「スペースX」という企業は、ロケットの再利用や全世界高速インターネット衛星通信網など、常人では実現できない“奇策”で成長してきました。そのため同社の経営は「天才・イーロン・マスクがやることだから」で思考停止しがちです。が、実はいくつかの補助線を引くと、スペースXのテクノロジーやマネジメントについての考え方は案外すっきり理解できます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の現役ロケットエンジニアと、ディープテックへの投資経験が長いベンチャーキャピタリストが、ビジネスパーソンに参考になる形で、スペースXの考え方を読み解く書籍『 ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX 』から、抜粋してお送りします。その第9回。=一部再編集あり、文中敬称略

今回からは、いまスペースXが総力を挙げて開発中のロケット、スターシップを紹介します。もともとはイーロン・マスクの夢である人類の火星植民を現実化するために構想されましたが、「一石多鳥」を旨とするスペースXがこれを火星専用だけに使うわけがなく、今後、同社のありとあらゆる宇宙進出で活躍させるつもりです。
スターシップの設計は、ロケットエンジニアの目から見ても驚きのアイデアが満載で、その開発手法はファルコン9とスターリンクで研ぎ澄まされた、宇宙版アジャイル開発の到達点と言えます。年間5000億円に達する膨大な開発費用には、スターリンクとファルコン9の稼ぎがつぎ込まれています。
今世紀以降の人類の宇宙開発、そして人類の未来そのものを変えてしまう可能性を持つスターシップ。書籍『ロケット開発者と投資のプロが読み解く スペースX』では、マスクの思考と夢が詰め込まれているこのロケットの魅力を解説し、スペースXの未来を考えていきます。この連載ではそのダイジェストをご紹介します。
人類史上最大のロケット
過去に人類が打ち上げに成功した最大のロケットは、アポロ計画で1969年から1972年にかけて、アポロ11~17号(13号を除く)と合計6回の有人月着陸を成功に導いた「サターンV」でした。全長110m、総重量3300トン、月軌道に47トンの貨物(司令船+着陸船)を運べました。低軌道への打ち上げ能力は118トンです。
火星への有人飛行、そして火星植民を実現するにはサターンVでも全く足りませんので、マスクは臆することなく「史上最大のロケット」の実現へとまい進します。
スターシップのサイズは、直径9m、全長121mの2段式ロケットです(この数字は初代V1のもので、V2、V3と大型化が進められています)。燃料・酸化剤を含めた総重量は4400トン。あまりにも巨大で数字だけだとよくわからないので、比較例を挙げてみます。
スターシップの断面積は3LDKマンションに匹敵
まず直径9mというサイズ感ですが、面積でいうと約64平方メートル、畳でいうと40畳で、都心の家庭用3LDKマンションにも匹敵する断面積のロケットをイメージしてもらうと感触をつかめると思います。ファルコン9の直径3.7mの2.4倍、日本のH3の直径約5mの1.8倍にあたります。
全長121mのほうは30階建てのタワーマンションでしょうか。茨城県にある牛久大仏(120m)をご存じの方はあれをイメージしてください。ファルコン9の全長が70m、日本のH3の全長は約60m。これに対し、スターシップは第1段の「スーパーヘビー」だけで71mもあり、これらのロケットを凌駕してしまいます。スターシップは、さらにその上に第2段(50m)が載ります。
総重量4400トンはもはや例を挙げてもよくわかりませんが、フルに人と荷物を載せたB777ジェット機15機分……と聞けば多少はイメージが湧くでしょうか? ロケット同士で比較するとファルコン9は550トンですから8機分、H3(ブースターなしの30形態)は270トンですから16機分になります。
混乱を招くネーミングはマスク流?
