難しい本を途中でやめてしまう。買ったまま読まずに積んでしまう。そんな読書との付き合い方も否定する必要はないという。『 本とは何か 』(新潮新書)の著者で美学者の難波優輝さんに、本をもっと自由に楽しむためのヒントを聞いた。

難波優輝(なんば・ゆうき)
美学者
1994年生まれ、兵庫県出身。美学者、会社員。神戸大学大学院人文学研究科博士前期課程修了。専門は分析美学とポピュラーカルチャーの哲学。立命館大学衣笠総合研究機構ゲーム研究センター客員研究員、慶應義塾大学サイエンスフィクション研究開発・実装センター訪問研究員。著書に『物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(講談社)『なぜ人は締め切りを守れないのか』(堀之内出版)『性的であるとはどのようなことか』(光文社)ほか

『本とは何か』では「雑誌とは何か」についても考察、ぱらぱらと読む経験、あちらこちらをつまみ食いしながら読む経験、言い換えれば「回遊する読書」が、雑誌的な読書パフォーマンスらしさとしています。

 自分は昔の雑誌を読むのが好きなのですが、あるとき許可を得て廃墟を散策させてもらったら、心が惹きつけられる感じが、両者に共通していると気付いたことがあります。雑誌の面白さは、情報そのものより、その時代の空気が保存されていることかもしれません。
 例えば『セブンティーン』や『ポパイ』など1990年代の雑誌を開くと、電話番号が書いてあってこれを見て注文するのかとか、こんなブランドあったなとか、既になくなった都市を散歩しながらその痕跡を眺める喜びに似ている。古い雑誌が廃墟となった都市の散策だとしたら、現在進行形の雑誌は今生きている都市だなと気づきました。

 雑誌の現在性と、それが古びていく過去性、そういう時間の流れを感じられる。夏目漱石の『坊っちゃん』や『草枕』を読んでも、「懐かしい」とはならないし、1980年に発表され、雑誌的といわれた『 なんとなく、クリスタル 』(田中康夫著、河出文庫)を読んでも、やはり雑誌そのものの感覚とは違います。
 同時代性というか、これをこの時代の人が読んでいた(いる)と知る喜びを、昔も今も感じられて雑誌は味わいがあると思います。

『本とは何か』(新潮新書)/画像クリックでAmazonページへ
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 雑誌というジャンルに興味がある方なら、『 『ゼクシィ』のメディア史 花嫁たちのプラットフォーム 』(彭永成著、創元社)は、雑誌『ゼクシィ』を分析した、社会学の面白さを感じる1冊です。人生の節目としての物語的な大イベントのなかで、花嫁という存在になることの楽しみや、その華やかさがどう作られていったのかを垣間見ることができます。冷静に考えると、結婚する頃って、まだそれほどお金に余裕がないことも多いのに、結婚式に300万円も500万円も使うって、なんか不思議で、日本人の人類学的なヘンテコさが面白い。結婚を考えておられる方とか、結婚式を考えられている方にも読んでほしい本です。

『『ゼクシィ』のメディア史 花嫁たちのプラットフォーム』(彭永成著、創元社)/画像クリックでAmazonページへ
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難しい本は最後まで理解しなくていい

哲学、社会学、歴史学、人類学など難しい「人文書」の分からなさを楽しむことも論じ、半信(accept)を提案しています。

 人は、分からないことをときに楽しんでいるのです――例えばパズルは、分からないなかで、ああでもないこうでもないと考えて正解を探ることが楽しいですよね。
 ただし、パズルを解くことを愛することと、実生活で論理的な思考や適切な段取りができることとは違う話で、難しい人文書を愛読しているからといって、人間についてよく分かっているわけではありません。自分がすすめたいのは、読書パフォーマンスにしても、現実にしても「ざっと分かること」です。確信は曲者で、それ以上、自分の信念を検討する余地がなくなってしまうから、とりあえずの「半信(accept)」を提案したいですね。

 完全に信じるわけでも、完全に否定するわけでもなく、とりあえず引き受けてみる。その姿勢を自分は「半信」と呼んでいます。小説にせよ、人文書にせよ、ざっと分かること、半信を積み重ねていくことが自分は好きです。ちょっと分かり、ああ違うと分かり、またちょっと分かる。行ったり来たりの繰り返しをすることで、自分自身の凝り固まった考えから、いつも自由でいられます。読んでは人と話して、読んでは外に出る。世界を理解したいなら、それが一番いい気がするんですよね。

