米国の社会学者、エベレット・ロジャーズは新しい製品やサービスが普及していくプロセスを消費者の採用時期によって5つに分類しました。その理論を基に、米国のコンサルタント、ジェフリー・ムーアが新商品のマーケティングを論じた『 キャズム Ver.2 増補改訂版 新商品をブレイクさせる「超」マーケティング理論 』(川又政治訳/翔泳社)を、根来龍之・名古屋商科大学ビジネススクール教授が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
新しいものが普及していくプロセス
『キャズム』は米国のコンサルタント、ジェフリー・ムーアが1991年に著しました。多くのハイテク製品が一部のユーザーに受け入れられながらも、一般的な消費者までには浸透しないで挫折する原因とその克服策を論じています。
本書の理論は米国の社会学者、エベレット・ロジャーズの普及理論がベースです。ロジャーズの理論はハイテク製品に限らず、新しい製品やサービスなどが登場して普及していくプロセスを論じたものです。
ロジャーズは『 イノベーションの普及 』(エベレット・ロジャーズ著/三藤利雄訳/翔泳社)の中で、採用時期によって消費者を(1)イノベーター(革新的採用者)(2)アーリーアダプター(初期採用者)(3)アーリーマジョリティ(初期多数派)(4)レイトマジョリティ(後期多数派)(5)ラガード(採用遅滞者)──の5つに分類しました。
イノベーターは好奇心が強く、新しいものに抵抗を持たずにイノベーションを導入します。アーリーアダプターは上手に思慮深く利用するのが特徴。アーリーマジョリティは比較的慎重で、初期採用者に相談するなどして採用します。レイトマジョリティはうたぐり深く、世の中の普及状況をみて導入します。ラガードは流行や世の中の動きに関心が薄く、最後の採用者になります。
ロジャーズのモデルで、最も重要とされるのはアーリーアダプターです。イノベーターに比べて、アーリーアダプターは社会全体の価値観や感性からの乖離(かいり)が小さく、普及の先導役になるからです。
ハイテク製品について、ムーアが問題にするのはアーリーアダプターからアーリーマジョリティへの移行です。この間に大きな溝(キャズム)があると主張します。多くのハイテク製品はアーリーマジョリティに受け入れられずに挫折すると考えました。その原因は、普及過程ごとの消費者特性の違いを理解しない製品市場戦略をとるからだと指摘します。
各採用者を分けるのは「革新性」
ロジャーズは、普及とは「あるイノベーションが、ある社会システム(組織)の構成員の間で何らかのチャネルを通じて経時的に伝達されていく過程」を意味するとしています。この過程において、異なる性質をもつ採用者が順番に、当該イノベーションを採用していきます。その順番が、イノベーター→アーリーアダプター→アーリーマジョリティ→レイトマジョリティ→ラガードなのです。これらの「採用者カテゴリー」を分けるのは「革新性」とされます。
ロジャーズが著した『イノベーションの普及』によれば「革新性とは、ある社会システムに属する個人あるいはその他の採用単位が他の成員よりも相対的に早く新しいアイデアを採用する度合い」のことです(注:採用単位とは家族、組織、地域などのことです)。この革新性は連続的な変数であり、「採用者カテゴリー」はこの連続的な性質変化を統計学的に区分したものです。連続性とは、人々全員を革新性の程度で仮に並べた場合、もっとも革新性が高い人からもっとも革新性が低い人へと徐々に変化していくということです。
イノベーションの普及は多くの場合、「最初は少数の採用者から始まり、やがて急速に広がり、最終段階では残りの少数が徐々に受け入れる」プロセス、つまり累積的な採用者数は、S字型(図2「携帯電話の普及率」の曲線がその例です)になります。
そのS字型の累積曲線を時系列の「新規採用数」に変換すると正規分布に近い形になります。そこで、ロジャーズは「採用者カテゴリー」を、平均と標準偏差(σ)を使って分類することを思いつきました。それが図1になります。
つまり、イノベーターは「平均の革新性」よりもその革新性の高さが2σ以上の人たち(正規分布では2.5%)、アーリーアダプターは1σから2σの人たち(正規分布では13.5%)、アーリーマジョリティは平均から1σまで革新性の高い人たちまで(34%)、レイトマジョリティは平均より1σまで革新性の低い人たち(34%)、そして残り(1σ以上革新性が低い人たち、16%)として採用者を区分することになります。
