「私的成功」で自立したら、他人との相互依存関係を築く「公的成功」に挑むことができます。そのためにはどうすればよいのか。世界的ベストセラー『 完訳 7つの習慣 人格主義の回復 』(スティーブン・R・コヴィー著/フランクリン・コヴィー・ジャパン訳/キングベアー出版)を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

「公的成功」のための3つの習慣

 『7つの習慣』の著者、米国のリーダーシップの研究者であるスティーブン・R・コヴィー博士がまとめた7つの習慣の最初の3つは、他人への依存から脱し、私的成功を収めるためのものでした(連載第2回 「『7つの習慣』 自らの意思で考え、判断し、責任を持つ」 参照)。

 「私的成功」で自立したら、それを土台として他人との相互依存関係を築く「公的成功」に挑めます。この相互依存関係は、一方的な他人への依存とは根本的に異なり、真に自立した個人に対する信頼が基盤となります。

 信頼とは銀行の預金口座のようなもので、信頼のレベルは「信頼残高」とでもいえるもので測られます。この残高を増やすには、①相手を理解する、②小さいことを大切にする、③約束を守る、④期待を明確にする、⑤誠実さを示す、⑥信頼を損ねたら誠意をもって謝る―――という6つの方法があります。公的成功のための3つの習慣はこれらを促進させるためのものです。

 第4の習慣として挙げられるのが「win-winを考えること」です。win-winとは、誰もが負けたり損をしたりしない、最も持続可能なパラダイムです。これは自らのwinをつかむ勇気と、相手のwinを考える思いやりのバランスから生まれます。

 第5の習慣は「理解してから理解されること」です。人は皆、理解されることを望んでいますが、実際は独善的であったり、自分の理解を押しつけたりしがちです。相手に何かを期待したり提案したりする前に、相手を本当に理解することが必要です。そのためには感情移入して相手の話を聞く、すなわち相手が見ている世界を見ることが鍵になります。

 第6の習慣は「相乗効果(シナジー)を発揮すること」です。考え方の異なる他人との相乗効果を生み出すことは、人生で最も崇高な活動であり、相乗効果の本質は、相手との相違点を尊ぶことです。自らが真に自立し、相手とのwin-winを求め、そのために相手の見ている世界を見る努力をすることで、自らの案でも相手の案でもない第3案をともに創造することができるのです。

相手を本当に理解するためには、感情移入して相手の話を聞くことが必要(写真:shutterstock)
相手を本当に理解するためには、感情移入して相手の話を聞くことが必要(写真:shutterstock)
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「win-win」でパイを大きくする道を探る

 コヴィーが説いている、相互依存関係を築く公的成功のための3つの習慣について、事例を追って考えてみましょう。

 第4の習慣である「win-winを考えること」は、限られたパイの奪い合いではなく、それぞれが別の成果を目指す、あるいはパイそのものを大きくするような道を探る習慣を意味します。

 例えば何かモノを仕入れて誰かに売る場合、あなたがより儲けるためには、より安く仕入れるか、より高く売るかしかありません。その他の条件がすべて同じで、単純に仕入れ値をたたいたり、顧客に高値をふっかけたりするだけでは、win-loseの関係になってしまいます。あるいは、仕入れの値下げを図った結果モノが粗悪になり、顧客が不快な思いをし、最終的に仕入れ値の下げ分以上に売値が下がったり取引がなくなったりすると、仕入れ先も顧客もあなたも、皆がloseすることになります。

 一方で、一定期間の発注量のコミットや平準化、エンド顧客の実際のニーズを踏まえたコスト削減提案など、仕入れ先にもwinをもたらした上で値下げを実現できれば、一見、win-loseしかありえないような関係でも、win-winの可能性が開けます。さらにその値下げ額の一部を売価に還元すれば、顧客も含めてwin-win-winとなるでしょう。

 私がコンサルティングをする中でも、業績の思わしくない企業ほど仕入れ先に高圧的な値下げ要求をしていたり、あるいは逆に仕入れ先を過度におもんぱかって正当な要求もしていなかったりという場面によく遭遇します。win-winを考える習慣があれば、そうした企業にも新たな可能性が開けるでしょう。世の中全体が右肩上がりではなくなり、限られたパイの奪い合いに目が行きがちな現在の日本では、この習慣の重要性は特に高まっているように思われます。

人の悩みを5分間聞いてみる

 第5の習慣「理解してから理解されること」は、まさにコンサルタントにとっては必須の習慣です。企業が様々な課題を抱えるとき、必ずそこに至る根本原因があります。一見まったく不合理に思える経営判断でも、まったくのデタラメや思い付きではなく、当事者なりの論理や必然性があることがほとんどです。第三者として事実に基づいて正しい解を出すだけでなく、そうした当事者の考え方や課題の見方を本当に理解して、それに沿ったコミュニケーションをしなければ、せっかくの解も受け入れられなかったり、あるいは課題が再発したりすることになります。

 一方、我々は、自らが考える以上に、相手の話をよく聞いて感情移入するほど理解するのが苦手であり、これを克服するには、習慣化と訓練が必要です。例えば、誰か家族か友人に協力してもらい、その人の悩みを5分間話してもらいましょう。そしてその間、あなたは決して原因を言い当てようとしたり、解決策を提案したりせず、ただ同調(「それは辛いですね」など)と相手の発言の反復、質問だけをしてみてください。あなたは非常に不自然に感じるかもしれませんが、相手は「よく聞いてもらえた」と感じるのではないでしょうか。

相違点を尊び、そこから学ぶ

 第6の習慣で掲げた「相乗効果(シナジー)」は、個人だけでなく企業合併などでもよく使われる言葉です。そして企業合併でも、コヴィーが説くように、相手との相違点を尊ぶことが相乗効果の源泉となります。営業のやり方、製品開発への落とし込み方、購買のやり方、仕入れ先、予算の作り方など、それらが異なるからこそ相乗効果が生まれます。

 ところが実際の企業合併では、相違点があると「どちらが正しいか」に議論の焦点が向かいがちです。合併する両社のエリートたちが自らのプライドをかけて正しさを争い、陣取り合戦を演じるうちは、相乗効果は決して得られません。

 一方、相違点を尊び、そこから学ぶ姿勢があれば、合併や企業統合は企業の学習を一気に高め、多くの価値を生みます。他人の評価から自立し、常にwin-winを求め、相手を本当に理解しようとする姿勢は、それが個人でも企業でも、相乗効果を生むための必要条件であり、また常に相乗効果を発揮する習慣をもつことで、それらも改めて強化されるのです。

『7つの習慣』の名言
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