エネルギーアナリストの大場紀章さんによる「新・石油危機とエネルギー問題を考えるための本」3回目は、未来予測の本。『魔術師と予言者』(チャールズ・C・マン著)は、食料や水、エネルギーなどの未来を「魔術師派」と「予言者派」という両極の立場から描き出す。『人新世の「黙示録」』(斎藤幸平著)は日本の「予言者派」の代表として位置付けられる。『コロナ後を襲う世界7大危機』(柴田明夫ほか著)では、今後、石油の採掘コストが上がり石油の供給が減っていくと予測する。

未来を読む2つの視点

 これまで石油危機とエネルギー問題についての本を取り上げてきました。最終回はエネルギーの未来を予測するうえで役立つ本を紹介します。

 1冊目は『 魔術師と予言者 2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い 』(チャールズ・C・マン著/布施由紀子訳/紀伊國屋書店)です。本書はジャーナリストのチャールズ・C・マンが「30年後に地球の人口が100億人になったとき、人類は地球で生きていけるのか」を考えた本です。生態学者ウィリアム・ヴォートを「予言者派」、ノーベル平和賞を受賞した農学者ノーマン・ボーローグを「魔術師派」として位置付け、両者の研究の足跡を追いながら、世界のエネルギー、食料、水、気候変動の未来を論じています。

『魔術師と予言者』(チャールズ・C・マン著/布施由紀子訳)
『魔術師と予言者』(チャールズ・C・マン著/布施由紀子訳)

 食料問題においてヴォートは、「人類は限られた生態系の中で生きるしかない」という「予言者」の立場です。ヴォートは1930年代にペルーで海鳥の調査を行いました。当時、海鳥のフンは農業の肥料として用いられていました。しかし、海鳥の数を増やし、肥料を増産するのは困難だから、農業には限界がある。だから人間は限られた生態系の中で生きるしかないと考えました。

 一方、ボーローグは1960年代、病気に強く、生産性の高い小麦の品種改良に成功し、いわゆる「緑の革命」を起こした人物です。技術革新によって人間は生き延びることは可能だという、ヴォートとは対照的な「魔術師」の立場をとります。

 社会課題へのアプローチとしては、両者に学ぶべき点があります。現在、未来への提言を行っている論者は、「予言者派」か「魔術師派」のどちらかに属すると言えるでしょう。

人類の経済活動が地球を破壊しつくす?

 2冊目に紹介するのは『 人新世の「黙示録」 』(斎藤幸平著/集英社)です。「人新世」は著者の前著『 人新世の「資本論」 』(集英社新書)で有名になった言葉で、著者は「人類の経済活動が地球を破壊しつくす時代」と説明しています。気候崩壊によって恒久欠乏経済、テクノファシズムがやって来る「黙示録的未来」を予測します。

『人新世の「黙示録」』(斎藤幸平著)
『人新世の「黙示録」』(斎藤幸平著)

 なぜこの本を取り上げるかといえば、テクノロジー信奉者のイーロン・マスクやピーター・ティールが「地球に住めないなら火星に移住すればいい」「技術革新の先に人類が生きる未来がある」という「魔術師派」であり、彼らの声がとても大きくなっているのに対し、斎藤さんは数少ない「予言者派」だと思うからです。

 私はこの本を読んで、斎藤さんは「思想家の面が強い予言者」のように感じました。つまり、人々があるべき未来を望めば、世界はそちらに向かうに違いないという信念を持っているのだと思います。

 もっとも、私自身はそうした考え方には懐疑的です。結局、世の中はなるようにしかならない。「歴史というのは結果論でしかない」とも思います。もし、ボーローグの品種改良が失敗していたら、「魔術師派」は台頭しなかったかもしれません。

 ただし、この本の価値は、予測が当たるかどうかにはないと思います。気候変動を排出量の数字の問題としてではなく、私たちの労働や暮らしの形の問題として描き直したこと、そして「全体主義にならない計画経済はあり得るか」という、避けられがちな問いに正面から答えを出そうとしたこと。この2点は、立場が違っても率直に評価すべきだと思います。「予言者派」の議論がここまで具体的に書かれているものは、日本には多くありません。

