「人生100年時代」といわれる中、ビジネスパーソンが継続して活躍したり、人生を充実させたりするためには、学び続けることが不可欠です。しかし、過去の経験や知識がある人ほど、「以前はこうした」「この場合はこうだった」といった前例にとらわれ、学びがうまくいかなくなることもあるといいます。どうすれば、これまでの学びや蓄積を財産として持ったまま、最大限に生かして、これからも成長し続けることができるのでしょうか。 『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』 から、ビジネスパーソンの新しい成長の秘訣を探ります。1回目は「大人の学びにおいて、インプットよりも大事なこと」について。

大人にこそ不可欠な「新しい学び」──アンラーン

 人生100年時代と呼ばれるようになって、「学び直し」や「生涯学習」という言葉を多くの人が意識するようになりました。また、急速な技術革新や感染症の拡大など、世界は大きく動いています。それに伴って、新しい言葉や概念が次々と出てきます。SDGsやDX、ニューノーマルなど、挙げればきりがありません。

 いくつになっても成長したい、新しいことに挑戦していきたい。そういう気持ちはとても尊いものですし、僕たち自身も学びの姿勢をいつまでも持ち続けたいと考えています。

 ただ、気になることが1つあります。こういう文脈で語られる「学び」については、常に「インプット」、つまり、「これから何を学ぶか? 何を得るか?」だけが重要視されているということです。「未来に向かってどう成長していきたいか」を考えるとき、多くの人は、未来だけに目を向けて、そのために最大限のインプットを行い、それらをため込んで、自分を大きくしようとするものです。

 学びというのはたしかに、知識や情報をどんどんプラスしていくこと、自分の中にため込んでいくこと、それによって思考の力を高めていくことです。しかし、そのプロセスの中で「インプット」以上に大切なことが、実はあります。

 それが「アンラーン」です。アンラーンとは何か? 英語のつづりはunlearn です。

 学んだことを忘れること? 学ばないこと? ──いいえ、そうではありません。アンラーンは学びの否定ではなく、これまでに学んだ知識や身につけた技術を振り返り、さらなる学びや成長につながる形に整理し直すプロセスです。学びによる知識や経験をよりよく生かし、長いスパンで活躍し続けるための、とても重要なステップなのです。

 ここでは、人生100年時代に成長し自己実現し続けていくための新しい考え方「アンラーン」とはどういうものなのか、そして、そのアンラーンが必要なのはどんな人なのか、ということをお話ししていきます。

「アンラーン」について語り合う柳川範之氏と為末大氏(写真:尾関祐治)
「アンラーン」について語り合う柳川範之氏と為末大氏(写真:尾関祐治)

「古い習慣」「見直されないルーチン」が成長を妨げる理由

 アンラーンを分かりやすく言い換えるとすれば「これまでに身につけた思考のクセを取り除く」です。「思考のクセ」というのは、環境に適応してパターン化した思考のことです。

 僕たちは仕事でも日常生活でも、発想や選択をある程度パターン化することによって、よりスムーズに物事を進めることができています。でも、ある1つの環境に適応し過ぎてしまうと、ひとたび環境が変わったときにはこれまでのパターンが通用しなくなってしまうという事態を引き起こします。「やったことがない」「前例がない」という理由で何も決められない。すぐに対応できない。前向きな行動ができない。今回のコロナ禍における様々な場面で、このような事態が多く見受けられたことに、みなさんもお気づきではないでしょうか。

 変化に直面したときには、パターン化された「思考のクセ」が柔軟な発想の妨げになることがあります。いや、それだけではなく、「思考のクセ」は自分自身の成長を止めてしまう可能性もあります。そうならないために、「思考のクセ」をまずは捨て去ること。その上で、よりよい学びを実践すること。「アンラーン」とは、そうした一連のプロセスなのです。

「結果を出した後」に僕(為末)が直面した“難しさ“

 僕(為末)は陸上競技を25年やってきました。幸いにいい環境に恵まれオリンピックにも出場することができ、世界大会でメダルを獲得することもできました。スポーツからたくさんのことを学ぶことができました。

 目標を立て計画通り行うこと。自分の力で切り開くこと。諦めないこと。競技結果だけではなく、スポーツで結果を出す技術も習得しました。

 ところが引退して社会に出てしばらくして、何かがおかしいと気がつきました。競技時代と同じようにしても、うまくいかないのです。目標を立てて目標から逆算し、計画通り行っても、なぜかうまくいきません。スポーツのように、ルールも勝利条件も何十年も変わっていない世界と違い、社会は状況がその都度変わります。目標を立てたときとは条件が変わっているので、計画し過ぎるとうまくいかないのです。

