「スペースX」という企業は、ロケットの再利用や全世界高速インターネット衛星通信網など、常人では実現できない“奇策”で成長してきました。そのため同社の経営は「天才・イーロン・マスクがやることだから」で思考停止しがちです。が、実はいくつかの補助線を引くと、スペースXのテクノロジーやマネジメントについての考え方は案外すっきり理解できます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の現役ロケットエンジニアと、ディープテックへの投資経験が長いベンチャーキャピタリストが、ビジネスパーソンに参考になる形で、スペースXの考え方を読み解く書籍『 ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX 』から、抜粋してお送りします。その第8回。今回からは、米スペースXが開発中の超大型ロケット、「スターシップ」に込められたイーロン・マスクの野望を読み解いていきます。=一部再編集あり、文中敬称略

巨大な打ち上げ能力に見合う需要はあるか
まず、スターシップの最大のリスクに触れておきましょう。
スターシップは、全段(第1段+第2段)の完全再使用を目指したロケットになっており、技術面に着目すると数多くの開発リスクがあります。
しかし技術にも増して最も大きなリスクは、仮に開発に成功したとして、その巨大な打ち上げ能力に見合う輸送需要が本当にあるか、または、生み出すことができるか? という点です。
第1段のみを回収・再使用する現在の主力機「ファルコン9ブロック5」は再使用によって約3割の打ち上げ能力の低下が生じています。それに対し、ロケット全体を回収・再使用するスターシップでは、能力低下はさらに著しくなります。
といっても絶対的な打ち上げ能力は高いのですが、その巨大なサイズの割には運べる荷物(人や衛星など)の重さが小さい、効率が悪いロケットと言えます。(再使用で打ち上げ能力が下がる理由は「『ロケット再使用で稼ぐ』ためにここまでやったスペースX」で詳しく説明しました)。
「効率が低下するロケット再使用でもしっかり稼げるようにする」ために必要なのは、一にも二にも打ち上げの回数(頻度)です。増えれば増えるほど、ロケット1機当たりのコストは下がり、打ち上げ作業や回収作業、整備・点検などの効率を向上させられるからです。
スターシップは米航空宇宙局(NASA)の月面開発プロジェクト、アルテミス計画の一環を担うことになっており、NASAからの開発資金の提供が見込め、ミッションが始まれば継続的な月探査が期待できます。しかし、NASAによる有人月探査の頻度は、おそらく、せいぜい年数回です。
そしてスターシップの第2段機体に搭載された推進剤(燃料+酸化剤)は、地球低軌道に到達するまでにほぼ使い果たしてしまうため、低軌道から月に向かうには、推進剤を注入するための別のスターシップを打ち上げ、地球の衛星軌道上で推進剤を補給する必要があります。
月に着陸するためには10回以上の補給、つまり10回以上の追加打ち上げが必要になります。しかし、それを含めても総打ち上げ回数はせいぜい数十回/年にとどまります。マスクが目指す、毎日のようにスターシップが打ち上がるほどの需要は、NASAのアルテミス計画だけではとても見込めません。
スターリンク衛星の更新に活用
ではどうすればよいでしょうか。「大誤算から逆転の『スターリンク』 『需要がないなら自分で使おう』」でご紹介したように、再使用が可能になったファルコン9に対して打ち上げ頻度を確保するため、スペースXは自社で需要を創り出しました。
そのときファルコン9、そしてスペースXを救ったコンステレーション衛星通信事業、スターリンクが、今回もスターシップの打ち上げ需要を生み出すために使われようとしています。
つい最近、2026年9月28日(現地時間)に、スペースXはスターシップの14回目の飛行を行い、初めてスターリンク次世代通信衛星(V3)26基を地球周回軌道に投入し、全基との通信を確認したと発表しました。
スターシップの側面に開けられたスリットから、太陽光発電パネルを畳んだお盆のようなスターリンク衛星が続々と射出される動画が公開されたので、ご覧になった方も多いと思います。このお盆のような形状については、「『全員クビだ』 説明の途中で衛星開発チームに言い放ったマスク氏」で触れました。
スターリンク衛星はV0.9→V1.0→V2.0mini、そして今回のV3へと次々にバージョンアップされ、その度に大きく、重くなっています。初期のV0.9はファルコン9で一度に60機程度を打ち上げられたのですが、現在のV2.0miniは25機程度になっています。
ファルコン9の低軌道への打ち上げ能力(最大)は公称値の22.8トン、第1段を再使用する場合は約3割減っておそらく16~17トン程度です。一方、スターシップの低軌道打ち上げ能力は完全再使用で約100~150トンとされています。通信速度が大幅にアップする大型衛星であるスターリンクV3を大量に打ち上げることが可能になり、一気にサービスを向上することができます。
軌道上のスターリンクをV3衛星に迅速に置き換えていくために、スターシップがファルコン9並みの「2日に1回の打ち上げ頻度」に届く日はそれほど遠くないと思われます。しかし、マスクはその程度で満足する気はさらさらないようです。
巨大ロケットで軌道上にデータセンターを構築
さらに高い頻度の打ち上げを実現するため、マスクはスターシップのための新たな自家需要創造の手を打ってきました。それが「軌道上(宇宙)データセンター」です。
まずはデータセンターとは何か? をご説明します。
インターネットの発達に伴い、データセンターの需要が激増しています。皆さんがSNSで発信したり、アマゾンで買い物したりする度に、そのデータはデータセンターと呼ばれる、大量の計算機を内部に備えた巨大設備に送られ、処理されています。
特に、ここ数年の進化が著しい生成AIは、これまでよりもはるかに膨大な情報をストックし、それらを高速に分析、処理することでアウトプットを実現しています。そして生成AI技術で覇権を握るため、テック企業大手は膨大な資金を投入しており、生成AI向けデータセンターの建造ニーズが極端に高まっています。
しかし、データセンターが数を増すにつれ、以下のような弊害が明らかになり、新たな建設にはコストと時間を要するようになりました。
第一に、データセンターは膨大な電力を消費するため、地域の電力需要を逼迫させます。新たな発電所や送電網の整備が必要になり、時間もコストもかかります。
第二に、データセンター内の計算機の排熱量もこれまた膨大となり、冷却のためにさらに使用電力が増加します。
第三に、データセンターは巨大で窓のない箱型建築物となるため、近隣の住民がその外観を受け入れられず排斥運動が活発になりつつあります。
このような課題に対応するため、マスクやアマゾン創設者のジェフ・ベゾスなど、名だたるIT(情報技術)業界の先駆者が軌道上データセンターに注目しています。
日本企業も軌道上データセンターに続々参入中
宇宙にデータセンターを置く、と聞くと「相当未来の話では?」「米国企業の独擅場(どくせんじょう)だろう?」と、思われる方が多いでしょう。宇宙ビジネスと接点がないとそういう感覚かもしれませんが、現場では既にリアルなビジネスという感覚で、異業種からの参入も始まり、日本企業も含めて市場が盛り上がっています。SpaceBlast(スペースブラスト、東京・千代田)のように、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から「軌道上データセンター構築技術」の開発を実施する機関として採択された企業も現れました。
宇宙ビジネス市場の盛り上がりは、業界の縮図ともいえる展示会の規模にダイレクトに表れています。日本最大級の宇宙ビジネス展示会「SPEXA(スペクサ)」(次回会期:27年5月12日[水]~14日[金]、東京ビッグサイト)を主催する吉田桜子・SPEXA事務局によると、出展社数は初回の24年の80社から26年には320社へと、2年間で4倍に増加しました。中でも一番ホットなテーマが軌道上データセンターで、同社は今月(26年10月)のIT展示会「Japan IT Week」内で、「宇宙データセンターの実現のためのカンファレンス・展示会」を緊急開催することを決定しました。

