「スペースX」という企業は、ロケットの再利用や全世界高速インターネット衛星通信網など、常人では実現できない“奇策”で成長してきました。そのため同社の経営は「天才・イーロン・マスクがやることだから」で思考停止しがちです。が、実はいくつかの補助線を引くと、スペースXのテクノロジーやマネジメントについての考え方は案外すっきり理解できます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の現役ロケットエンジニアと、ディープテックへの投資経験が長いベンチャーキャピタリストが、ビジネスパーソンに参考になる形で、スペースXの考え方を読み解く書籍『 ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX 』から、抜粋してお送りします。その第2回。=一部再編集あり、文中敬称略

(写真:=Tayiba Photography/stock.adobe.com)
(写真:=Tayiba Photography/stock.adobe.com)

 前回(「スペースXが貫いたのは『ビジネスパーソンなら当たり前』のこと」)ご紹介した通り、スペースXはロケットの打ち上げコストを激減させ、シェアを一気に拡大しました。その武器となったのが、同社が開発した「ファルコン9(ブロック5)」という、第1段を回収・再使用できるロケットです。スペースXはファルコン9ブロック5に続くロケット「スターシップ」(上の写真)でも、第1段、第2段の完全回収・再使用を計画し、実験を繰り返しています。

 こう聞くと「再使用するほうが、使い捨てより安上がりなのは当然だ」と思うかもしれません。が、ちょっと待ってください。「再使用が可能になればコストが安くなる」と考えるのは実は間違っています。スペースXが急成長した理由は再使用という技術ではなく、ビジネスに重要な「数」の強さを徹底的に突き詰めた考え方にこそあります。

 そこを理解するには、ロケットの技術的な制約を知っておかねばなりません。再使用が可能になるためにはどんな条件があるのかを『ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX』から、本編の内容をぎゅっと圧縮して引用します。

ロケットエンジンは出力を下げるのが苦手

 再使用できるロケットが実現できなかった大きな理由の一つは、減速・再着陸時のエンジン推力の制御(スロットリング:エンジンの出力を下げる「スロットル」の操作)が難しかったためです。

 ロケットが打ち上がる際、タンクの中は燃料と推進剤が満タンに入っていますので重量が大きく、それに打ち勝って上昇するためにエンジンは巨大な推力を発生する必要があります。ファルコン9ブロック5の総重量はおおよそ550トン、十分な加速を得るために、その約1・5倍の推力である約800トンでロケットは打ち上がります。

 しかし、切り離された第1段が着陸しようとするときにはタンクの中はほぼ空になっており、重量は30トン弱しかありません。30トンの機体に対して800トンのエンジンを噴射すると、急減速して機体が損傷したり、減速にとどまらず再度上昇したりしてしまいかねません。

 それならエンジン推力を絞ればいいわけですが、ロケットエンジンは原理的に推力を下げることが難しいのです。ロケットエンジンはノズルで燃焼ガスの圧力を速度に変換して推力を得る仕組みです。出力を下げようとして燃やすガスの量を絞りすぎると、うまく燃えてくれない上に圧力も極端に下がってしまい、噴射ガスの速度が維持できなくなってしまいます。せいぜい半分、頑張って1/3程度には絞れますが、うまく着陸するには1/10程度まで推力を絞る必要があり、通常のやり方ではそこまで届きません。

 ここでファルコン9に採用した「クラスターエンジン」の特徴が生きてきます。ファルコン9の第1段はマーリン1Dエンジンを9基搭載していますので、そのうち1基だけ着火すれば、推力は85トンと打ち上げ時推力の1/9にできます。あとはそのエンジン推力を少しスロットリングしてやれば、30トンしかない第1段でも無事に着陸させられます。

 エンジンのスロットリング問題をクラスターエンジンで乗り越えたことが、ファルコン9が、そしてスペースXが世界に先駆けてロケット第1段の推力着陸を実現できた大きな理由です。

 クラスターエンジンを採用した時点で、イーロン・マスクがどこまで先を読んでいたかはわかりませんが、事業を開始した当時からロケットの再使用を念頭に置いていた発言をしていましたので、「こんな未来がありそうだ」というイメージは持っていたと思います。元々はコストダウンとスピードアップのために選択したであろう技術に対して、そのメリットだけでは満足せず、他のメリットを引き出してさらに競争力を増していく。そんな「一石多鳥」の戦略を立てるのは、マスクが得意とするところです。

