「本質的な成功のために求められるのは人格の向上」――。世界的なベストセラーとなった『 完訳 7つの習慣 人格主義の回復 』(スティーブン・R・コヴィー著/フランクリン・コヴィー・ジャパン訳/キングベアー出版)で、著者はこう説きます。本書を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(高野研一著、日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)から抜粋。
成功の原則を7つに分けて解説
『7つの習慣』は米国のリーダーシップの研究者であるスティーブン・R・コヴィー博士が1990年に著し、世界で2000万部以上が売れたとされる大ベストセラーです。人生における真の「成功」のために、自らの内面的成長と、それを基盤とした他人との相互依存関係構築の必要性を説いたのが特徴です。
同書は「人生にはそれを支配する原則があり、成功にも原則がある」という指摘から始まります。それらの原則を7つに分けて解説し、成功のための7つの習慣を提唱します。その底流には「真の成功とは、優れた人格をもつこと」という考え方があります。
コヴィーによれば、米国建国以来200年間に書かれた「成功」についての著作物を調べると、かつては誠意、謙虚、忍耐といった人格に関する内容が中心だったのが、最近50年は手法やテクニックに関するものが多くなったといいます。そうした手法やテクニックもある程度は必要でしょうが、より本質的な成功のために求められるのは人格の向上であると、「人格主義の回復」の必要性を説きます。
自らの成功について、人格の向上に立ち戻らずに、周囲からの評価ばかりを問題として解決しようとするのは、他人への依存の証しといえます。それでは、自らの「真の成功」を阻害するばかりか、思うような結果が得られずにストレスを生むことにさえなりがちです。そこで他人からの評価や関係改善といった「公的成功」のためには、まず自らの成長と改善という「私的成功」から始めるというパラダイム転換が必要だとコヴィーは主張します。
この自らの内面(インサイド)から始める取り組みを『7つの習慣』では「インサイド・アウト」と呼びます。そうした人格主義に基づくことが真の成功への道であり、人間関係に悩む人や市場や顧客の変化に悩む企業に打開の道を開くきっかけを与えてくれると説明しています。
自らの成長と改善から始める
コヴィーが『7つの習慣』でまとめた内容を会社における上司と部下の関係にあてはめて考えてみましょう。
ある上司は「日ごろから親切で良い上司になろうと努力している。しかし、部下の忠誠心がまったく感じられない。どうすれば彼らに自主性と責任感を持たせることができるのだろう」と悩んでいます。一方、その部下は「仕事は責任を持ってやっているし、同僚にスキルで劣るとは思えないが、上司との人間関係がうまくいかず信頼してもらえない。どうすれば上司に認められるのだろう」と考えています。
コンサルタントの仕事をしているなかで、クライアントからそんな話を聞くことは、珍しいことではありません。確かに、我々コンサルタントが起用されるような場合、その会社は経営上・業績上の危機や合併・統合など、大きな変革を必要とされる状況にあることが多いのです。そうした状況下では、表面的といわれようが、短期的な成功・成果が求められがちであり、それが避けられない場合もあるでしょう。
しかし、長期的・持続的な部下の成長・忠誠を願うなら、あるいは上司からの揺るぎない信頼を願うなら、やはりコヴィーが提言する「インサイド・アウト」のアプローチで、自らの成長と改善から始めなければなりません。
それは、部下から支持されるか、あるいは上司から評価されるかという懸念をいったん脇におき、それ以外の保身・妥協・既得権維持などの私心も排して、会社がどうなるべきか、そのなかで自らが何をすべきかを主体的に定義し、それに忠実に自らを律して、ぶれない努力と実績を積み重ねることです。そうすれば、一次的な反発や困難はあるかもしれませんが、結局は信頼や尊敬がおのずからついてくるものです。
自社のコア事業は何か
企業戦略においても同様のことがいえます。顧客や市場から評価されて競合に勝つ、という二次的な成功を得るためには、目新しい新規事業への参入や流行の経営手法の導入、派手な広告宣伝などのテクニックではなく、コア事業の差別化の源泉の強化・成長という一次的な成功に焦点を当てなければなりません。
これは、かつて事業多角化を繰り返して成長し、気がつくといずれの事業においても苦戦を強いられている日本企業には、特に重要な視点かもしれません。
自社のコア事業は何か、その事業は何をもって競合と差別化され、顧客にどういう付加価値を提供すべきなのか。過去のしがらみや関係者との摩擦を恐れずにこうした本質的な論点に向きあい、人材と資金をそこに集中すること。経営陣から現場に至る全社にそれを認識させ、ぶれない戦略の軸に据えること。それらが企業戦略における「私的成功」であり、そこから始めることが企業戦略における「インサイド・アウト」のアプローチといえるでしょう。市場や事業環境がますます複雑化し、その変化のスピードが増す今日においては、その重要性は一層高まっているように思われます。
第2回以降は、この「インサイド・アウト」のアプローチで重視すべき、成功のための原則と、それを踏まえた習慣についてみていきましょう。
カーネギー、スティーブン・コヴィーから井深大、本田宗一郎まで「名経営者・自己啓発の教え」を学ぶ。第一級の経営学者やコンサルタントが内容をコンパクトにまとめて解説。ポイントが短時間で身に付くお得な1冊。
高野研一(著)、日本経済新聞社(編)/日本経済新聞出版/2640円(税込み)