小さい頃から本に囲まれて生活をしてきた株式会社マクアケ共同創業者/取締役の坊垣佳奈さん。新卒1年目に訳も分からず、自分の仕事に関するビジネス書を読みあさるという「がむしゃら期」を越えると、少し自分と向き合う余裕が出てきたそうです。「いったい自分はどうしたいのか」と未来について悩んでいたときに手に取ったのは『自助論』でした。坊垣さんが20代に薦める書籍を紹介する連載第1回。
読むものすべてが新しかった20代
私の母は絵本が好きで、ボランティアで絵本の読み聞かせをしていました。自宅には「絵本部屋」があり、私もかなりの冊数の本を読んで育ちました。絵本も読みましたし、『ドリトル先生』シリーズが好きで、読破しました。もしかしたら、大人の今よりも本を読んでいたかもしれません。
新卒でサイバーエージェントに入社してからも、読書を習慣化していました。社会に出たばかり、仕事も始めたばかり。まだ20代で何も経験していなかったから、読むものすべてが新しく、楽しかったんです。ビジネス書だけに限らず、さまざまなジャンルの本を読みました。インプットへの欲求がものすごく高まっていた時期でしたね。
『自助論』 (サミュエル・スマイルズ著/竹内均訳/知的生きかた文庫<三笠書房>)を読んだのは、20代半ばだったと思います。
新卒1年目に訳も分からず、自分の仕事に関するビジネス書を読みあさるという「がむしゃら期」を越えると、少し自分と向き合う余裕が出てきました。それと同時に、次のステージの悩みが生まれてきたんです。
私たちの世代は今のように「女性がずっと働き続けること」が100%正解ともいえない時代でした。結婚するのか、出産はどうするのか。ITベンチャーで忙しく働くなかで、周囲には体調を崩す人もいました。仕事ではやることが多過ぎて、でも、ただ「数字のために頑張る」のは違う気もして、いつもモヤモヤしていました。いったい自分はどうしたいのか。こんな状態で未来のことをちゃんと考えられているのか──と思い悩んでいたときに、人から薦められたのが『自助論』でした。
この本の初版が出版されたのは1858年。日本では1872年に初版が出版された福澤諭吉の『学問のすすめ』と並んで読まれ、大ベストセラーとなったそうです。
『自助論』では、タイトルにもあるように、「天は自ら助くる者を助く」という「自助」の精神の大切さを説いています。
「世界を動かそうと思ったら、まず自分自身を動かせ」(ソクラテス)、「天才とは、一つの問題に深く没頭した結果、生まれるものだ」(ビュフォン)、「死やいかなる苦行が待ち受けていようとも、一つの魂を救うためには、たとえ一万回でもその中に飛び込む覚悟がある」(ザビエル)など、古今東西、さまざまな分野で活躍した人々のエピソードや言葉が引用されています。
どんな状況も「自分事にする」
私はこの本を読んで、それまでの悩みがすーっと消えていくように感じました。哲学的な言葉の数々が自分を励ましてくれましたし、「自分を助けられるのは自分だけだ」と、腹落ちできたのだと思います。
仕事をしていると、本当にいろんなことがありますよね。20代はとにかく目の前のことに必死で、それでもうまくいかないことが多くて、「あの人が分かってくれない」「タイミングが悪い」などと、人や環境のせいにしがち。そうやって、何かのせいにして生きていくことはできるけれども、実はそれが一番自分を苦しめる原因となります。なぜかというと、他人を変えることはできないし、環境も変わらないから。アンコントローラブル(制御不能)なんです。
だから、結局は自分が変わるしかないし、自分しか自分のことを助けてあげられない。どんな状況にも逃げずに向き合い、目の前の課題を自分事として捉える。それが自分を一番成長させてくれる。この本質的な考え方に20代のうちに出合えたのは、自分にとっても大きな意味がありました。
悩みってモヤモヤしているうちは捉えどころがないけれど、「自分でコントロールできる」と思って動き出すと、解決策が見えてきます。そうすると悩みが悩みではなくなるんですよね。
今でも悩んだり、つい人や環境のせいにしがちだったりするときには読み返し、「自分にできることは何かな」と自問自答しています。読むたびに「考え方の中心軸」を戻してくれる1冊です。
人として大事な部分とは?
この本を男女問わず、新入社員や若い人に、「悩んでいるなら読んでみて」とプレゼントすることも多いですね。
早い時期に「自分を助けられるのは自分だけだ」と分かっていると生きるのがラクになりますし、自分を助けるためのステップを一つひとつ積み重ねていくことが形になり、すごく自信にもなります。まだ自分の実績が何もないときでも、まずは自分を信じて、「自分が自分を形づくるんだ」という信念を持って、社会人生活をスタートさせることができます。
160年以上前に出版された精神論を説いている本ですが、読みにくくはありません。内容も古くはなく、いつの時代も自分で道を切り開いた人たちの考え方や、人間の根底にある大事な部分は変わっていないのだと気づかされます。
人として大事な部分というのは、私は「素直さ」だと思います。よく、「マクアケの採用基準はなんですか。どういう人を採用しますか」と聞かれるのですが、私は「素直であること」と答えています。
仕事では予測不可能なことや、自分の思い通りにならないことが山ほど起きます。でも、やはりチームで仕事をしている以上は話し合い、着地点を探し、ときには素直に自分の非を認め、人から言われたことを受け入れ、改善しながら仕事を進めないといけません。いくらスキルがあっても、素直さがないと他人とは仕事ができません。人間は一生勉強、一生成長です。
この本はそうした人間の根底にある大事な部分について考えさせられますし、マクアケの企業精神にも通じる1冊といえます。
取材・文/三浦香代子 構成/雨宮百子 撮影/小野さやか