「人生100年時代」といわれる中、ビジネスパーソンが継続して活躍したり、人生を充実させたりするためには、学び続けることが不可欠です。しかし、過去の経験や知識がある人ほど、「以前はこうした」「この場合はこうだった」といった前例にとらわれ、学びがうまくいかなくなることもあるといいます。どうすれば、これまでの学びや蓄積を財産として持ったまま、最大限に生かして、これからも成長し続けることができるのでしょうか。 『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』 から、ビジネスパーソンの新しい成長の秘訣を探ります。2回目は「過去の成功体験を生かせる人と、とらわれてしまう人の差」について。

サーフィンとウインドサーフィン……勝手に混同して考えていませんか?

 ウインドサーフィンというスポーツを経験したことはありますか。僕たちは、その名前には当然なじみがありますが、体験したことはありません。

 念のために言葉で説明をすると、こういうことになるようです。「風を使って水面を走るマリンスポーツ。サーフボードに似たボードにセイル(帆)のついた、セイルボードを用いる」。これを前提に、興味深いエピソードをご紹介したいと思います。

 ウインドサーフィンの初心者に教えているコーチの方から聞いた話です。そのコーチいわく、ウインドサーフィンには典型的な「二大へたくそ」のパターンがあるそうで、そうした人たちは最初のトライで上手にできないだけでなく、その後の上達のスピードも極端に遅くなるのだそうです。

 さて、どんな人が「二大へたくそ」なのでしょうか。これは、興味津々です。ウインドサーフィンの「二大へたくそ」の典型的なパターン、それは運動神経の良しあしではなく、「ウインドサーフィンと似たようなスポーツの経験がある人」と「体力に自信がある人」なのだそうです。どちらも驚きですよね。印象としては、もっともうまくできそうな人たちです。彼らの何が、上達の妨げになっているのでしょうか。

 「似たようなスポーツ経験がある人」というのは、たとえば普通の(ウインドではない)サーフィンの経験者などです。似たようなことをやってきたという自信があるからか、過去に学んだ力の使い方や技術で何とかしようとするので、新しいやり方を受け付けることができず、結果的に、うまくいかない。なかなか上達できないことが多いそうです。「ウインドサーフィン」と「サーフィン」は、同じく「サーフィン」と名前がついていても、まったく別のスポーツです。それにもかかわらず、サーフィン経験者は、ウインドサーフィンの方法をイチから学ぼうとするのではなく、無意識のうちに過去の経験を応用して対応しようとしてしまいます。自分自身が新しい学びに向かうのではなくて、学びたいものを無理やり自分に引き付けようとしてしまうので、うまくいかないのです。

 もう1つの「体力に自信がある人」というのはどうしてでしょうか。ウインドサーフィンは、波や風にうまく乗ることが必須のスポーツです。しかし体力に自信がある人は、うまく乗ろうとするより、力づくでどうにかしようとしてしまうといいます。どんなに体力があっても、波や風をコントロールできるわけはありません。それなのに力づくでどうにかしようとしても、うまくいくはずはありません。

 類似のスポーツの経験も、これまでに培ってきた体力も、過去に得た技術であり学んできたことです。自分にとってそれらはとても価値のあるものだと考えているので、無意識のうちに、「生かしてどうにかしよう」「自分の力でコントロールできるはずだ」と考えてしまいます。そのとたん、シャッターが下りて新しい学びを拒んでしまうのです。

 こうした「二大へたくそ」にあたる人でも、自分の状況を正しく把握することによって、状況を変えることはできます。

 「ウインドサーフィンはウインドサーフィン。サーフィンとは違う」と体感し、理解すること。「力でどうにかしようとするのではなく、身を委ねることが大事」と気づくこと。経験や過去の学びと適切な距離をとることで、新しい技術や能力の習得が可能になります。ウインドサーフィンでなくとも同じなのは言うまでもありません。

(写真:ohrim/shutterstock.com)
(写真:ohrim/shutterstock.com)

過去の経験が「学び」を妨げるもう1つの理由

 もう1つ、何歳になっても学び続けていくにあたって重要なことがあります。それは、「人の話を最後までちゃんと聞く」ことです。

 このような「当たり前のこと」をわざわざお伝えするのには、理由があります。それは、多くの方が経験を積むごとに、年齢を重ねるごとに「人の話を最後まで聞かなくなっていく」からです。

 過去の経験が豊富な人ほど、説明の途中で「分かった!」と早飲み込みしてしまったり、「要はあれと同じようなものか」と決めつけてしまったりします。話を聞いているつもりでも、無意識のうちに、勝手に「これは大事」「これはいらない」と自己判断で整理してしまうのです。そのせいで、せっかくの新しい知見がうまく着地してくれません。結果として、学ぶスピードが格段に遅くなり、何をやらせてもうまくならないということになってしまいます。

 転職の例で考えてみましょう。転職先の企業で、過去の栄光を引きずって威張り散らすような人はイマドキ論外として、そうではなく、とても真面目に「新しい環境でも活躍しよう」「がんばって成果を出そう」と考える人がいるとします。こうしたポジティブな気持ちで取り組んでいるのに、なぜか期待通りの結果が出ない、なかなか成果が出なくて居心地が悪い、なんてことは珍しくありません。

 こういうケースの多くは、過去の成功パターンを無意識のうちになぞり、無意識の自己判断が働いてしまっていることに起因します。企業環境も違う、上司や部下の性格も人間関係も違う中で、これまでと同じスキルがそのまま通用するわけがないことは、冷静に考えれば分かります。なのに、「過去を踏襲する」ということを、どうしても反射的にやってしまう。その結果、失敗してしまうのです。

 「早く結果を出さないとバカにされる」

 「こんなこともできないのかと思われたくない」

 という、真面目さゆえの「力み」のせいもあるでしょうが、それを差し引いても、過去の持つ力の影響は大きいように感じます。

 もちろん、過去は必ずしもマイナスに働くわけではありません。過去の成功パターンによってうまくいくこともあります。仕事の成功パターンには共通点が多いはずなので、ビジネスシーンの中で「あのときの経験が生きた!」ということはたくさんあるでしょう。

 ただ、ここで留意しておきたいのは「結果として、過去の経験が生きた」はあるけれど「無理やりに生かそうとして、うまくいった」はない、ということです。過去のスキルに依存しない。力業でどうにかしようとしない。過去から上手に距離をとることが、学び続けるための大切な態度です。

日経ビジネス電子版 2022年1月25日付の記事を転載]

これまで身につけてきた知識・経験・スキルをやわらかくほぐし直し、発展させていくための、新しい学びの技術「アンラーン」

働き方が変わった、新しい制度が導入された、職場環境が変わった、転職した……。毎日は、大小さまざまな変化の連続です。
また、直接の変化がなくても、「人生100年時代」といわれる今、学び続けること、第2第3のキャリアを形成していくことは、誰にとっても必須です。

そんなときに必要となるのが、「アンラーン」の技術です。

アンラーンとは、「学ばない」ことではありません。「過去の学びや蓄積」から、クセやパターン、思い込みをなくすことで、新たに成長し続けられる状態に自分を整える技術です。

真面目に経験を積み、スキル・知識をしっかり得てきた人が、さらなる成長をするために。
何歳からでも、正解のない世界でも、足元の状況や価値観がどれだけ変化しても、ビジネス・勉強で活躍し、自己実現し続けるために。

「新しいインプット」の前に絶対不可欠な、
「学び、成長し続けられる自分」の整え方