「スペースX」という企業は、ロケットの再利用や全世界高速インターネット衛星通信網など、常人では実現できない“奇策”で成長してきました。そのため同社の経営は「天才・イーロン・マスクがやることだから」で思考停止しがちです。が、実はいくつかの補助線を引くと、スペースXのテクノロジーやマネジメントについての考え方は案外すっきり理解できます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の現役ロケットエンジニアと、ディープテックへの投資経験が長いベンチャーキャピタリストが、ビジネスパーソンに参考になる形で、スペースXの考え方を読み解く書籍『 ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX 』から、抜粋してお送りします。その第10回。=一部再編集あり、文中敬称略

(画像=Aleksandr/stock.adobe.com)
(画像=Aleksandr/stock.adobe.com)

 スターシップはその巨大な第1段「スーパーヘビー」も十分に特徴的なロケットですが、第2段の「スターシップ」こそが最大の特長を備えています。それは、一度、衛星軌道に投入された後、大気圏へ再突入して、安全に着陸し、そして再使用できることです。

 これまでの人類の歴史で、軌道に投入された後、大気圏へ再突入して着陸し、その後の再使用を実現できたのは以下の4つの機体です。

 1:スペースシャトル・オービター:米国の航空宇宙局(NASA)が過去に開発・運用した、グライダーのように滑空し滑走路に着陸できる有翼の有人用機体。メインエンジンと人が乗る宇宙船部分をまとめて再使用できました。外付けの推進剤タンクは使い捨てでした。

 2:クルードラゴン:スペースXがISSへの乗組員商業輸送プログラムのもとで開発したカプセル型有人宇宙船。ファルコン9ロケットで打ち上げられます。海上着水後に整備されて再使用されています。

 3:カーゴドラゴン:クルードラゴンの兄弟機でこちらは無人宇宙船です。同じく、ファルコン9ロケットで打ち上げられ、ISS(国際宇宙ステーション)への物資補給と回収を担っています。

 4:X-37B:ロケット上部のフェアリング内に搭載されて打ち上げられ、軌道上で実験をおこなったあと、地上(滑走路)へ戻ってくる無人有翼宇宙船です。米軍主体で開発され何度も運用されていますが、あまり広く知られていません。外観はミニスペースシャトルといった風情です。

 スターシップ(第2段のスターシップ宇宙船)は、これら4つの先例と異なる点があります。宇宙船と第2段のロケット機体部分、すなわち推進剤タンク部分、軌道投入用の主エンジンまでもが統合&一体化されており、それらがまるごと大気圏再突入~着陸、そして再使用ができることです。今まではSFやアニメの世界でしか存在しなかった、人類史上初めての「ホンモノの宇宙船」と言えます。

スターシップは第1段、第2段とも宇宙に行ってそのまま地球に戻ってくる、人類初の「ホンモノ」の宇宙船だ(図:増田真一)
スターシップは第1段、第2段とも宇宙に行ってそのまま地球に戻ってくる、人類初の「ホンモノ」の宇宙船だ(図:増田真一)

過酷な第2段の大気圏突入

 この「宇宙船」を使った、火星を目指すミッションをイメージしてみましょう。

 地球の大気圏を抜け、衛星軌道で推進剤(燃料+酸化剤)を補給後にエンジンを噴射。地球の引力圏を脱出した第2段スターシップは一路、火星へ向かいます。

 探査機でも有人宇宙船でも、惑星間航行中は基本的にエンジン噴射をせず慣性によって飛行します。よく、SF映画などで宇宙船の後面のエンジンを噴射しながら宇宙空間を航行するシーンがありますが、実際にはエンジン噴射時間はごく短く、ほとんどの時間は単に浮いているように見えるはずです。それだと面白い絵にならないので噴射中のシーンを使っている、ということです(「はやぶさ」のように、イオンエンジンを噴射し続ける宇宙機もあります)。

 そうやって火星軌道への慣性飛行中、太陽から離れるので徐々に速度が低下し(理由は本書を)、しかし火星に近づくと引力に引かれて加速するなどして、ミッションによっていくらか異なりますがおおよそ秒速5.5km程度で火星へ突入することになります。

 そのままだと火星表面へ突っ込んで粉々になりますから、この速度をゼロにしないと安全に着陸できません。

 エンジン噴射で減速すると燃料が大量に必要になって効率が悪いため、まずは火星大気に高速で再突入し大気からの抵抗(空力抵抗)でその速度の約9割を打ち消します(減速①)。その後、薄い火星大気を落ちていく最終フェーズで、残った速度(秒速0.5km)を減速しなくてはなりません。(減速②)これまでの米航空宇宙局(NASA)の火星ローバーでは、この段階の減速で、パラシュートとエンジン噴射を組み合わせたりしていました。

 その理由は火星の大気が薄すぎるためです。大気が濃い地球だとパラシュートで減速できるので壊れずに着地することができますが、火星では空気抵抗がそこまで頼りにならないのです。スターシップではパラシュートを使わず、エンジン推力を使って逆噴射のみで速度をゼロにして、火星表面に垂直着陸します。

 マスクはファルコン9ブロック5の開発で、大気圏内での第1段ロケットの着陸と再使用技術を完成させています。成功実績やフライトデータも豊富に有していますので、それをスターシップ向けに応用すれば減速②のエンジン減速と垂直着陸技術を効率的に開発できます。

