今、インターネットで「勝つ」コンテンツには共通点があります。それは、視覚だけではなく、ほかの「感覚」、特に聴覚も上手に刺激することだと 『SENSE インターネットの世界は「感覚」に働きかける』 の著者、堀内進之介氏と吉岡直樹氏は言います。YouTuberのヒカキンがなぜ人気なのか、それは感覚の面から説明できます。本連載では新刊『SENSE インターネットの世界は「感覚」に働きかける』の一部を抜粋し、紹介します。

盲学校に通う若者がいちばん見ているのは「YouTube」

 インターネットで人気のコンテンツを理解する上で、ひとつ大事なことがあります。それは、視覚などの五感は「互換」ではなく、「補完」しているということです。同じものを同じように理解しているのではなく、それぞれを別のルートで理解しているということです。こう言われてみれば当たり前だと思うかもしれません。しかし、私たちの思い込みは強く、これがインターネットを理解するときに邪魔をしています。

 感覚同士の補完性を上手く活用して、人気を博しているのがYouTuberのHIKAKIN(ヒカキン)です。

 私たちは、目の見えない若者たちが、どうメディアと接触しているのかを知ろうと、東京都立文教盲学校を取材しました。そして、生徒たちに日常生活で何が情報源かについて尋ねました。

 私たちとしては、「ラジオ」という答えを期待しました。簡単に言うと、「目の見えない若者たちは、視覚重視の方向に向かう動画メディアに疎外感を感じていて、聴覚メディアであるラジオの重要性を訴えるのではないか」という仮説を描いていました。

 ところが、回答はまったく予期せぬものでした。「みなさんはふだん、どんなメディアに接していますか」という質問に対し、「いちばん観ているのはYouTube」という、いかにも今どきの高校生らしい答えが返ってきたからです。

 これは驚きました。目が見えないはずの生徒たちがYouTubeを「観る」と表現したのですから。

 「いちばん観ているのはヒカキンかな」
 「うん。ヒカキン面白い」

 生徒たちはYouTubeも、ヒカキンも「聴く」とは言いません。しかし、ネット上でもっともポピュラーな動画メディアであるYouTubeは、「聴覚情報の視覚化」がもっとも進んだコンテンツと言えるでしょう。それをなぜ、視覚障害者の若者たちが好んで「観て」いるのか。

 私たちが「テレビを観る」といった場合、「テレビ」と「観る」のふたつの単語でできています。一方、盲学校の若者たちと会話をしているうちに私たちは、YouTubeは違うのではと考えるようになりました。「YouTubeを観る」でひとつの単語として捉えるべきではないかと。そう考えると、彼らが「YouTubeを観る」と言った理由が分かります。

(写真:Shutterstock)
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ヒカキンの動画は「視覚」と「聴覚」を刺激するから分かりやすい

 ヒカキンがなぜ彼らに人気なのかを考えてみましょう。私たちは、それが動画の「音」ではないかと思いました。ヒカキンの動画を音から分析すると、さまざまな効果音やエフェクトが巧みに使用され、番組を盛り上げているのが分かります。おそらく、ヒカキン自身も当初は意識していなかったと思いますが、音と言葉の使い方に整合性があるのです。

 ヒカキンおなじみの商品の紹介動画を見てみましょう。

 そこでは、「これ買ってきた」という言葉が「ドーン」という効果音とともに語られます。音を聴いているだけで「商品が今、登場した」ことが分かります。ここで使われる音は、同じものの使い回しでも、ランダムに使っているわけでもありません。その状況に応じて音を使い分けていて、「どこで何が出た」というのが分かりやすいので、実は映像を観なくても音だけで何をやっているかが分かります。

 商品の開封時には「では、今から開けます」という語りがつきます。開封の後には商品の紹介や説明があり、「使ってみてここが面白かった。ここがすごい」といった感想が続きます。

 「これ、すげえな」と言っておきながらも、「がっかり」する場合もあります。が、こうしたケースでは声色が完全に使い分けられているので、音だけですべての状況が分かるように構成されています。音を有効に使うYouTuberは他にもいますが、ここまで規格化された人はほとんどいないはずです。

 ですから、目の見えない人たちからすると、非常に分かりやすい。それはもちろん、目の見える人にとっても分かりやすいということでもあります。ヒカキンが視覚障害者や子供たちに人気があるのは、単に内容が面白いだけではなくて、分かりやすいという要素も大きいと言えるでしょう。

 そして、その分かりやすさは、視覚的に表現されている分かりやすさだけでないのは見てきた通りです。音を使って、私たちの認知的な負荷を切り下げることで、半ば自動的にコンテンツの文脈を解釈させる作用を持たせています。音と視覚がバランスされていて、認知的な負荷が低いので、スッと入っていけます。

 テレビも、映像に音がついていると思うかもしれません。しかし、それはあくまでも視覚の補助で、認知的な負荷を下げるほどではありません。

 ヒカキンの動画は、子供たちにも目の見えない人たちにも非常に分かりやすい設計になっています。目の見えない人たちが「観る」と表現したのは視覚的な行為ではなく、複合メディア体験を指したものといえるでしょう。

 さきほど、「YouTubeを観る」がひとつの動詞になっていると言いました。ヒカキンのコンテンツはまさしく、「視覚と音とどちらかが優位というわけではない、両方が補完し合っているひとつのコンテンツ」と言えます。複合メディアで使う新しい動詞と言えるでしょう。

(写真:Shutterstock)
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人間はラクな方法に流れる。そして、戻れない

 インターネット上のコンテンツがいかに「感覚」を刺激しているのか、そこから生まれている新しいものとは一体何かなど、実際に人気のあるコンテンツやYouTuberを例にとって解説します。人間が感覚を刺激されることにいかに弱いのかが分かってくるはずです。
堀内進之介・吉岡直樹、日経BP、2420円(税込み)