2024年8月、日経文庫は創刊70周年を迎えました。その長い歴史の中で、日経文庫は数々のロングセラーや経済・経営・ビジネス実務の名著を生み出しています。そこで、日経文庫の平井修一編集長と編集者が、さまざまなテーマでおすすめの日経文庫を解説。今回は、会計・財務の知識とスキルが身に付く6冊を紹介。一緒に解説するのは、会計の本に携わってきた編集者N。
日経文庫・平井修一編集長(以下、平井) 会計・財務関係の本は非常に分厚い「鈍器本」の世界です。専門的で内容も難しいものばかり。その水先案内人として、コンパクトに分かりやすくまとめている日経文庫がとても役立ちます。

今は仕事の中で会計や財務の知識が必要とされる場面が増えてきました。その最初のブームは1998年に稲盛和夫さんが『 稲盛和夫の実学 経営と会計 』(日本経済新聞出版)を出されたころです。文庫本の帯には、「会計がわからんで経営ができるか!」という稲盛さんの名言が書かれているのですが、会計学者の先生方は「わが意を得たり」とみなお喜びでした。
2000年代には日本企業でもM&Aが行われるようになる中で、「企業価値評価(バリュエーション)」という手法が一般的に使われるようになり、コーポレートファイナンスのニーズが高まってきました。さらに2014年に一橋大学名誉教授である伊藤邦雄さんを座長とする研究会から「伊藤レポート」が出され、「企業は、資本生産性を高め、投資家の期待に応えるべきだ」といった提言があり、こうした流れから会計・財務についての注目が再び高まってきたのではないかと思います。
編集N 確かに、伊藤レポートによって、ROE、ROIC、WACC(加重平均資本コスト)などへの注目は高まりましたね。数年前に経営共創基盤グループ会長の冨山和彦さんが「上場企業の社長の多くは、資本コストについて理解していない」と発言されたことも、ファイナンスのプチブームが起こる一つのきっかけのように感じています。
ファイナンスの実務家から信頼されている安心・安全な1冊
『コーポレートファイナンス入門 第2版』(砂川伸幸著、日経文庫)
平井 本書は、この連載の1回目「 何十年も売れ続けている定番の日経文庫11冊を編集長が解説 」でも紹介しました。
コーポレートファイナンスの考え方である、資本コストやDCF法(ディスカウントキャッシュフロー法/企業のキャッシュフローに注目して企業価値を算出する方法)について分かりやすく書かれています。説明の順番も優れているので、「これはどういう意味だったかな」と前のページに行きつ戻りつすることなく読み進められると思います。
著者の砂川さんからは、このようなメッセージをいただきました。「東京証券取引所が2023年に企業に対して、『資本コストや株価を意識した経営を実現するように』というメッセージを出しましたが、その基礎を学ぶにも本書が最適です」
この『コーポレートファイナンス入門 第2版』を読んでから、『 ゼミナール コーポレートファイナンス 』(朝岡大輔著、砂川伸幸著、岡田紀子著、日本経済新聞出版)や、世界のMBAの授業でも使われている『 コーポレート・ファイナンス第10版 』(リチャード・A・ブリーリー著、スチュワート・C・マイヤーズ著、フランクリン・アレン著、日経BP)に進むと、途中で挫折せずに学べるのではないかと思います。
編集N この本は平井さんが担当された本ですね。学者だけでなく、実務家からもすごく評価が高いと聞いていますが、その理由は何でしょうか。
平井 何より「分かりやすい」ことが一つあると思います。砂川さんは企業の人と共同研究され、いっしょにコーポレートファイナンスの本を書いているので、「ビジネス上で知りたいツボ」を押さえられているのかもしれません。
編集N 確かに安心・安全な1冊ですね。ファイナンスの実務家も、砂川先生の本を読んで勉強していると聞きました。それくらい、信頼性があり、分かりやすくまとまっているんですね。
『コーポレートファイナンス入門』の次に読むのがおすすめ
『はじめての企業価値評価』(砂川伸幸、笠原真人著、日経文庫)
平井 続いても、砂川さんの本です。先ほども言ったように2000年前後から「バリュエーション」という言葉が一般的に使われるようになりました。この「企業価値評価」については、日経BPやダイヤモンド社などから鈍器本が何冊か出ていますが、「もう少し手軽に読めるものを」ということで、この本をつくりました。