すると難しい本を丸ごと理解できなくても、読んでみて、やっぱり難しいから途中でやめてもいいですかね。

 いいです。例えば、本書巻末のブックガイドにも入れているフーコーの『 言葉と物〈新装版〉―人文科学の考古学― 』(ミシェル・フーコー著、渡辺一民、佐々木明訳、新潮社)は、自分でもよく分からない本なのですが、言葉と物って書いてあるだけで引かれる。それで、そのまま棺に入る前に、言葉と物って何だったろうと思いながら、この世から去ってゆくのもいい人生なんじゃないかなと思います。

『言葉と物〈新装版〉―人文科学の考古学―』(ミシェル・フーコー著、渡辺一民、佐々木明訳、新潮社)/画像クリックでAmazonページへ
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「積ん読」は人間に考えさせる

積ん読には積ん読なりのパフォーマンスがあるということですか。

 本の背表紙を見ているだけでも、考えることってたくさんあります。本が物理的に家に積まれていて、次に読むのは1年後か、5年後か分かりませんが、ふと思い出して、あれってどういうことだろうと、忘れないでいられることが面白いなと思うんですよね。例えば、最近自分は戦争の本ばかり読んでいたのですが、『 戦艦大和の歴史社会学 軍事技術と日本の自画像 』(塚原真梨佳著、新曜社)という本と『 建築を目指して 』(ル・コルビュジェ著、吉阪隆正訳、鹿島出版会)という本が積ん読状態にあって2冊を並べていたら、そういえば、船って建築なのかなと考えたりする。

 本があると、料理をしながらでもあれは何だったんだろうと、ふと考える。またすぐ忘れて、別の機会に考えるみたいなことがある。人間が考えることを、勝手に手伝ってくれるし、押し付けがましくない。頼りになるやつみたいな感じです。積ん読が好きな人が、「本を置いているだけで賢くなる」と言いますが、自分もあれは本当なんじゃないかと思っています。大和の本が積ん読状態で、置かれているだけで、大和って何だったんだろうとか、戦争って何だったんだとか。そんなこと考えさせられる。人間が本に考えさせられている感じが、いいなと思いますね。

難波さんは今、積ん読、つまり“読まれることを待機中”の本がどのくらいありますか。

 いっぱいあります。300冊ぐらいあると思います。いつかまたこのテーマをやるときにと思って買っておいて。1年、2年読まなくて、「これ、あったよな。そろそろ読み始めようか」という感じで楽しいですね。20、30冊でもいいし、2、3冊でもいいし。置いてあるだけで違うことを考えられるというのが、やっぱり積ん読はいいですよね。

積ん読というより、インテリアのようになっている本もありますよね。

 それで言うと、『絵画の解放 カラーフィールド絵画と20世紀アメリカ文化』(加治屋健司著、東京大学出版会)が面白いです。美術史というと、美術館に飾られているような作品がメインに扱われますが、アートは収集によってインテリアデザインとして扱われたりします。カラーフィールド絵画という、色を重視した絵画が人気になった理由の一つは、インテリアとして、アートコレクターの家にかけていて見栄えがする。アメリカの家具や家の作りに合ったわけです。絵画ですら、インテリアとしての機能みたいなものが評価されたとしたら、いわんや本をや、という感じで。本の家具化を考えるうえでも面白いなと思っています。

『絵画の解放 カラーフィールド絵画と20世紀アメリカ文化』(加治屋健司著、東京大学出版会)本書は現在、品切れです。古書店、インターネット書店、図書館などで入手することができます
『絵画の解放 カラーフィールド絵画と20世紀アメリカ文化』(加治屋健司著、東京大学出版会)本書は現在品切れです。古書店やインターネット書店、図書館などで入手・閲覧できます。

3回にわたって読書のさまざまなパフォーマンスについて伺いました。最後に、読書との付き合い方に悩む人へメッセージをいただけますか。」

 本書では、本のジャンルごとに異なる読書パフォーマンスについて考えました。一方で、昨年出版した『 物語化批判の哲学 〈わたしの人生〉を遊びなおすために 』(講談社現代新書)では、人がどのようなスタイルで世界や人生と向き合うのかについて考えています。人には、過去を物語として語るのが好きな人もいれば、ゲームのように未来へ向かって課題を設定し、一つずつ攻略していくのが好きな人もいます。また、図鑑を眺めながら世界を整理したり、仕組みを理解したりすることに喜びを感じる、パズル的な人もいます。

 読書も同じで、読み方は一つではありません。ゲームのように難しい本を攻略する読み方もあれば、おもちゃのように気ままに付き合う読み方もある。
 だから、本は最後まで読まなければいけないとか、この読み方が正しいとか、あまり考えなくていいと思うんです。自分が楽しいと思える付き合い方を見つけることのほうが大切です。自分に合った読書パフォーマンスが見つかれば、本はもっと自由で面白いものになると思います。

『物語化批判の哲学〈わたしの人生〉を遊びなおすために』(講談社現代新書)/画像クリックでAmazonページへ
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取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也