ベストセラー『 完訳 7つの習慣 人格主義の回復 』(スティーブン・R・コヴィー著/フランクリン・コヴィー・ジャパン訳/キングベアー出版)でコヴィーは、「私的成功」「公的成功」を持続させるために、自らの精神や知性などを新しい状態にする時間をとることが必要だと説きます。本書を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎さんが解説。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
「再新再生」の時間をとる
人格成長を中心とする「私的成功」の上に、他人との相互依存関係を築く「公的成功」を成し遂げられるようになったとき、もう1つ必要な習慣があると、『7つの習慣』の著者、米国のリーダーシップの研究者であるスティーブン・R・コヴィー博士は主張します。それは私的成功・公的成功を持続させるために、自らの精神や知性などを新しい状態にする「再新再生」の時間をとることです。これが第7の習慣「刃を研ぐこと」です。
自分自身という最も大切な資源を維持するためには、肉体、精神、知性、社会・情緒の各側面で、バランスよく刃を研ぐ必要があります。それにより、前回までに紹介した6つの習慣を実行する能力が高まります。
一方、これらは「本質的には重要」ですが「緊急ではない」ことの典型例ですから、着実に実行するために習慣化し、生活の一部に組み込んでおく必要があります。
まず、肉体の再新再生により、自制と責任(第1の習慣)が強まります。持久力、柔軟性、強さの3つをバランスよく鍛えることが必要です。栄養のある食事を取り、十分な休養を心がけ、定期的に運動をしましょう。
精神の再新再生により、自己リーダーシップ(第2の習慣)が育成されます。自分を見つめ、静かに考える時間をつくることです。
知的再新再生により、自己マネジメント(第3の習慣)が促進されます。定期的に優れた本を読むことが最良の道です。
毎日少しでもこれらの再新再生に時間をとることで、私的成功が得られ、社会・情緒面の再新再生に必要な内的安定が得られます。それが第4、第5、第6の習慣を実行する基礎となるのです。
これら7つの習慣を実行することで、人格の成長や精神の安定が得られ、結果的に周囲を動かす「流れを変える人」になることができるとコヴィーは考えます。他人や環境、テクニックに頼るのでなく、自らの内面に端を発する成功こそが、本質的で持続的な成功をもたらすのです。
企業にも必要な「刃を研ぐ」習慣
成功する上での「刃を研ぐ」習慣の重要性は、個人だけでなく、企業についてもあてはまります。個人の場合と同様に「緊急ではないが本質的には重要」なことが多く、目先の対応に追われてこれらの再新再生を怠ると、後々大きな競争力の差として跳ね返ってきます。
例えば、企業にとっての肉体の再新再生とは、設備の更新・維持への投資、人材の補充や育成、資金調達力の強化、ビジネスプロセスや組織・制度の見直しなどです。これらは、ともすれば短期的な財務成果とは矛盾することがあります。
設備の更新・維持のための投資は短期的には減価償却費の増加につながりますし、人材の補充も短期的には生産性の低下を招くかもしれません。ビジネスプロセスや組織・制度の見直しも、短期的には多くの抵抗にあうことでしょう。しかし、中長期的には、これらを戦略的・計画的に実行できているかが、企業競争力の差となって表れてきます。
また、企業にとっての知的再新再生とは、技術革新のための研究活動や、顧客やサプライヤーからのフィードバックに学ぶことなどです。目先の新製品開発や製品改良などのためには、既存の技術や従来のやり方の応用・延長で事足りることも少なくありませんが、これら地道な知的再新再生の努力、すなわち次世代の基礎技術の開発、フィードバックを踏まえたビジネスモデルの進化の検討を並行して行っていなければ、技術や製品・サービスが陳腐化していくことになります。
優れたリーダーは日々、刃を研いでいる
企業にとっての精神の再新再生とは、企業のミッションや目指すべき経営のビジョン、企業文化などをじっくりと見直し、考え直すことでしょう。グローバル化や規模の追求、技術の根本的革新など、置かれた環境が規定する成功の原則とその変化を踏まえ、企業が目指す方向性を見つめ直す――。そのためには経営陣が日常の業務を離れて構想を練り、議論することが必要です。米マイクロソフトを創業したビル・ゲイツ氏や韓国サムスン電子の李健熙元会長のように、経営トップが定期的に独りこもって経営ビジョンを練る場合もあるでしょう。
また、優れた経営者やリーダーの多くは、こうした「刃を研ぐ」ための習慣を、経験の中から身につけ、実践しています。多忙なはずの彼らに、趣味が多彩で、愛読書を挙げるのに事欠かない人たちが多いことを不思議に思ったことはないでしょうか。そうした経営者やリーダーの中にはもともと多趣味であった方もいるでしょうが、シニアになるにつれて趣味を広げていった人も少なくありません。これらの経営者らが意識的、あるいは無意識に「刃を研ぐ」ための習慣を身につけたことは、それぞれの成功とその持続性を支えているのではないでしょうか。
7つの習慣は、人格成長を中心とする私的成功の土台の上に、他人との相互依存関係を築く公的成功を成し遂げようとするアプローチです。それは成功のための人生の原則に沿った、本質的で王道的な方法です。魔法のような即効薬ではなく、コツコツと積み重ねる持続的な努力を必要とします。それだけに、7つ目の習慣としての「刃を研ぐ」は極めて重要であり、私的成功、公的成功と三位一体の関係を構築していると言えるでしょう。
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