレーションが頼りだったと思います。だからこそ、これまで誰も見たことのない、しかもお客さまに強く訴えかける作品に仕上がるわけです。

 実は福島屋の品ぞろえや棚づくりも、似たようなところがあります。まず品ぞろえについて、いわゆるナショナルブランドの商品はほとんど扱っていません。その代わり、全国の生産者が丹念につくられた優れた商品とオリジナルの商品をセレクトしてそろえています。地域のお客さまに、一般的なスーパーやコンビニより価値の高い商品をお届けすることこそ、福島屋の存在意義だと考えているからです。

 また、それをお客さまにアピールするのが棚づくり。個々の商品の良さを強調することも大事ですが、棚全体のバランスを保つことが重要です。そこで、商品をどのように並べれば魅力を伝えられるか、組み合わせを提案できるか、そして、お客さまにとって選びやすいか。正解のある話ではありませんが、反対に言えば無限の可能性があるわけです。独創に満ちた『ノーマ』を眺めていると、そのヒントをもらえるような気がします。

再生物語と福島屋を重ねる

 ちなみに、「ノーマ」は映画にもなっています(『ノーマ、世界を変える料理』、日本公開は2016年)。実はノーマは2013年に食中毒を発生させて人気と信頼を一気に失ったのですが、そこから奮闘し、1位の座に返り咲くまでを克明に追ったドキュメンタリーです。僕はこの映画をもう何十回も見ました。食材との向き合い方、スタッフとの向き合い方、それにお客さまへの思い、逆風に立ち向かう覚悟など、興味は尽きません。

 というのも、福島屋の近況と少し重なるからでもあります。僕自身のことを振り返ると、もともと家業だったよろず屋を本格的に受け継いだのは大学2年のとき。それから酒類販売業の免許を取り、業態をスーパーマーケットに変え、あくまでも羽村周辺で少しずつ店舗を増やしていきました。

 同業の先輩方から上場やM&A(企業の合併・買収)をすすめられることもありましたが、若造ながら事業を大きくすると、質を深掘りできなくなる気がして、一貫して小規模のまま。以来、一昨年まで約50年間、大もうけはできていませんが、赤字に転落したことは一度もありませんでした。

 ところが昨年、初めて赤字に転落。新型コロナ禍の影響もありますが、ずっと黒字だったことによる慢心があったのかもしれません。社内のモチベーションとともに、商品やサービスの質の低下を感じていました。

 追求すべきは、もっと創造的な品ぞろえ、棚づくりです。地域のお客さまには、通常のスーパーやコンビニより一段高いニーズがあることは、長年の経験から明らかです。その声に真摯(しんし)にお応えすることが、福島屋の使命かなと。『ノーマ』に載っている斬新な料理の数々を眺めていると、そんな思いがいっそう強くなります。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/小野さやか