 この①、②のうちでは、①の高速の大気圏再突入が特に大きな課題として立ちはだかります。再突入中には機体が加熱され高温になるため、それにロケットの材料が耐えられないと宇宙船が破壊されてしまうのです。

 大気圏再突入についてさらに詳しく解説します。ややマニアックですが、火星へ行くためのスターシップ設計の重要ポイントです。

 地球、火星、月など、どの星でも宇宙から着陸する際には、再突入の速度から減速して地表面との相対速度をゼロにする必要があります。速度は着陸する星ごとに異なりますので、(A)~(E)に例を示します。大気がある星では、推進剤を節約するために可能な限り空力抵抗を使って減速するのが定石です。大気を使えない星(月)はやむを得ずエンジンのみで減速します。

(A)地球→火星に着陸:秒速5.5km(薄い大気あり)
(B)火星→地球に着陸:秒速12.5km(大気あり)
(C)地球周回軌道→地球に着陸:秒速7.9km(大気あり)
(D)地球→月に着陸:秒速2.5 km (大気なし)
(E)月→地球に着陸:秒速11km(大気あり)
※数字は全ておおよそのものです

 スターシップを火星に着陸させるときは(A)、火星から地球に戻ってくるときは(B)の大気圏再突入の条件で、高温の空力加熱に耐え抜き、かつ、空力抵抗を利用した減速とその間の姿勢制御をこなして、最後に無事に着陸できるメカニズムを開発しなくてはなりません。

「ちょっと火星行って実験してくる?」

 しかし、「ちょっと火星に行って大気圏再突入技術の実証実験をやってみる」というわけにはいきませんから、まず(C)の、地球周回軌道から秒速7.9km で大気圏に再突入する際の高温に耐え、着陸が可能な機体の開発を進めます。

 整理すると、スターシップ第2段の大気圏再突入機能の開発には2つの意図があります。1つ目はファルコン9でチャレンジしようとしてあきらめてしまった第2段機体の再突入と着陸技術のリベンジを、スターシップで果たすことです。この技術を獲得できれば、スターシップは第1段も第2段も機体の再使用ができるようになり、地球周回軌道への衛星打ち上げのコストをさらに低減できます。ファルコン9ですでに他の追随を許さないスペースXの競争力を、一段と高めることができるわけです。

 2つ目の意図は、地球周回軌道からの再突入と着陸技術の開発に成功することで、スターシップの真の目的である火星への有人着陸実現への道を開くことです。

 (C:地球周回軌道→地球)と比較すれば、(A:地球→火星)の再突入速度は小さく、相対的には難度の低い条件です。実際には地球と火星とで大気の密度や組成が異なり、すぐさま(A)が可能になるわけではありませんが、実現が確実に近づきます。その次には地球に帰るときに必要な(B:火星→地球)を実現させねばなりませんが、こちらの速度は(C)よりも大きく条件が厳しいため技術的なハードルが高くなります。これは今後の大きな課題です。

 さらに、NASAと協力してスターシップを有人月ミッションの月面着陸船として用いる計画が進んでいます。それは上記の(D:地球→月)にあたり、月には大気がありませんので、エンジンのみで減速して月面着陸する予定です。

 そして、ゆくゆくは、月から人を地球に連れて帰る(E:月→地球)へのスターシップの貢献もあり得ます。(B:火星→地球)が可能なら、(E)も可能、というわけです。

万能ロケット、スターシップの想像図(画像=Aleksandr/stock.adobe.com)
万能ロケット、スターシップの想像図(画像=Aleksandr/stock.adobe.com)

 このようにスターシップは、人工衛星を地球周回軌道へ低コストで打ち上げ、NASAの有人月ミッションにも貢献でき、火星へ人を送ることもできる、いわば究極・万能のロケットです。今後のスペースXと人類の宇宙開発領域を全てカバーすることを狙って開発が進められていることがわかります。

 とはいえ、前回(牛久大仏が空を飛ぶ!? 「スターシップ」がかくも巨大である理由)も触れた通り、回収・再使用を可能にしたことで打ち上げ能力は大きく削られています。次回はスターシップの打ち上げ能力について、より詳しく検討をしていく予定です。

※最後まで読んで下さった方に、大気圏突入にからんだトリビアを。意外かもしれませんが、実は火星着陸よりも月に着陸するほうが、推進剤が多く必要になります。地球周回軌道からの加速に限れば、月よりも火星に向かう軌道に投入するための増速量が大きい(推進剤が多く必要になる)です。しかし、到着後の減速については、大気がない月ではエンジン噴射だけで減速する必要があるのに対して、火星では大気抵抗を活用して減速できます。必要なトータルの推進剤としては月のほうが大きくなります。

[日経ビジネス電子版 2026年10月23日付の記事を転載]

スペースXはなぜ2日に1回ロケットを打ち上げるのか? この会社が成功している理由は、物理学の原理を利用しながら、ビジネスの原則を徹底的に貫いているからだ。ロケットの打ち上げ頻度を高度な技術で跳ね上げることが圧倒的な価格競争力につながった。数多くの失敗や危機を原理原則にこだわり抜いて突破したスペースXの技術と経営を、専門家が分かりやすく読み解く、ビジネスヒントにあふれた1冊です。

小松伸多佳、後藤大亮(著)/日経BP/2200円(税込み)