石油の有用性は下がる

 最後に、資源やエネルギー、食料や気候変動の未来を論じた本、『 コロナ後を襲う世界7大危機 石油・メタル・食糧・気候の危機が世界経済と人類を脅かす 』(石油経済研究会 柴田明夫、中田雅彦、大場紀章、星野克美著/NextPublishing Authors Press)を紹介します。石油、代替エネルギー、鉱物資源、食料などの専門家が世界の最先端研究を解析して取りまとめた1冊で、私も共著者に名を連ねています。

 本書は新型コロナウイルス禍の最中の2021年に刊行された本で、全体として悲観的なトーンが強くなっていて、その予測は『人新世の「黙示録」』と似ているところもあると思います。

『コロナ後を襲う世界7大危機 石油・メタル・食糧・気候の危機が世界経済と人類を脅かす』(石油経済研究会 柴田明夫、中田雅彦、大場紀章、星野克美著)
『コロナ後を襲う世界7大危機 石油・メタル・食糧・気候の危機が世界経済と人類を脅かす』(石油経済研究会 柴田明夫、中田雅彦、大場紀章、星野克美著)

 私は石油を担当しました。今後石油の有用性は下がり、石油の供給が減っていくと予測します。なぜそうなるかというと、採掘コストが上昇しつつあるからです。

 石油に限らず、地球上にある資源はまばらに分布しています。クッキーを砕くと、大きな破片の数は少なく、小さな破片の数は多くなります。これを「べき分布」と呼びます。油田も同じで、大きな油田は少ししかなく、小さな油田はたくさんあります。

 これまで大きな油田の採掘が中心だったので、採掘コストは非常に低く抑えられてきましたが、これからは小さな油田にシフトしていくので、当然採掘コストが上がっていく。採掘コストが上がり供給不足になれば、石油価格は上昇、世界は不景気となります。その結果、需要が減り、石油価格は再び下がります。景気が回復すれば、また石油価格が上がる――こうしたサイクルが2005年ごろ以降見られるようになりました。

「脱石油が進行すると、中東産油国の重要性が下がっていきます」と語る大場紀章さん
「脱石油が進行すると、中東産油国の重要性が下がっていきます」と語る大場紀章さん

 中長期のトレンドで見れば、需要家は値段が上がる石油を控えるようになり、脱石油化が進行します。とりわけ自国で石油を産出できない欧州、中国などでは、輸送手段の電動化を政策として進めることになります。

 もっとも脱石油が進行するといっても、すぐに需要が減るわけではなく、少しずつです。プラスチックや医療機器など代替が難しい用途では石油は引き続き使われ、代替可能な分野で別の資源の利用が進むでしょう。

 石油の有用性が下がっていくと、産油国よりも再生可能エネルギーや原子力などのエネルギーを持っている国が優位になります。脱石油の大きなリスクは、世界にとって中東地域が重要でなくなっていくこと。それはそれで恐ろしい事態が起きるかもしれません。

 また、再生可能エネルギーの比率が上がっていけば、もしかすると土地をたくさん持っている国が重要になるかもしれません。

 石油の時代が終わるとすれば、それは石油が尽きるからではなく、割に合わなくなるからだと私は考えています。そしてその過程は、価格の乱高下や産油国の地位の変化を通じて、何十年もかけてじわじわと進みます。今回のホルムズ海峡封鎖も、その長い過程の中で起きた1つの出来事として捉えたほうがよいのではないでしょうか。

 危機のときには、どうしても目の前の供給と価格に議論が集中します。しかし、連載第1回「 現実になったホルムズ海峡封鎖 今こそ振り返るべき第1次石油危機 」で紹介した第1次石油危機の検証本が教えてくれるのは、危機の最中の判断がいかに情報不足の中で下されるか、ということでした。連載第2回「 日本は『再分配連盟の天国』? 石油危機による危機ビジネス発生に注意 」で取り上げた『エネルギーと公正』(イヴァン・イリッチ著/大久保直幹訳/晶文社)が問いかけるのは、そもそも私たちは何のためにエネルギーを使っているのかということです。

 未来は、予言者の言う通りにも、魔術師の言う通りにもならないでしょう。それでも両方の議論を知っておくことは、次に危機が来たときに慌てないための、一番確実な備えになるのではないかと思います。

文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子