DX(デジタルトランスフォーメーション)で後れを取る日本企業。デジタル化そのものへの対応も遅く「デジタル敗戦」ともいわれる状況に陥っている。DXでの成果が求められる今こそ、デジタル敗戦の要因を理解した上で「ソフトウェアファースト」、つまり「ソフトウェアの手の内化」に取り組む必要がある。連載第1回は「挑戦しない姿勢と間違った製造業信奉」の問題点について、『ソフトウェアファースト第2版 あらゆるビジネスを一変させる最強戦略』(及川卓也著)より抜粋してお届けする。

低位安定に甘んじて挑戦しない姿勢

 製造業を中心とした日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の現況を知る前に、少し視点を高く持って日本のデジタル敗戦について考えてみましょう。ソフトウェアファースト、つまり「ソフトウェアの手の内化」を妨げるさらなる原因が見えてくるからです。

 デジタル敗戦からの脱却で大きな役割を期待されている半導体産業は、経済安全保障面でも日本政府にとって重要な課題となっています。半導体やデジタル産業は国の競争力に大きく影響し、これらの産業の強化が国の将来に直接関与するからです。

 こうした背景の元、経済産業省は2021年、日本のデジタル産業と半導体産業の競争力強化を目的に、「半導体・デジタル産業戦略検討会議」を設立しました。2023年6月には、業界の現状と将来の方向性を示す「半導体・デジタル産業戦略」【編注1】が公表されました。

●編注1:https://www.meti.go.jp/press/2023/06/20230606003/20230606003.html

 この戦略では、デジタル産業の競争力が落ち込んだ一因として、ユーザー企業とベンダー企業との間の相互依存が指摘されています。ユーザー企業がベンダー企業にデジタル化を委ね、ベンダー企業も低リスクで安定した受託開発型のビジネスモデルで応える、このような関係を「低位安定」と呼び、グローバル市場での競争力を低下させ、標準的なサービスの提供が遅れる一因となっていると示されています。

図1 「 低位安定」がデジタル競争の敗因
図1 「 低位安定」がデジタル競争の敗因
出典:経済産業省商務情報政策局「半導体・デジタル産業戦略」(2023年6月6日)
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 さらに、多くのユーザー企業がITを単なるコスト削減の手段と見なした結果、社員のITスキルは伸びず、ITシステムのブラックボックス化が進んでしまったとも指摘しています。この状況が特定のベンダーに依存するベンダーロックインを引き起こし、経営の機動性が損なわれ、最終的にはデジタル競争で後れを取る原因となったとも分析しています。

 一方、ベンダー企業もまた、安定したビジネスを維持するためにユーザー企業特有の要求に応えるカスタマイズに注力し、効率的な標準サービスの提供を避けてきました。この低利益率のビジネスモデルによって、技術開発への投資が困難となり、多重下請け構造が普及するなど、生産性向上を妨げる負のループに陥っていると書かれています。

 これらの指摘からも分かるように、日本政府はデジタル産業の問題点を鋭く洞察し、具体的な改善策を模索しています。筆者はこの「低位安定」が、日本の大企業の現状である、挑戦しない安定志向な様を極めて的確に表現していると考えます。正直、政府の文書にこのような刺激的な言葉が含まれているのには驚かされました。

間違った製造業信奉

 日本企業がITを正しく理解できていない理由に、間違った製造業信奉があります。製造業は日本を代表し、グローバル市場でも高い競争力を維持している業界で、多くの他業界も模範にしています。それ自体は間違っていませんが、製造業のベストプラクティスは、IT分野のそれと多くの点で異なります。無理に模倣することが、ITの正しい理解を妨げたり、または模倣が中途半端になり製造業の良い点を取り入れることができなかったりしています。

 このことを指摘したのが、米マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の主幹教授で、東京理科大学の副学長を務めたこともあるマイケル・A・クスマノ氏です。クスマノ氏は、著書『ソフトウエア企業の競争戦略』(ダイヤモンド社)の中で、ソフトウェアに対する日米欧の考え方の違いについて興味深い分析を披露しています。

 クスマノ氏は、日本企業はソフトウェアを「設計パターンに従って複製可能な工業製品」と見なし、米国企業は「ビジネスであり商売の重要な武器」、欧州企業は「ソフトウェアの標準化に代表される美」を体現するものと捉えていると分析しています。筆者はこれを、日本企業の多くが製造業の成功体験に引っ張られていることを端的に指摘したものだと感じました。一方で、日本企業のソフトウェア開発は、製造業が強みにしていた本質的な部分を活用できていないとも感じました。

図2 日米欧のソフトウェアに対する考え方の違い
図2 日米欧のソフトウェアに対する考え方の違い
『ソフトウエア企業の競争戦略』を参照して作成
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 この本は20年前に書かれたもので、その先見の明に驚かされます。また、クスマノ氏の警告を受け入れず、進歩していない日本企業に対して、強い失望を禁じ得ません。まず、製造業を模範にすることがふさわしくなかった部分から見てみましょう。

 製造業のモノづくりと、今日のソフトウェア開発とでは、ゴールが大きく異なります。誤解を恐れずに言えば、製造業におけるモノづくりのゴールは、時間をかけ、検討を重ねて設計した図面通りにモノを「複製」することにあります。特にハードウェア製造では、一度作成した金型を変更することはコストや工程に大きな影響を及ぼすため、設計段階での誤りは許されません。そのため、製造業では、デザインレビューを含むステージゲート方式の工程管理が主流となっています。

 この方法では、各ステージで厳格なチェックを行うことで、設計の誤りを未然に防ぎます。一度製造工程に入れば、設計段階に戻ることは極力避けられるため、手戻りは基本的に発生しません。これは、モノ=ハードウェアを製造する業界特有の方法です。生産ラインを構築するだけでも大きな投資を要するため、リスクの洗い出しと効率化の検討に多くのリソースを割くことが不可欠なのです。

(写真:Monster Ztudio/stock.adobe.com)
(写真:Monster Ztudio/stock.adobe.com)
ソフトウェアで新たな価値を生み出そうとする企業と、そうでない企業との差は、さらに開きつつあります。今こそソフトウェアを武器に真のDXに取り組む時です。 ソフトウェアの進化スピードと柔軟性を武器にして(手の内化して)、事業価値や顧客体験を向上させるプロダクト(製品やサービス)を生み出す方法を解説します。

及川卓也著、日経BP、2420円(税込み)