「人生100年時代」といわれる中、ビジネスパーソンが継続して活躍したり、人生を充実させたりするためには、学び続けることが不可欠です。しかし、過去の経験や知識がある人ほど、「以前はこうした」「この場合はこうだった」といった前例にとらわれ、学びがうまくいかなくなることもあるといいます。どうすれば、これまでの学びや蓄積を財産として持ったまま、最大限に生かして、これからも成長し続けることができるのでしょうか。 『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』 から、ビジネスパーソンの新しい成長の秘訣を探ります。4回目は「日常でできるアンラーンのテクニック」について。
アンラーンを日常に取り入れるための3つのアイデア
本連載の3回目では、「自問」を通してアンラーンを実践する方法を紹介しました。アンラーンによって、「これまでに身につけた思考のクセ」を取り除くことができれば、何歳からでも、正解のない世界でも、足元の状況や価値観がどれほど変化しても、ビジネスや勉強などで活躍し、自己実現をし続けることができます。仕事でもプライベートでも自身の行動パターンについて振り返ってみることによる気づきは、めまぐるしい変化が続くこの時代を生きていく上で、大きなヒントになってくれるはずです。
しかし、多忙な日々の中では、時間・手間の面で、そこまでの余裕が今すぐには取れないという人も多いでしょう。僕たちの狙いは、そういう人にこそアンラーンの必要性に気づいてもらいたいということなので、決して置き去りにはしたくない。どんなに忙しくしている人でも、アンラーンのチャンスを持ってほしい。
そこで、ここでは、日常の仕事や生活の中で「こまめに」アンラーンをしていくための実践方法をお伝えします。ほんの少しでもアンラーンに興味を持った人は、できるものから、ぜひ始めてみてください。
① 「今の仕事に就こうと思った理由」を問い直す
これまでに学んだ知識や身につけた技術を振り返り、さらなる学びや成長につながる形に整理し直すために、そして学びによる知識や経験をよりよく生かし、長いスパンで活躍し続けるために効果的なのが、「自分の本質に関わる問い」です。自分の本質について改めて問い直してみることは、自分を「素」の状態=フラットな位置に戻してくれます。これは、今、身につけている様々なものの価値を見極める際には、とても重要な態度です。
たとえば、現在「社内調整をやらせたら、会社であいつの右に出る者はいない」という評価を得ているとします。何かにつけ、
「○○君、またよろしくね」
と、上司からも同僚からも、あるいは得意先からも頼りにされる。これって、すごくうれしいことですよね。「俺って、なかなかできる奴かも」なんて思うこともあるでしょう。もちろん、実際に会社の中でとても役に立っていて重宝されているのだから、素晴らしい能力です。おおいに自慢していただいて構いません。
ただ、そこで、もう1つの視点を持っておいてほしいのです。今の仕事に就いたときの理由や目指すべきものが「社内調整の達人になること」だったということは、おそらくなかったと思います。その本来の理由や目的は、今、どこにありますか?