先ほどの『コーポレートファイナンス入門』の続編の位置付けです。タイトルに「はじめての」とありますが、初心者だけに向けた内容ではありません。共著者の笠原さんが実務家なので、「実際に企業価値評価を行う際に気をつけるポイント」も書かれています。
編集N フリー・キャッシュフロー(企業が自由に使うことができる現金)と資本コストをもとに企業価値をどう算出するか、さまざまな例を挙げて、じっくり解説されていますね。
かつて企業価値評価は、M&Aにおける買収価格算出など専門家向けのテーマでしたが、いまや経営戦略を議論する際の重要な判断材料となっていると聞きました。この本はビジネスパーソンが経営を数字で理解し、判断するにあたり必須となった企業価値評価について分かりやすく書かれています。
財務分析や資本コストといった個別論点を統合して、企業価値を算出するため、「企業価値評価は、ファイナンスの復習にぴったり」という声もあるとか。そういう意味でも『コーポレートファイナンス入門』『はじめての企業価値評価』という順番で読むのがおすすめですね。
とにかく分かりやすくするための工夫が随所に
平井 著者の中野さんは、「伊藤レポート」の伊藤邦雄さんの弟子に当たります。『コーポレートファイナンス入門』の砂川さんとも親しく、「私も日経文庫を書きますから、お互いに読まれる本にしましょう」とおっしゃっていたそうです。
こちらは「戦略的」とタイトルにあるように、CFO(Chief Financial Officer)の視点を持って、コーポレートファイナンスを学べるのがポイントです。例えば、「自己資本と銀行からの借り入れをどのような配分にするか」「利益をどのような形でペイアウトするのか」「配当で投資家に分配するか、あるいは自社株買いをするか。または設備投資に回すか」など、経営的な視点からコーポレートファイナンスを考える内容となっています。
というと、とても難しそうな本に思われそうですが、実は分かりやすく読めるように工夫されています。本の中に中野さんが登場し、中野さんに教えを請うゼミ生の竹之内健一さん、徳島令子さんの3人の掛け合いで、コーポレートファイナンスについて解説しているページもあります。
編集N 恥ずかしながら、私はこの本を読んだことがなく、今回初めて読みました。確かに分かりやすかったです。使われている言葉もやさしいですし、会話形式で解説され、読者を引きつける工夫が随所に施されていますね。
平井 そうですね。中野さんご本人も「精緻な理論的背景はなるべく圧縮して、直感的な説明を心がけました」とおっしゃっています。中野さんからは、「この本はM&Aと企業価値、資本構成、ペイアウトなど、実務的要請の強い論点を中心として、実践と理論の間の架け橋を目指しました。コーポレートファイナンスは一見すると、複雑にみえます。しかし、理論的な思考枠組みを組み合わせれば、意外に簡単に理解ができるものです。目の前の経営現象を整理・理解するための『メガネ』を用意したつもりです」というコメントもいただいています。
編集N 本を出版してから何年たっても著者との付き合いが長く続くのも、日経文庫ならではですね。
平井 日経文庫はロングセラーになったり、著者とまた別の本をつくったりすることも多いですからね。この日経文庫70周年企画も、これまでつくってきた価値の高い本を皆さんに知ってもらえる機会にしたいですね。
鈍器本になる分野をコンパクトにしたロングセラー
平井 この『会計学入門』も、連載の1回目「 何十年も売れ続けている定番の日経文庫11冊を編集長が解説 」で紹介したのですが、著者の桜井さんは、『財務諸表分析』『財務会計講義』といった本を出されていて、優れたテキストライターとして著名な方です。
この本は1996年が初版で累計10万部以上売れているロングセラー。といっても改訂を重ね、準拠した会計基準や巻末に資料として転載している財務諸表の実例は更新されているので、内容としてはそう古くはありません。
編集N 世に「会計」の本はたくさんありますが、会計は大きく2つに分かれます。1つ目は「財務会計」で、いわゆる決算書など社外に公表する数値ですね。2つ目は「管理会計」で、会社内部での意思決定に生かすためのもの。この本は「財務会計」に関する内容です。
また、財務会計の本も大きく3種類あります。1つ目は簿記。2つ目が財務会計論。3つ目が財務諸表(決算書)の読み方。この『会計学入門』は、2つ目の財務会計論についての本で、理論や会計基準について学者の先生が解説したものです。