なお、第1段、第2段を含めたロケット全体のことを「スターシップ」と呼ぶのですが、第2段の名前も「スターシップ」ですので、混乱しやすいネーミングです。センスとしてマスク自身が名付けたように思われますが、名称はちょっと整理してくれ、と少し文句を言いたいところです(笑)。本連載では、ロケット全体を指す場合のみ「スターシップ」と表記することとします。
さてその第2段は、推進剤タンクと第2段エンジンに加え、人が乗り込む有人カプセルに相当する場所、あるいは人工衛星を搭載するフェアリングの機能も一体・統合化されています。長さ50m、直径9mの巨大な第2段機体のうち、上部1/3が貨物搭載と居住空間部分、下部2/3は推進剤タンク(燃料タンク+酸化剤タンク)で、一番下に第2段エンジンが装着されています。

目指すは火星の「探査」ではなく「植民」
子どものころからSF好きで夢見がちだったマスクは、新種の感染症、核戦争、小惑星の衝突のような、地球上の全人類を一度に滅ぼしかねない危機に備えて、リスク分散のために、「人類は地球以外の惑星でも生きていける『多惑星生物種』になるべきだ」という思想を真剣に語ってきました。そして最初の人類の植民先を火星に定めました。
マスクが火星植民を目指す決意は、スペースXがどんなピンチに陥っても揺らぐことはありませんでした。
たとえば、2016年に発射台のファルコン9が、フェアリングの中に搭載した人工衛星ごと爆発し、その原因究明がなかなか進まなかったときのことです。
当時、スペースXは米航空宇宙局(NASA)とCCP(国際宇宙ステーション(ISS)への宇宙飛行士乗組員商業輸送を実現させるための開発プログラム)の契約を結んでいました。しかしその開発はNASAが期待したほどの速度で進んでおらず、米国宇宙飛行士のISSへの高額の輸送費用をロシアに払い続けていました。
しびれを切らしたNASA長官(チャールズ・ボールデン・Jr)は、「火星へ行く夢と同じくらいCCPに全力を注げ、米国人納税者の期待に応えよ」と強いプレッシャーをかけるツイートをしたことがありました。が、マスクは意に介さず、両者の関係は緊迫します。
スペースXの最大の顧客であり、陰に陽に支援してくれたNASAが意見表明したにもかかわらず、火星への夢を遅らせる行動は取らなかったのです。
まさにそのツイート直後、2016年のIAC(国際宇宙会議)の基調講演で、マスクはITS(Interplanetary Transport System:惑星間輸送システム)という、新しい巨大ロケットの構想を発表し、人類の火星移住への活動を本格的に開始することを宣言します。
スペースXの起業(2002年)から14年、ファルコン1の初打ち上げ(2006年)から10年、ファルコン9の初打ち上げ(2010年)から6年、というタイミングでした。
そのころのスペースXは、(射点での爆発事故はあったものの)ファルコン9によって重要な衛星打ち上げミッションを次々にこなし、第1段機体の回収にも成功(「『ロケット再使用で稼ぐ』ためにここまでやったスペースX」)。ファルコンヘビーの開発を進めていました。
ファルコンヘビーは、いわばファルコン9ロケットの第1段を3本束ねた形状で、クラスターエンジンの効力を3倍、つまりファルコン9では9基搭載していたマーリン・エンジンを27基にすることで、開発期間とコストを削減しつつ世界で最も強力なロケットとして実現させるもくろみでした(ファルコンヘビーの打ち上げ初成功は2018年)。
さて、ならばどうしてマスクは、ファルコンヘビーをさらに強化して使うのではなく、全く新しい巨大ロケットを開発しようとしたのでしょうか?