 ただし、エンジンの個数が増える分、当然機体のコストは高くなります。

再使用できる機体がビジネス的に不利なわけ

 そもそも、再使用できる機体はコストが高くなります。単純に機体だけ考えても、使い捨てならば必要ない様々な追加装備が不可欠です。

 代表例が着陸用の脚ですね。そして、大気圏突入後の姿勢制御に用いる空力フィン、誘導制御コンピューター(通常は第2段に1つ搭載すれば良いのに対し、再使用するなら第1段にも搭載が必要)などもあります。さらに、戻ってきた第1段は海上の船に着陸するので、その建造と運用員の人件費がかかります。使い捨てなら不要ですから、コスト増要因です。地上の基地に戻せばよさそうなのに、なぜ着陸船が必要なのか、と思うかもしれませんが、もちろん理由があるので後ほど説明します。

再使用すると打ち上げ能力が3割もダウンする

 ロケットの再使用には、根本的なデメリットが存在します。それは再使用によって、ロケットの打ち上げ能力が下がってしまうことです。

 ファルコン9を洋上で着陸船を使って回収する場合、打ち上げることができる貨物(人工衛星など)の重さはおおよそ3割低下します。たとえば、使い捨てならば10トンを打ち上げる能力のあるロケットが7トンの能力になってしまう、というイメージです。これは、様々な工夫を凝らして頑張って、その上での3割減です。

 第1段を再使用してコストを減らしても、肝心の打ち上げ能力が下がったら、貨物1kg当たりの打ち上げコストで見ると全く安くならない、ということも起こり得るわけです。

 なぜ思いのほか安くならないのかを解説しましょう。第1段に着陸脚やフィンを装着することで部品が追加されて重くなる、という影響もありますが、これは比較的軽微です。それよりも、第1段に帰還用の推進剤を残す影響が大きいのです。

帰還用の燃料が最大の問題

 ファルコン9に限らず、すべてのロケットはその機体の大部分を占める推進剤タンクの内部を燃料と酸化剤で満タンにして最大重量で打ち上げます。推進剤はエンジンに送り込まれ、燃焼ガスになって噴射されることで機体を加速します。最初は満タンだった推進剤をすべて使い切り、最後は空っぽになることで、なんとか人工衛星を打ち上げるために必要な、第1宇宙速度に到達するのです。

 すると「推進剤を残す」ということは、第1段の加速を途中でやめてしまうことを意味します。したがってその後、第2段が余計に加速する必要があり、その結果として打ち上げ能力(詰める貨物の重さ)が下がります。これが3割低下の主原因です。

 それでも、影響を3割に収めるためにスペースXは様々な工夫を施しています。より詳しくは書籍で説明していますが、その一つが先程触れた洋上回収です。

 打ち上げから第1段と第2段を分離するまでについた勢い(慣性)をそのまま維持して着陸海域まで飛行(フライフォワード)させれば、発射点まで戻ってくる(フライバック)よりも、第1段の帰還のための推進剤を減らすことができます。このためにわざわざ船を造り、それを運用するコストが発生するわけですが、打ち上げ能力を削らないことのほうがメリットが大きい、ということです。

(作図:増田 真一)
(作図:増田 真一)
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最後の切り札は「過冷却液体酸素」

 こうやって効率を追求しても、打ち上げ能力は3割低下してしまいます。これについてスペースXは、ロケットの長さを延長して推進剤を増やすことで対応しました。

 その結果、もともと55mだったファルコン9の全長が70mになりました。実は70mでもまだ不足していたのですが、ロケットを地上で輸送するにはこの長さが限界でした。そこで、足りない分を補う代替案を組み込む必要がありました。

 そこで採用されたのが、推進剤に過冷却液体酸素を採用することです。液体酸素とはマイナス183℃まで冷やして液体にした酸素ガスですが、それをさらにマイナス207℃まで下げると液体から半ば固体、いわばシャーベットのような状態になり、密度が向上します。同じ大きさのタンクにより多くの液体酸素を搭載できるので、ロケットの(燃料タンクの)サイズがそのままでも、打ち上げ能力を向上させることができます。

