68歳、左足を骨折し、現在はリハビリ中。それでも、世界記録を保持する市民ランナー・弓削田眞理子さんは、「今できることをやればいい」と前を向く。弓削田さんの走りを支えてきたのは、頭を使い、体を整え、一日一日を積み重ねること。そして目標は、「100歳まで走ること」。弓削田さんのコンディショニング論と思考法を聞いた。

フルマラソンは「頭脳」を使うスポーツ
実は今、左足を骨折してリハビリ中なんです。5月13日、68歳の誕生日に病院に行ったら「これは見事に折れていますね」って言われちゃって。それから3週間ギプス生活でした。でも、こういうときこそチャンスだと思っているんです。下半身が動かせないのなら、上半身を徹底的に鍛えるいい機会です。腕振りのトレーニングをしたり、おなか周りを鍛えたり、座ったままできることなんていくらでもある。たとえ骨折してもマイナスに考えない。これが私の信条です。
よく「心技体」っていうでしょう。私の中では、心は「気持ち」。体はそのままの「身体」。じゃあ技って何かっていうと、技術じゃなくて「頭脳」だと思っているんです。フルマラソンって、力任せに走るスポーツじゃなくて、全部計算し尽くして走るスポーツなんですよ。
気温は何度か、風向きはどうか、コースのどこで向かい風になるか、後半はどこで上りになるか。全部、レース前に頭に入れておくんです。67歳でサブスリーを達成した、2025年の神戸マラソンのときもそうでした。前半は追い風だからこのペースで、後半は海風が向かいになるからここで注意して、補給はこのタイミングで……。でも、どれだけ準備しても、当日の体調や天候は変わります。だから「自分の今日の力、今日のコンディションと相談しながら走る」ことも大事。仲間にも、いつもそう言っています。
最近は血糖値の管理も勉強しています。フルマラソンの途中で血糖値が下がってしまうと体が動かなくなるので、10キロ、15キロ地点から意識的に補給を入れる。新しい知識もどんどん取り入れながら、レースに臨んでいます。
走れる体は、血と筋肉でできている
私、人間の体って、結局は「血」と「筋肉」だと思っているんです。血がサラサラ流れて筋肉が柔らかければ、70になっても80になっても動けると思っている。だからしっかりストレッチして筋肉を伸ばして、血液がサラサラ、酸素が指先までちゃんと流れるように意識しています。そのために食事も気をつけていて、骨折を経験してからは、たんぱく質やカルシウム、ビタミンKやDもしっかり取るようにしています。魚、卵、納豆、牛乳、豆腐のお味噌汁など。お酒はとっくにやめました。
睡眠は絶対に8時間。寝ている間に体は修復されるので、夜のゴールデンタイムにはちゃんと眠れるよう、午後9時過ぎには布団に入ってしまいます。鍼治療に週1回、サウナと水風呂の交代浴も週1回。疲れはちゃんと抜く。これ、本当に大事です。
「元気をもらえる」フォームへのこだわり
走るときのフォームにもすごくこだわっています。特に腕振り。高校時代の顧問の先生に「鏡の前で1000回振れ」と言われたのが、今でも体に染み付いているんです(笑)。腕振りが綺麗だと、それだけで背筋がピッと伸びて、走りがかっこよく見える。
なぜそこまでこだわるかと言うと、「いかにも70の人が走っている」って見られたくないからです(笑)。もしそう見えちゃったら、見ている人が元気をもらえないでしょう? 逆に「なんだかつらそう」「あの人かわいそう」って哀れに思われちゃう。それじゃ意味がないんです、絶対に。
走っているときに「弓削田さん、かっこいいね」って言われると、本当にうれしいんです。知らない街でも、その土地のランナーさんたちが「頑張ってください」って声をかけてくれる。そういう一言がすごくうれしくて、また「やらなきゃ!」って力が湧いてくるんです。
奈良県に、同じくらいの年齢の市民ランナー仲間がいて、「お互い100歳まで走ろうね」と約束しているんです。100歳まで走って、それで大往生できたら最高じゃないですか。世界には、70代で2時間50分台を走る男性ランナーが何人かいるんですよ。だから私にも、まだまだ伸びしろがあると思っています。
健康診断もちゃんと受けて、数値を管理しながら、大病せずに維持していく。骨折してもしっかりリハビリして、また走る。それが私の生き方です。

「ランが仲間をつくる」大きなメリット
最後に、これだけは伝えたくて。私は記録だけを追いかけていた時期もあったけれど、走ることって「記録のため」だけじゃないんですよね。走ることで仲間ができて、人とつながって、それが生きる力になる。
2025年の神戸マラソンで世界記録を出したとき、北海道から駆けつけて応援してくれた仲間がいたんです。知らない土地でも、私のために集まってきてくれる人がいる。あのときつくづく思いました。「人の力で、人は動けるんだな」と。この歳になると、お金とかそういうことじゃなくて、一番大事なのは仲間なんだなって、心からそう思います。
40代、50代の働き盛り世代は、疲れている方も多いと思います。でも、ちょっと勇気を出して、誰かと一緒に走ってみてほしい。まずは5キロの小さなレースにエントリーするだけでいいんです。ゴールマットを踏んだ瞬間の達成感を、ぜひ一度味わってほしい。
一度味わうと、また走りたくなる。一緒に走る仲間ができたら、もっと走りたくなる。いつの間にか仲間がやせていたり(笑)、タイムが縮まっていたりして、自分も刺激をもらう。健康にもつながるし、人とのつながりも生まれる。そんなふうに、走ることはポジティブな循環しかないんです。
取材・文/金澤英恵 構成/細谷和彦(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子