こだわりのスーパー「福島屋」創業社長の福島徹さんが参考にしている本。3回目は『いのちの食卓』(辰巳芳子著)と『シューマンズ バー ブック』(チャールズ・シューマン著)。食にまつわる歴史、文化、背景を深く知ることで、お客さまに提案すべきものが見えてくるという。
一杯のお茶にも歴史と文化がある
僕は毎朝4時ごろに起きて、お茶をいただきながらゆっくり本や雑誌に目を通したり、お店のことを考えたりすることを日課にしています。用意しているお茶は、紅茶も含めて常に10種類前後。その日の気分によって選ぶのが、一日の最初の楽しみです。
言い換えるなら、「お茶」といっても多くの種類があるし、それぞれ最適な淹(い)れ方があるということです。またその背景には、それぞれの歴史や文化の物語があり、生産者の苦労や工夫がある。そこに思いを巡らせながらいただくと、いっそう深く味わえるわけです。
非常にささやかですが、日常を少しでも楽しく過ごせるなら、それに越したことはありません。僕はそういうことをお客さまにご提案したいし、できれば楽しんでいただきたいなと思っています。
だとすれば、商品を棚に並べるだけでは足りません。食材や料理法についてまず自分たちが深く広く学び、そのエッセンスのようなものをお客様にお伝えするまでが福島屋の役割だと自認しています。
だから僕自身、食に関する本はかなり多く読んでいます。特に料理研究家の草分け的な存在である辰巳芳子先生のご著書は、ほぼ全部読んでいると思います。どの本も、とにかく食を通じた文化や歴史、社会への造詣がきわめて深い。そしてしばしば日常生活のあり方や、人としての生き方にまで理路整然と言及されている。
さらには、たいへん厳しい書き方も辰巳先生の特徴でしょう。食に対していっさい妥協せず、そろえるべきものがそろわないなら食べなくてもいい、ぐらいの勢いがあります。食材を提供する側の人間として、僕は読むたびに身の引き締まる思いがします。ご著書は多数あっていずれも示唆に富んでいますが、ここでは特徴が端的に表れている『いのちの食卓』(辰巳芳子著/マガジンハウス)を推奨しておきます。
生産者とお客様の懸け橋として
食を大事にすることは、生産者を大事にすることでもあります。日本には、無肥料無農薬の自然栽培や、有機栽培などによるクオリティーの高い野菜・果物がたくさんあります。それだけ、高い志を持った生産者さんがいるということです。
ところが、皆さんたいへんな苦労をされています。もともと農地は狭いし、ケミカルなものを使わない以上、量を作れません。したがって販路を拡大できず、売り上げは限定的なのです。このままでは衰退していくしかないでしょう。
そこで福島屋としては、こういう生産者の野菜・果物をもっと多く、素早く扱うよう取り組んでいます。例えば山梨や埼玉、千葉のような近隣県の農家なら、取れたてのものを直接仕入れて店頭に並べるとか。あるいは北海道の農家から空輸しているものもあります。物価高騰の昨今、物流コストはバカになりませんが、何を優先してお客さまに商品を提供するかという話です。
また、こだわりの農家が作った国産大豆を使い、オリジナルの味噌やしょうゆも作っています。それから系列のレストランでは、こうした福島屋オリジナルの商材を使ったランチメニューを提供したり、ビュッフェスタイルを試してみたり、無農薬で作ってもらったおそばを打ってみたり。
あるいは有名なシェフの方や飲食店と連携し、福島屋が食材を提供してイベントを開くなど、しっかり育てられた食材がどれほどおいしいかを知っていただくために、いろいろ工夫しているわけです。結果的に福島屋の売り上げは超零細ですが、それでいいんじゃないですかね。
「伝説のバーテンダー」が語るこだわり
もう一冊、食ではなく「飲」について追求した本が『 シューマンズ バー ブック 』(チャールズ・シューマン著/福西英三監訳/松本みどり訳/河出書房新社)です。著者のチャールズ・シューマンは「伝説のバーテンダー」「神様」とも呼ばれる齢80超のドイツ人。ミュンヘンで人気のバー「シューマンズ」を経営する一方で世界中を放浪し、今日のバーの文化を築いた方として知られています。
チャールズ・シューマンは日本がお気に入りで、しばしば来日しているようです。私はめいっ子と知り合いなのですが、とにかく存在自体がカッコいいですよね。2018年には、本人が各国のバーを巡る姿を追った同名のドキュメンタリー映画も公開されています。