携帯電話が示す「イノベーションの普及」
理論的には注意すべきことがあります。それは、この理論はそれぞれのカテゴリーの人たちの実際の数を数えると上記比率になるということを言っているのではなく、時系列の「新規採用数」が正規分布になると前提した場合の連続的な革新性の違いを上記の5つのカテゴリーに統計学的に分けるものだということです。言い換えれば、前に説明してきた特性を持つ各「採用者カテゴリー」の人数が正規分布に従うということを主張するものではありません。
この点は多くの人達が誤って理解しています。逆に、一般的に正規分布の形で時系列に変化していくと想定される「新規採用数」をσ(標準偏差)によって5つの採用者カテゴリーに分けた場合、各カテゴリーに属する人たちは上述する性質を一般的に持っている傾向があるというのが、この理論の主張です。
我が国で初めて登場した携帯電話機は、1985年9月にNTTがレンタルを開始した「ショルダーホン」です。しかし、ショルダーホンは車外でも使用できる自動車電話という位置付けの製品であり、電話機の重量は約3キログラムもありました。サービスの価格も高く(保証金20万円、月額基本使用料2万6000円)、機能的にも制限があり(充電に8時間かかって話せるのは40分)、当分の間は、革新的な企業や経営幹部層(イノベーター)が利用する電話でした。
ハンドヘルド型の携帯電話第1号機は、87年に重さ900グラムで登場し、「携帯電話」という名前もこの時に付けられました。その後、88年から89年にかけて、旧IDOや旧DDIセルラーの新規参入が認められ、初期費用や通話料金などの引き下げ競争が始まり、個人(アーリーアダプター)が使うようになっていきます。
94年には、携帯電話機(ハード)の買い取り制度(売る側から見るとハードの売り切り制)の導入とともに、初期費用、通話料金の大幅な値下げが行われ、その便利さに魅了された多くの個人が使うようになっていきます(アーリーマジョリティへの浸透)。
とはいえ、最初のうちは価格が高く(94年の平均月額通話料金は2万円程度)、その利用者はまだ企業人が中心でした。
しかし、「iモード」サービスが始まったころ(99年)には、競争の結果、価格が下がっていき月額の平均通話料金が1万円程度となり、携帯電話の普及率は50%程度になりました(アーリーマジョリティへの浸透の完成)。この頃には、企業人以外に、若者や主婦など(レイトマジョリティ)も携帯電話を使うようになっていました。
ちなみに、iモードは、携帯電話でインターネットメールの送受信やインターネット上を含むウェブページ(iモード専用ページ)閲覧などができる画期的サービスとして、最初は上位機種用の高付加価値サービスという位置付けでしたが、その後他社の同種サービスを含めて、日本における標準的サービスとなっていきます。また、ハードもキャリアが相互に異なるものを販売する形で我が国の携帯電話市場は発展していきます。
この歴史は欧米とは異なるもので、閉鎖された島国での独自の進化という意味で、「ガラパゴス化」と自虐的に言われることもありますが、一方では我が国の携帯電話の普及を促した側面もあります。
2010年には普及率が85%を超え、携帯電話はいまや高齢者や小学生も使うものになっています(ラガード)。一方、11年ごろからは、若者たちを中心に、iモードなどのサービスの前提となっていた従来の携帯電話(「ガラケー」といわれる)から米アップルの「iPhone」(07年に初代機発売)などのスマートフォンへの置き換えが進みました。iPhoneは、キャリアをまたがって同じハードが売られている製品であることに注意してください。日本でもようやくそうなりましたが、欧米市場では、それがもともと標準的な姿なのです。
携帯電話は、一部のユーザーに採用され、一般的な消費者まで浸透し、最近ではほとんどすべての人が使う製品になりました。この普及の過程は、NTTドコモなどの携帯電話キャリアといわれる企業の市場製品戦略の成功によって後押しされたものでした。
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