もしも、どこかで置き去りになっているとしたら、それは少し心配です。なぜなら、「社内調整の達人」というようなポジションは、何かがきっかけでガラリと評価が変わる可能性があるからです。
たとえばトップが変わって、「社内調整はNG」という方針に変わるかもしれません。そうなったときに戻るべき場所、つまり本来の「フラット」な位置を見失わないことがとても大切です。
② 自分の仕事を「専門用語抜き」で「言葉だけ」で表現してみる
スポーツコーチングの世界では、パラリンピックの盲目の選手に対してコーチングを行うと、気づきがとても多いといわれています。たとえば、「こんなふうに」という言葉と身ぶり手ぶりは、選手が目で見えないために使えませんし、「まっすぐに」という言葉も、レーンに対してまっすぐなのか自分に対してまっすぐなのかが分からないために通じません。普段、いかに「目で見えている」という暗黙の了解の上でコーチングを行っているかがよく分かります。
また、引退間際のアスリートが引退したあとに何をやろうか悩んでいるとき、こんな質問をします。
「競技の名前を使わないで、今までやってきたことを説明してください」
僕(為末)であれば「陸上競技」「400H(400メートルハードル)」という言葉を使わないで説明するわけです。多くの選手は悩みます。悩んだ末に、
「人を勇気付けることをやっていた」
「限界に挑戦することをやっていた」
「仲間と協力して目標を達成することをやっていた」
と答えます。面白いことに、競技が同じでもこの説明がまったく違うこともあります。
自分がやっていたことを、そのものの単語で表現してしまうと、何だか分かった気分になってしまいます。でも多くの職業は、その行為を通じて何らかの価値を提供しているわけです。また学びにしても、それを通じてより深い学びを得ているわけです。それはいったい何なのかを、この質問で明らかにしようというわけです。たしかに400Hの技術は引退後、直接役に立てることはできませんが、仮説を立て実行し、ずれを認識し再修正するというプロセスは、スポーツのみならず普遍のものです。
このように自分が夢中でやってきたことは何なのかを認識できれば、これから何をやりたいかのヒントになります。その一歩が、動作に関することをすべて「言葉だけ」に落とし込むこと、そして、自分の行動をそのものずばりの単語や専門用語を使わずに表現することです。
たとえば広報として自社の製品を売り込む仕事をしている方は、広報という言葉を使わずに、あるいは自社の製品名を用いずに、自身の仕事を説明するとどうなるでしょうか? パソコン作業などを後輩に教える際に「やって見せるのが早い」と決めつけたり、以前つくった資料を見本として渡したりするのをやめて、あえて「言葉だけ」で伝達してみるというのも面白い試みです。
情報量に制限をかけて伝えることで、その動作の本質や目的が明確になり、知らぬ間に加わっていた「余計なクセ」が見えてきます。自身のアンラーンすべきクセの発見につながるでしょう。
③ 「早くなじもう」「それらしくなろう」としない
就職や転職など、これまでとは違う環境に飛び込んだとき、人は「少しでも早くなじみたい」と考えて環境に合わせた行動をとろうと努力します。また、周りもそれを期待するような態度をとります。
実際、着任時の挨拶などでは、「1日でも早く環境になじめるように努力します」などと言うと喜ばれたりします。入社半年くらいの新人は上司から、「やっと君もわが社の社員らしくなってきたな」などと声をかけられると、「これで自分も会社の一員になれた」とうれしくなったりします。
しかし、この「慣れたい」という思いをあまりに強く抱くことは危険と背中合わせです。いつの間にかカルチャー(環境)対応に染め上げられ、他の大多数の既存の社員と変わらない発想に自分自身が飲み込まれてしまいかねないからです。「個」がどこかに置き去りにされてしまいます。
日本企業は、この「染め上げる力」が強力です。自分から進んで染まりたいと願わなくても、いつの間にか染まっている。そのような環境において大切なのは、染まりたい、なじみたいと願うことではなく、あるいは表面的には対応しながらも最初に感じた違和感──なじめないポイントや疑問点──を忘れないことです。

違和感を覚えたら、その文化に合わせて自分を変えるべきかどうかを、まずは考えてみましょう。すぐにメモするなどして、流されてしまわないようにすることも大切です。知らず知らずの間に環境対応に染め上げられてしまわないように、いろんなやり方で踏みとどまってください。新しい環境に入ったときこそ、環境対応と意識的に距離をとることが重要です。
学び続けることは変わり続けること いつまでも柔軟に考えるために
ここまで、3つの小さなアンラーンのテクニックを紹介しました。これらはすべて、アンラーンすべき点を見つけるためのきっかけとなります。
大切なことは、自らの「思考の固定化」── 自分がカルチャー(環境)対応に染め上げられ、フレキシビリティー(柔軟性)がなくなっているのではないかということ──に気づくことです。
誰でも少なからず、固定化している思考、ついてしまっている古いクセを持っています。まずはそれに気づくこと。そして、その部分の行動を変えたり、世間一般におけるスタンダードを学んだりして、偏りを元に戻そうとすること。
一気に偏りをなくすことはできなくても、カルチャー(環境)対応スキルの存在を理解しておくことで、やがて訪れるチャンスに向かって可能性を広げていくことができるはずです。これこそが、アンラーンの本質といえるでしょう。

[日経ビジネス電子版 2022年1月27日付の記事を転載]
これまで身につけてきた知識・経験・スキルをやわらかくほぐし直し、発展させていくための、新しい学びの技術「アンラーン」
働き方が変わった、新しい制度が導入された、職場環境が変わった、転職した……。毎日は、大小さまざまな変化の連続です。
また、直接の変化がなくても、「人生100年時代」といわれる今、学び続けること、第2第3のキャリアを形成していくことは、誰にとっても必須です。
そんなときに必要となるのが、「アンラーン」の技術です。
アンラーンとは、「学ばない」ことではありません。「過去の学びや蓄積」から、クセやパターン、思い込みをなくすことで、新たに成長し続けられる状態に自分を整える技術です。
真面目に経験を積み、スキル・知識をしっかり得てきた人が、さらなる成長をするために。
何歳からでも、正解のない世界でも、足元の状況や価値観がどれだけ変化しても、ビジネス・勉強で活躍し、自己実現し続けるために。
「新しいインプット」の前に絶対不可欠な、
「学び、成長し続けられる自分」の整え方