 このほかにも書籍に紹介したたくさんの手段を駆使して、再使用が可能なファルコン9である「ファルコン9ブロック5」が完成し、第1段機体の着陸と再使用、そして必要な打ち上げ能力を両立させることができました。再使用回数は20回を目安として設計され、実績としては30回以上を実現しています。

再使用によるビジネス的なメリットを検証

 技術的な解説はここまでとして、再使用のあり/なしで、ロケット打ち上げのコスト構造がどのように変わったか、経営/経済的な視点から見てみましょう。

 ファルコン9の第1段は20回を上回る着陸と再使用が可能になりました。打ち上げ能力というアウトプットは、様々な工夫のおかげで使い捨てでも再使用でも同じ。インプットとなるコストを比較します。

 使い捨てロケットの場合、ロケット本体の製造と推進剤が主なコストです。再使用の場合は、ロケット本体分のコストは再使用回数で案分され、一方推進剤のコストは(例の3割減をカバーするために)増加し、さらに回収コストと整備コストが追加されます。

 さて、ロケット本体の製造は様々な種類の金属、複合材、電子部品等を複雑に加工し組み立て・検査しなければなりません。多額の人件費や製造機械などへの投資(固定費)が避けられず、どうしても高コストになります。再使用できれば、そのコストを打ち上げ回数(20回)で案分できるので、1回当たりの打ち上げでは大きなコスト削減効果が得られます。

 一方、再使用で使用量が3割ほど増える推進剤のコストは、ケロシン(石油)と液体酸素という、原材料に近い物質です。金額も小さく、人件費や設備投資もほぼ発生しないので、差し引きすれば明らかに再使用型が有利になります。

 残るは回収と整備のコストですが、運用を続け経験を積んで低減していけば、ライバルの使い捨て型ロケットと比較して打ち上げ事業全体として高い競争力を実現できます。マスクはそのように考え、実行し、世界一の競争力を持つ再使用型のファルコン9ブロック5を実現しました。

打ち上げ頻度が低ければただの金食い虫になる

 ただし、これは固定費を打ち上げ回数で案分することが全ての前提です。もしも回数が少なければ、「製造費がかかり、燃料がたくさん必要で、回収にもお金がかかる」とんでもない金食い虫のロケットになってしまいます。最低でも10回、できれば20回の再使用を行わないと、大改良の元が取れない機体なのでした(なお、第2段は毎回使い捨てです)。

 逆に、打ち上げ回数が増えれば増えるほどビジネス的なメリットが大きくなるわけです。

 スペースXの経営は「数」への強いこだわりが貫かれ、それを実現するために猛烈な技術開発が行われています。経営方針と技術力がかみ合って、「良いものを、早く、そして安く提供」を実現し、競合他社を圧倒しました。ファルコン9ブロック5と、その登場による打ち上げ頻度の急上昇(前回参照)は、その象徴というわけです。

 ただし、ファルコン9ブロック5が登場した時点(2018年)では、そこまでの打ち上げ需要はまだ生まれていませんでした。2017年のロケットの打ち上げは18回、2018年には21回の打ち上げを実施しました。これは当時の世界のロケットの中で最も多い(頻繁な)打ち上げ数です。しかし、それでも年間約20回です。

 そこでマスクは打ち上げ回数を増やすために、ありとあらゆる努力を払います。そこで彼が繰り出したとてつもない“奇策”こそ、現在スペースXの収益を支えている「スターリンク」事業なのでした。

(次回に続きます)

日経ビジネス電子版 2026年8月26日付の記事を転載]

スペースXはなぜ2日に1回ロケットを打ち上げるのか? この会社が成功している理由は、物理学の原理を利用しながら、ビジネスの原則を徹底的に貫いているからだ。ロケットの打ち上げ頻度を高度な技術で跳ね上げることが圧倒的な価格競争力につながった。数多くの失敗や危機を原理原則にこだわり抜いて突破したスペースXの技術と経営を、専門家が分かりやすく読み解く、ビジネスヒントにあふれた1冊です。

小松伸多佳、後藤大亮(著)/日経BP/2200円(税込み)