 また、グラウンドでは自分しか頼れる人がいません。社会でも誰にも頼らず何でも自分でやろうとしたのですが、それがうまくいきません。仕事は1人でできることは限られていて、みんなで力を合わせながら行うことが多いのですが、僕は人に頼ったり力を合わせるというやり方が分からず、抱え込み過ぎてしまっていました。自分は自分が思っていたほど能力があるわけではなく、むしろできないことばかりじゃないかと落ち込む日々が続きました。

 今はそれが、能力の問題ではなく、前の世界の学習を引きずり過ぎていたことが原因だったと分かります。とくに僕は競技で成功体験があったために、自信もあり、余計に変化できない状態でいました。

 アンラーンも1つの成長のプロセスではありますが、けれども学習し蓄積していくことと、忘却しリセットするアンラーンは質的に違います。ですから学習し続けるという発想でいると、どうしても新しい環境で行き詰まってしまうのだと思います。

 とくに今、世界は激しく変化しています。日本は30年前、世界のトップ争いをしていましたが、今は集団に置いていかれそうになっています。このままじゃいけないと思いながら、どうしていいか分からない。そんな状態に見えます。

 僕は日本社会全体に強くアンラーンを勧めたいと思います。まだ何も学んでおらず成功体験もない人間にはアンラーンのインパクトは大きくありません。アンラーンがほんとうに必要なのは、何かの学びを得ていて、それなりに成功体験を持っている人です。曇りのない目で見てみると日本の中にもチャンスはたくさんあると思いますが、その曇りのない目になることがなかなかできないのだと思います。いったんアンラーンして、客観的に日本を眺めること。それが今の日本にも、日本で働いていく上でも必要なことだと思います。

「アンラーンが必要」なのは、どんな人か?

 ここまで読んでいただいても、まだ、「自分にはアンラーンが必要なのかどうか分からない」という方もいるかもしれません。そこで最後に、アンラーンがとくに必要な人の特徴をまとめておきます。

【アンラーンの必要度が分かる7つのチェックリスト(ビジネス編)】

  • □ 会社名や肩書を名乗らずに自己紹介するのは苦手(不安)
  • □ 携帯電話のアドレス帳に入っている連絡先のうち、半分以上が仕事関係者
  • □「うちの会社では……」が口グセになっている
  • □ 1か月のうち、仕事関係者以外と会った人数は3人以下
  • □ 何かをしない言い訳に「仕事が忙しくて」とつい言ってしまう
  • □「今日は仕事に行きたくないな」と思う日がある(明らかな体調不良を除く)
  • □「以前はこうだった」「こういうときはこうするものだよ」とすぐに前例を持ち出す

【アンラーンの必要度が分かる6つのチェックリスト(生活編)】

  • □ 何か決まった口グセがある(とくに、「疲れた」などネガティブなもの)
  • □ 最近、ワクワクすることが減った
  • □ 周囲の人との会話が、毎日同じような話題ばかりだ(だから熱が入らない)
  • □ 仕事とは別の分野の「学び」をしていない
  • □ どんなことにも「そんなこと当たり前」と考えがち(いちいち驚かない)
  • □ すごい成果を出した人は、自分とは別世界の人だと思う

 1つでもチェックの入った方は、アンラーンというスキルによって、あなた自身の新たな「伸びしろ」を広げていくことができます。「インプット」の前の「アンラーン」をぜひ意識的に取り組んでみてください。

(写真:photofriday/shutterstock.com)
(写真:photofriday/shutterstock.com)

日経ビジネス電子版 2022年1月24日付の記事を転載]

これまで身につけてきた知識・経験・スキルをやわらかくほぐし直し、発展させていくための、新しい学びの技術「アンラーン」

働き方が変わった、新しい制度が導入された、職場環境が変わった、転職した……。毎日は、大小さまざまな変化の連続です。
また、直接の変化がなくても、「人生100年時代」といわれる今、学び続けること、第2第3のキャリアを形成していくことは、誰にとっても必須です。

そんなときに必要となるのが、「アンラーン」の技術です。

アンラーンとは、「学ばない」ことではありません。「過去の学びや蓄積」から、クセやパターン、思い込みをなくすことで、新たに成長し続けられる状態に自分を整える技術です。

真面目に経験を積み、スキル・知識をしっかり得てきた人が、さらなる成長をするために。
何歳からでも、正解のない世界でも、足元の状況や価値観がどれだけ変化しても、ビジネス・勉強で活躍し、自己実現し続けるために。

「新しいインプット」の前に絶対不可欠な、
「学び、成長し続けられる自分」の整え方