一言で言うと、「ファルコンシリーズの先に火星はない」ことが明確になったからです。
植民を目指すなら100人乗れるロケットが必要
マスクが目指すのはただの「有人火星探査」ではありません。
“ただの”と書きましたが、火星は人跡未踏の地。無人機での探査すら、米国を含めた数カ国がようやく数回実現できたほどの難事業です。ところが、マスクが目指すのはさらに桁違いに難易度が高い有人ミッションですらなく、そのさらに上をいく「火星植民」。しかも、マスクは自分が生きているうちに実現する決意です。
火星への植民のハードルがめちゃくちゃに高い理由を説明しましょう。まず一つは、距離が遠いこと。地球と月との距離は約38万4400kmですが、火星は最短距離でも約 5400万~5800万km。最遠の場合は約4億km(!)。平均すると約2.25億kmとなります。
最短距離、すなわち地球と火星が最も近い位置にある場合は、最接近する数カ月前に打ち上げれば、効率よく短い飛行期間(7~9カ月)で到着できます。ぜひ、このタイミングで打ち上げたいところですが、最接近するのは約2年2カ月に1回だけ。
言い換えると、ざっくり2年に1回しかロケットを飛ばす機会がない、ということになります。
少人数を送り込む探査ならともかく、植民となるとまあ100人、1000人、1万人? 単位ですから、数人乗りの宇宙船を2年に一度送り込むのではらちが明きません。最低でも一度に100人は乗せるレベルのロケットでないと、火星植民は実現できないでしょう。
その宇宙船に100人が乗って半年以上生活する、となると、とんでもない量の物資、そして空間が必要です。必然的に巨大なサイズになります。
帰りの燃料は火星で手に入れねばならない
ロケットにとって、この「サイズ」の問題は想像以上に大きいのです。現在のロケットの機体構造のほとんどは推進剤(燃料+酸化剤)タンクで、打ち上げ時の加速に推進剤をほとんど使い切ったあとは空っぽのタンクが残ります。
ファルコン9に有人宇宙船「クルードラゴン」を搭載したイメージが、ロケットの大きさを比較した図の左から4機目の白い部分(図はクルードラゴンのベースのドラゴン宇宙船)です。
人が乗る宇宙船を搭載するのはロケット2段の先、先頭部分のごく小さいサイズ、せいぜい7人乗りになってしまうので、どうやっても100人も乗れません。となると、宇宙船(人間が乗る部分)の設計コンセプトから一新する必要があります。
巨大ロケットで巨大宇宙船を打ち上げるために、たとえばファルコンヘビーよりも一桁大きい推力を得ようとすると、これまでのようにマーリン・エンジンをクラスター化して使った場合、必要な第1段エンジンは100基以上。ロケットの底面に並べるにはさすがに多すぎます。
さらに、火星ではマーリン・エンジンの燃料であるケロシンを確保することが困難です。帰りの燃料まで準備して全部地球から持っていくのは非現実的なので、到着後に燃料が手に入らなければ、火星への片道切符となってしまいます。火星植民を目指すなら、マーリンとは全く異なる新エンジンを開発して使う必要があるのです。
火星植民の手段としての金もうけ
「困難なロケット開発よりも、別のビジネスで金もうけしたほうが得策」と考えるのが普通の人の感覚かもしれません。
筆者らは、マスクは確かに金もうけは上手ですが、金は主目的ではなく、火星植民を実現する手段としての金もうけだ、と思っています。マスクは、「ファルコンシリーズでは火星植民はできない」という理由から、コンセプトも、技術も一新し、過去の常識にとらわれないアプローチで全く新しい巨大ロケットを開発することを決定しました。それが、現在開発中のスペースXの最新ロケット、スターシップへと発展したのです。
とはいえ、スターシップの開発には大きな課題がいくつも残っています。
連載をお読みの方はお気づきの通り、再使用が可能なロケットは、着陸時に使う燃料を残して第1段から第2段を切り離すため、積める荷物(打ち上げ能力)がその分減殺されます。連載の中で、第1段を再利用する「ファルコン9ブロック5」では、ぎりぎりまで工夫して約3割の能力減、とご説明しました。
第1段のみならず第2段も再使用するスターシップでは、打ち上げ能力にさらに大きな影響を受けます。
スターシップの打ち上げ能力(目標)である低軌道に100トンという数字は、アポロ計画で使われたサターンVの打ち上げ能力(低軌道に118トン)よりも劣ります。サターンVより大きなロケットであるにもかかわらず、打ち上げ能力を比較すると劣っている理由は、まさしく再使用の可否にあります。
サターンVは再使用しない設計でした。仮にスターシップをサターンVのような使い切り(再使用しない)ロケットとして設計すれば、はるかに上回る打ち上げ能力を持つロケットになるのです。にもかかわらずあえて再使用を選んだ理由は、ファルコン9ブロック5と同じで、高い頻度の打ち上げを実現させること、そして、打ち上げ回数を増やして作業効率を上げ、コストを抜本的に安くするためです。
マスクは、ファルコン9ブロック5とスターリンクで成功した構図を、スターシップで再演しようとしています。その先に見えるのは、大勢の植民団が次から次へと、火星を目指して飛び立っていく姿なのでしょう。
果たしてその夢は現実になるのか、そもそも、企業としてのスペースXの収益構造は火星を目指す負担に耐えきれるのか。次回以降、冷静に追いかけていきたいと思います。
[日経ビジネス電子版 2026年10月16日付の記事を転載]
小松伸多佳、後藤大亮(著)/日経BP/2200円(税込み)