実はこの連載でご紹介している『ロケット開発者と投資のプロが読み解く スペースX』という本がきっかけとなり、書籍で触れたマスクの「奇策」の極め付きを、このイベントで直接お話しすることになりました。正式名称は「SPEXA【国際】宇宙ビジネス展-サテライト」(会期:26年10月21日[水]~23日[金]、講演は21、22日の午後12時30分~ 会場:幕張メッセ Japan IT Week内、主催:RX Japan)で、小松と後藤が登壇します。
データセンターは宇宙に造るほうが安くて早い?
さて、具体的にはどのようにして軌道上にデータセンターを構築するのでしょうか。地上データセンターのような、1辺数百メートルにおよぶ巨大な箱型衛星を打ち上げる……わけではありません。
データセンター内の計算機ラックを1機の衛星とし、全部で数万機かもっとたくさんの衛星を軌道上に配置して、それらを軌道上の光通信網で結びます。すると、地球周回軌道に広がるAI計算機衛星の群れが一体となって、データセンターとして稼働することが可能になります。
衛星一機一機が太陽電池パネルを備え、自分で発電して電力を賄いますから電力供給の問題もありません。
計算機からの排熱についても、衛星の設計には工夫が必要なものの、1機当たりの電力使用量は地上のデータセンター施設全体に比べれば十分に小さく、冷却は深刻な問題にならない可能性があります。
現在、データセンターを新規に建設するには、土地の入手、電力網への接続、光ファイバー網への接続と、建設業者の作業の順番待ちの長い列に並ばねばなりません。
これに対し、巨大な打ち上げ能力を持ち、再使用による低コスト化が可能なスターシップを有するスペースXであれば、地上に整備するよりはるかに迅速に、かつ、低いコストで軌道上AIデータセンターを建設できる、という見込みがあるわけです。
マスクは25年ごろからこの宇宙でのデータセンタービジネスを盛んに宣伝しており、軌道上に今後100万機の衛星を打ち上げると表明しています。スターリンクとともに、スターシップ用に自分で打ち上げ需要を創造する戦略として、軌道上データセンターを位置付けていると考えられます。
マスクの関心はあくまで火星植民ですが、投資家はAIブームに乗って、スペースX株をAI関連銘柄と見なしている節がありますので、軌道上データセンターは重大な関心事でしょう。
そして、そのデータセンターの成否はスターシップの開発がうまくいくかどうかにかかっている、ということになります。今後は打ち上げ・回収テストの成功・失敗にも、投資家の関心が集まっていくと予想されます。
著者2人は「イーロン・マスクは軌道上に設置するデータセンターで、さらなる野望に挑む」と見ています。それは何か。先取りして言えば、ずばりAI戦争の勝者になることです。
マスクは得意技である「一石多鳥」で、スターシップ×スターリンク×AIの全方面において、一気に勝負を決めようと目論んでいるのです。

著者の講演タイトルは「軌道上データセンターで起死回生を図るイーロン・マスクのAI戦略」。宇宙にデータセンターを置く構想、スペースX、そしてAIにご興味がおありの方に、お越しいただければ幸いです。
(文中敬称略)
[日経ビジネス電子版 2026年10月8日付の記事を転載]
小松伸多佳、後藤大亮(著)/日経BP/2200円(税込み)