この本の半分は、カクテルのレシピです。膨大な種類のカクテルの作り方を、簡潔に紹介しています。しかしそれだけではなく、後半では一本一本のお酒にまつわるうんちくを、こと細かにつづっています。背景にある歴史や文化、製造過程、味覚の特徴、名称の由来、ラベルに込められた意味など。さらにはカクテルの作り方の「秘訣」や、バーテンダーの心得にまで触れています。世界中のバーテンダーがバイブルのように何度も読み返すと言われていますが、それも決して大げさではない気がします。
ここから伝わってくるのは、バーという空間へのこだわりと、バーテンダーという仕事への誇り。単にお酒を飲む場を提供するのではなく、さまざまな嗜好や事情を抱えたお客さまに、それぞれどんなお酒をセレクトすればいいのか、どうすればリラックスして楽しんでもらえるかを徹底的に追求しているわけです。
僕もかつては酒屋でしたが、当初はとにかく量を売ることばかり考えていました。でも年齢を重ねるごとに、クオリティーを追求しようと考えるようになった。新宿にある、洋酒の品ぞろえが豊富なことで有名なバーによく通ったことが影響しているかもしれません。お酒は舌先だけではなく、お店の雰囲気を感じながら、また一本一本の背景に思いを馳(は)せながら飲むほうが味わい深くなることを知ったのです。
特にお酒は、出来上がるまでに時間がかかります。ウイスキーにせよブランデーにせよ、数年から長いものだと数十年も熟成させます。利益先行で考えるなら、なかなか作りにくい商品です。そのため、いつの間にか姿を消した銘柄も少なくありません。
しかし、お酒の価値は経済合理性だけでは決まりません。それは、この本を読んでもよく分かります。実際、福島屋の六本木店では、1本100万円もするロマネ・コンティが年間で20本以上も売れます。それだけの価値を見いだしているお客さまが、少なからずいらっしゃるということです。
お店の「ミュージアム化」を目指して
別にロマネ・コンティに限った話ではありません。あらゆる食材について、お客さま自身にもっと価値を知っていただけたら、毎日の食卓はもっと楽しくなるはずです。そこに福島屋の役割があると思っています。
先ほど生産者と協力して価値の高い商品をそろえているという話をしましたが、それをお客さまにお伝えできなければ意味がありません。商品と値札だけが並んでいても、面白くないでしょう。無数にある商品の中から何を選ぶべきか、情報や知識が増えるほど、選択の基準も幅も変わってくるはずです。
福島屋は今までもそういう場であろうと努めてきました。しかしこれからは、さらにもう一歩踏み込みたい。今考えているのは、お店の「ミュージアム化」です。一流のバーのように、その場にいるだけで楽しめるような、あるいは一流のバーテンダーのように、それぞれのお客さまの嗜好や状況に合った最適な商品を提供できるようなサービスを展開したいと思っています。
例えば、一つ一つの商品にちゃんと説明をつける。どこで、どういう生産者が、どういう作り方をしたのか、どういう食べ方をすればおいしいのか、お客さまに寄り添って紹介するわけです。その“ストーリー”を知れば好奇心も湧くし、味わい方も違ってくるはずです。
それから福島屋では、もう10年以上前から「美味しい時間」という講座を開いています。お客さまの中から参加者を募り、食材やその料理法について一緒に学びましょうというものです。新型コロナ禍で一時中断していましたが、半年ほど前から再開しています。
毎日の食卓には、できるだけ健康にいいもの、おいしいものを並べたいと誰もが思うもの。しかし、そのために必要な知識やスキルを皆が持っているわけではありません。例えば野菜にしても、最もおいしい旬の季節があるはずです。
ところが今はあらゆる野菜が年中出回っていて、いつが旬なのかが分かりにくくなっています。ならば、まずはスタッフがその時々の旬の食材について勉強し、その成果をお客さまと共有すればいい。こういう講座をもっと拡充することで、「ミュージアム」の“目玉”になるでしょう。
最初に早朝のお茶の話をしましたが、知識は人生を豊かにします。味わいや潤いを増してくれるし、何より楽しくなれます。福島屋が、そんなことを体感していただける空間になればいいなと思っています。
取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真/小野さやか


