書籍PRの第一人者・黒田剛さんが語るベストセラーPRを支える「非効率思考」。最終回となる今回は、挑戦を続ける上でのメンタル術に迫ります。毎日10人にPRを続ける理由や、断られても心が折れないための工夫、「相手の脳みそを借りる」発想法など、地道な積み重ねと独自のマインドセットの重要性を紹介します。粘り強く、楽しく続ける仕事術の核心です。

1回目 「スゴ腕PR黒田剛 プレスリリースは送らない『非効率』が生むベストセラー」
2回目 「スゴ腕PRの時間術 相手の時間を奪わない『15秒営業』」 から読む

村上春樹『職業としての小説家』から受けた影響

 これまでの2回は「非効率思考」を始めたきっかけ、非効率思考を可能にする時間術について紹介しました。今回はPRを続けるメンタル面についてお話しします。

 僕が独立し、PR会社を設立したのは2007年です。そのときに思ったことは「90歳までPRの仕事を続けたい」でした。会社を大きくするよりも、大好きな仕事を長く続けたい。そのために実行しているが「1日10PR」です。

黒田 剛(くろだ・ごう)
書籍PR/非効率家
株式会社QUESTO代表 1975年、千葉県で「黒田書店」を営む両親のもとに生まれる。須原屋書店学校、芳林堂書店外商部を経て、2007年から講談社にてPRを担当する。2017年に独立し、PR会社「株式会社QUESTO」を設立。講談社の『妻のトリセツ』(黒川伊保子著)は、シリーズ70万部を超えるヒットを記録。『いつでも君のそばにいる』(リト@葉っぱ切り絵)をはじめとする葉っぱ切り絵シリーズは30万部を突破。『続 窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子著、講談社)は、発売2カ月で50万部突破。その他、KADOKAWA、マガジンハウス、主婦の友社、岩崎書店、世界文化社など、多くの出版社にてPRを担当。非効率ながらも成果を出す独自の仕事術をセミナーなどで伝えている。

 実はこの決意には、村上春樹さんの『 職業としての小説家 』(新潮文庫)の影響がありました。村上春樹さんは長編小説を書くとき、「毎日、原稿用紙10枚書く」と決めているのだそうです。気分が乗らない日でも、とにかく頑張って10枚。もっと書きたくても10枚でやめる。いかにやりすぎず、いかにやらない日を作らないかが、継続するうえで大切だというのです。

『職業としての小説家』(村上春樹著、新潮文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 村上春樹さんのこの本を読み、僕も「毎日10PR」を誓ったのですが、最初は10人もPRする相手が見つからない。「断られるかも……」「無視されるかも……」と思うと、余計に連絡するのがおっくうになるという悪循環でした。

 でも、あるとき、ふと気づいたんです。「電話しにくい相手」「連絡しにくい相手」こそ、チャンスなんじゃないかと。連絡しやすい相手にするのは、自分が楽をしようとして、本気で挑んでいないのかもしれない。
 それなら、5分でいいから本気でPRの理由を考えて、ハードルが高い相手に売り込んだほうがいいんじゃないか。今は、連絡しづらい相手が思い浮かんだときほど、「よっしゃ!」と思うことができるようになりました。

PRを決めるには「相手の脳みそ」を借りる

 とはいえ、PR担当として「PRが決まらない」「相手から連絡がない」のは落ち込みます。
 僕もPRを成功させたい一心で、テレビのラジオ・テレビ欄をすべて読む、著者を出演させたいテレビ番組を見まくって研究する。といった時期がありました。しかし、残念ながらいくら相手側を研究したからといって、PRが成功するわけではないんです。僕は「情熱大陸」(MBS)に著者を出したいと必死に見ていましたが、それでは、ただの「情熱大陸に詳しい人」にしかなれませんでした。

 それより大事なのは、「相手の脳みそを借りる」ことです。例えば、PRを担当している本の著者をテレビ番組に出したいのなら、その番組プロデューサーに「この著者を番組に出演させるには何が足りませんか?」と聞いてみる。そうすると「もうちょっと若年層の人気がほしい」「海外での活躍経験があるといい」といった答えが聞けます。答えが分かれば、「海外での書籍展開の可能性をすぐ編集者に確認し、再度提案する」といった具体策を立てられます。

 「相手の困りごと」も聞くようにしています。TV番組のディレクターに「いま、企画会議ではどんな人が求められていますか」と聞き、「分野は問わず、日本一の人を探しています」というヒントが聞ければ、しめたものです。

 自分の仕事とは直接関係ない頼まれごとも積極的に動きます。例えば、僕は元講談社で今も講談社の仕事をしていることもあり、「漫画編集者にインタビューしたいのですが、紹介していただけませんか?」と言われることもあります。直接は関係ないのですが、そのときも喜んで動きます。相手に「何かのときに頼りになるな」と思ってもらえればいいのです。
 PRが決まらないときほど「相手の困りごとを忘れていないか」と初心に立ち返るようにしています。
 実は自分が机上で考えたアイデアは、ほぼ無価値。それよりも相手の頭の中にあるアイデアを取り出すのがPRの神髄だと思います。

「その後どうですか」とは聞かない

 このことに気づいてから、僕はPRの相手に「その後、どうですか」とも聞かなくなりました。残念ながら、PRしても相手から連絡がないことは多々あります。でも、連絡がないということは、その時点では可能性がないんでしょう。そこを深追いするよりも、違うアプローチを考えたほうがいい。めげずに、また違う相手に「毎日10PR」です。

 PRとは「野球の素振り」みたいなもの。そう感じたのは落合博満元中日ドラゴンズ監督の指揮官としての姿と、その背景を描いたノンフィクション『 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか 』(鈴木忠平著、文藝春秋)を読んだときでした。
 落合さんというと、選手としては史上初の三冠王を3度達成。監督としても2004年に中日ドラゴンズの監督に就任してから8年間で球団史上初の2年連続リーグ優勝を含む4度のリーグ優勝、1度の日本シリーズ優勝を果たした名選手であり名将です。

『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(鈴木忠平著、文藝春秋)/画像クリックでAmazonページへ
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 その一方、「オレ流」という独特の采配や、現役時代は「練習嫌い」という言葉が一人歩きしたこともありました。
 しかし、落合さんは現役時代、試合後も誰よりも長く1人で素振りをし、人にどう思われようと努力を怠らない方でした。野球界のレジェンドですら、地道な努力を続けていたのです。この本では、監督の立場となった落合さんが、絶え間ない努力の重要性を選手たちに伝えています。読み終えたとき、僕も努力の大切さを改めて深く理解しました。
 ベストセラーを生むPRも毎日の積み重ねがあってこそだと思うのです。僕の「毎日10PR」は落合さんの素振りと同じ。PRの仕事を続ける限り、この習慣は毎日欠かさず続けていこうと心に決めています。

 僕は子どもの頃、全校集会のときや授業中に友達に話しかけたり、勝手なことをしたりして、怒られるタイプでした。でも、今のPRは人と違うことをやったほうが思わぬ結果が出て、褒められる。だから楽しくて、続けられているのかもしれません。

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/吉澤咲子