桜井さんのもう一つの代表作『 財務会計講義 』(中央経済社)は全464ページ、伊藤邦雄さんの『 新・現代会計入門 』(日本経済新聞出版)は760ページ、と財務会計論の本はいわゆる鈍器本が多いのですが、この本は216ページと薄く、かつ値段もお手頃なので、こちらから先に読んでもいいかもしれませんね。
平井 そうですね。1冊で財務会計について分かり、1000円でお釣りが来るのはこの本のいいところですね。
60年以上売れ続けているレジェンド本 累計65万部以上のロングセラー
平井 続いては、書店に並ぶ日経文庫としては最古の本『財務諸表の見方』です。1960年初版で累計65万部以上という超ロングセラーとなっています。
編集N 60年以上、第14版と売れ続けている理由は何でしょうか。
平井 やはり、貸借対照表、損益計算書といった財務諸表について、基本から最新の改正までひと通り押さえているからだと思います。財務の初心者はもちろん、実際に仕事で使う人が「これはどうだったかな」と見直すためにも使えます。第14版では有価証券や金融商品会計、収益認識、KAM(監査上の主要な検討事項)といった新しい内容や具体例を加えています。
編集N なるほど。先ほどの例でいうと、この本は財務会計の中でも3つ目の財務諸表に関する内容ですね。授業に熱心な大学では「決算書の読み方」からシラバスを組むと聞きました。というのは、いきなり財務会計の理論や簿記から始めると「簿記の貸方と借方はどっちがどっちかなんて興味がわかない」と学生が挫折してしまうことがあるようです。ビジネスパーソンもいきなり理論や簿記から学ぶより、こういった「財務諸表の読み方に関する本」から読み始めると挫折を防げるかもしれませんね。
しかし、第14版はすごい。この本は平井さんの担当ですよね。編集長が引き継ぐのが伝統になっているんですか。
平井 いえ、そういうわけでは……編集者の異動や退職があっても引き受け手が見つからず、「編集長が担当します」ということがけっこうあります。編集長になると、どんなジャンルの本でもつくらないといけなくなります(笑)。
M&Aの目的や意義、実行プロセスまで分かりやすく解説
平井 M&Aは経営、財務、税務、会計、法律といった知識が必要な「総合格闘技」ともいえるテーマですね。私は1990年代の中ごろに、ベテランの会計士から「実は日本企業はM&Aに向いている」といわれ、驚いた記憶があります。
当時は今のようにM&Aが一般的ではなく、珍しいことでした。日本企業が向いている理由として教えてもらったのは、1つ目は日本企業にはバブル期の多角経営の余波で、本業とは関係のない子会社や事業部門をつくり、その整理が必要になったこと。2つ目はそういった子会社は組織がしっかりつくられており、M&Aによる切り分けはしやすいこと、でした。
あれから30年近くたってみると、まさにその言葉どおりでしたね。最近は事業承継のために会社を売却したり、経営者が外部から入ってきたりというケースもあり、さらにポピュラーになっていくと思います。ただ、M&Aの世界もすべての知識を網羅しようと思うと鈍器本のような専門知識を必要とする世界なので、基本的な知識がひと通り理解できるようになる日経文庫はおすすめです。
編集N この第3章で触れられている「企業価値評価」を扱う本だけでも、分厚いものばかりです。論点ごとに分厚い本が存在している中で、それらが一冊にまとまっているのは、改めて便利ですね。
本書は、M&Aの始めから終わりまで、プロセス中心の解説で、実務の流れを把握するのにもピッタリですね。デューデリジェンス(投資対象の価値、リスクなどを調査すること)、企業価値評価、M&A後の統合プロセスといった多くの個別論点に関する専門書を読んでいく上で基礎となる1冊だと思います。
平井 そうですね。著者の知野さんはKPMGでM&Aに関わってきた方なので、M&Aの目的や意義、実行のプロセスまで基本的な知識を分かりやすく解説してくださり、日経文庫のコンセプト「はじめの1冊」にふさわしい本です。M&Aは1+1=2ではなく、さらなるプラスとなる「シナジー効果」を目指す奥深いものでもあります。一方で、M&Aが成功する確率は3割とか、海外M&Aの8、9割は失敗するなどといわれる厳しい世界です。経営に関わる人だけでなく、ビジネスパーソンに読んでもらいたい一冊ですね。
取材・文/三浦香代子 写真・構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)






