エネルギーアナリストの大場紀章さんによる「石油危機とエネルギー問題を考えるための本」2回目は、エネルギー問題を考える2冊。『JAPAN2020 不機嫌な時代』(ピーター・タスカ著)には、「再分配連盟」というくだりが出てくる。危機に乗じて政府に頼ろうとする姿勢は、今の石油化学業界にも見られるという。もう1冊は『エネルギーと公正』(イヴァン・イリッチ著)。エネルギーの大量消費は自然環境を破壊するだけでなく、社会全体の公正を犠牲にすると説く。

日本は「再分配連盟の天国」

 前回は石油危機を振り返りましたが、今回はエネルギー問題を考えたいと思います。もっとも、「今の日本の石油使用量」「電源構成の割合」などミクロの現状を知りたければ、経済産業省の「エネルギー白書」を読めば手っ取り早いし、確実です。でもそれだけでは面白くないので、私自身がエネルギー問題を考える際、何度も読み返している2冊を紹介します。

 1冊目は『JAPAN2020 不機嫌な時代』(講談社)です。金融アナリストであるピーター・タスカさんが、1997年当時に「2020年の日本はどうなっているか」について書いた本です。日本の「失われた30年」を予言するような内容で、今読んでも古さを感じません。

『JAPAN2020 不機嫌な時代』(ピーター・タスカ著)
『JAPAN2020 不機嫌な時代』(ピーター・タスカ著)

 私が特に印象に残ったのは「再分配連盟」というくだりで、これはエコノミストのマンサー・オルソンの言葉です。1つの社会構造が長く続くほど利害団体の数が増え、発言力が大きくなり、イノベーションを妨害し、経済の中のフローを自分たちの懐に移転するというのです。

 人口減少社会においては、既得権益を得る側はより一層、既得権を強くしようとします。企業別労働組合と業界団体のある日本は、族議員、業界寄りの行政も手伝って、新規参入の難しい「再分配連盟の天国」になると説いています。

 本書では再分配連盟の事例として、車検制度が挙げられています。車検は車を安全に運転するには必要でしょうが、車の安全性能が高まっていることを考えれば、2~3年に1度の検査は過剰だと著者は指摘します。しかし、車検自体が修理業者の既得権になっているために、効率化しようという力は働きません。私たちはこの30年間、「誰も手をつけられない聖域」が増えるのを嫌と言うほど見てきました。

 石油化学もまた新規参入障壁が高く、既得権益を守ってきた業界です。今回、米国とイランの戦争をきっかけにナフサの供給不足が問題になりましたが、石油化学業界は「ナフサ確保に日々奮闘している」と訴えました。

 しかし、今回の危機以前から石油化学業界は問題を抱えていました。新規の投資や研究開発が進まず、中国との価格競争に負け、設備稼働率が低下したままです。言い方は悪いかもしれませんが、今回のナフサ不足に乗じ「石油製品の供給は日本にとって死活問題。だから、我々のことを守ってください」と政府に訴えているようにも見えます。

 今後、政府による支援策や業界再編が進むかもしれませんが、私は「これと似たことをほかの業界でも見たな」という既視感を抱きます。

 何かの危機が起きると、「危機ビジネス」が発生しやすくなります。新型コロナウイルス禍ではマスクだけで何百億円もの税金が投じられました。エネルギー業界はもっと規模が大きく、石油だけで兆円単位のお金が動きます。「ホルムズ海峡が封鎖されたから」と言えば、正当化されてしまうかもしれません。失われた30年の失敗を繰り返さないよう、国民は注視していくべきです。

「今回の危機以前から、石油化学業界は問題を抱えていました」と話す大場紀章さん
「今回の危機以前から、石油化学業界は問題を抱えていました」と話す大場紀章さん

移動のために労働する私たち

 2冊目に紹介するのは『エネルギーと公正』(イヴァン・イリッチ著/大久保直幹訳/晶文社)です。著者はジェンダーや労働、医療、学校などに関する著作で知られていますが、本書はエネルギー問題を取り上げています。

 本書には「速度の臨界」についての議論が紹介されます。「乗り物の速度がある境界をこえると、市民は運輸機関の消費者となる」。どういうことかと言うと、例えば私たちは車や飛行機に乗りますが、速い乗り物ほどお金がかかる。私たちは、車に乗っているときも、乗っていないときにもお金と時間を使っている。車を買うためにローンを組み、保険料、税金、ガソリン代、駐車場代などを払うために働いているからです。

『エネルギーと公正』(イヴァン・イリッチ著)
『エネルギーと公正』(イヴァン・イリッチ著)

 著者は、典型的な米国人は7500マイル走るのに1600時間をかけている、つまりこれは歩く速度と同じ時速5マイルで移動しているのと変わらないと指摘します。

 現代の日本に置き換えると、年収500万円ぐらいの人が一般的なセダンに乗って、ガソリンを使って移動すると、社会的有効速度は時速15キロぐらいが限界となる。自動車に乗っている間は便利なように思えても、実は私たちは移動手段のために働いている。これでは私たちは何のために生きているか分からない。だから、政治や社会は適正な移動手段を設計する必要があり、それこそが「エネルギーと公正」のあり方だと説きます。

 また、イリッチは人々がスピードにまひする姿についても言及します。高速道路ができると、隣り合って暮らしていた人々の間にくさびが打ち込まれる。山奥に舗装道路ができると、若者たちは都会に出て行ってしまう。

 乗り物に運ばれるくせがつくと、自分で領土を確立し、自らの足跡をしるし、主権を主張することがなくなる。自信を持って他者を受け入れ、他人と意識的に場を分かち合うこともできなくなるとも言っています。人間に適した移動速度は自転車のスピードだと言っているのも面白いところです。

 イリッチは経済活動や資本主義自体を否定しているわけではありません。「コミュニティ形成にとって、より適切な移動手段があるはず」という考えは興味深く、私は何度も読み返しています。

 2011年の東日本大震災以降、エネルギー問題というと、電力の問題ばかり議論されてきました。しかし、電力エネルギーはエネルギー全体の約4分の1に過ぎません。それ以外は熱や輸送のために使われています。

 今回のナフサ不足で、約50年ぶりに石油資源の問題が注目されました。現在、石油は主にナフサやプラスチック製品、輸送手段のためのガソリンや軽油として使われています。

 本書を読むと、どの部門にどのエネルギーをどのように使っていくのが、私たちにとって最も良いことかを考えたくなります。ガソリン車か、電気自動車かという選択の前に、そもそも私たちはどのぐらいのスピードで移動しながら社会をつくるべきなのか、エネルギー問題をより大きな視野で捉えた本です。

文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子